※本ページ内の情報は2023年12月時点のものです。

“物価の優等生”と言われてきた卵の価格高騰は、飲食店や各家庭に大きな影響を及ぼした。

2022年10月28日、鳥インフルエンザウイルスの国内感染は、1例目が確認されてから瞬く間に各地へ広がり、1つのシーズンで過去最多となる1771万羽が殺処分された。
この影響で、鶏卵の供給不足が深刻化し、卸値は過去最高に跳ね上がった。

その後、「終息宣言」が出されたものの、円安やロシア・ウクライナ情勢の影響により養鶏コストの大半を占める配合飼料価格の高止まりの状況がある。

そのような状況でも、鶏卵加工業界の大手メーカーとして安定した経営を続けているのが、愛知県にある三州食品株式会社だ。

養鶏から鶏卵加工まで一貫した体制を敷いており、液卵加工を主軸にゆで卵等の鶏卵加工品を提供。さらに養鶏場のM&Aで会社の規模を拡大し続けている。

会社の業績を押し上げた、代表取締役社長の岩月顕司氏に将来のビジョンを伺った。

社長就任後の振り返り

ーー社長に就任されてから今までを振り返ってみて、印象に残っていることをお聞かせいただけますでしょうか。

岩月顕司:
私が社長に就任したのは40歳の時で、今年がちょうど20年目の節目を迎えております。

就任前の35歳の時、大変だったのは、お客様の状況と鶏卵の需給変動からの外的環境の変化に対応しなければならなかったことです。

鶏卵相場は、消費者の需要と鶏卵の供給量によって相場が大きく変動します。

私は通貨と鶏卵は、相似しているように感じます。為替は、世界および国内の金融情勢により変動するように、鶏卵相場も鶏卵の需給によって変動するので、鶏卵を貨幣と置き換えてみると金融業と相似化できる感覚がありますね。

鳥インフルエンザの蔓延で採卵鶏が大量に殺処分されたことにより、鶏卵の供給量が大幅に減り、昨年から今年にかけて卵価は、過去経験したことのない上昇となりました。

このような状況は稀ですが、通常の年でも鶏卵の相場はおおよそ2~3年単位で大きく動きます。

鶏卵に占める原価のおおよそ半分は、飼料代です。飼料はほぼ海外からの輸入であるため、原料となるトウモロコシの育成状況や為替相場により価格が変動します。

このように海外の穀物事情や情報を的確に捉えるようにしています。飼料価格によって収益構造が変わってしまうため、穀物事情の変化に伴う原価管理が重要です。

三州食品では鶏卵の相場の値動きになるべく左右されにくくするために、養鶏から鶏卵加工までグループ一貫生産を構築しております。自社農場を保有し内製化することにより、外部から鶏卵調達するものとの相場リスクをできるだけヘッジすることが目的です。

一貫した事業でのシナジー効果が、経営の安定化につながっているものと考えます。

また、私は社長就任後、事業そのもののあり方についても見直しました。

業界構造の理解が前提となります。その上で、当社のコア事業である「液卵」以外の事業の柱として、ゆで卵などの加工品を手掛けて参りました。経営をより安定させるためには、一つの事業だけでなく、鶏卵周辺の複数の事業を保有することにより、相場のリスク分散を図ってきました。

二次加工した製品の販売先は、コンビニや飲食店など多岐にわたっています。

その他にもラーメンチェーン店などでトッピングとして使われたり、牛丼チェーン店には温泉卵を提供したりして、お客様と一緒になって、消費者目線に立ったメニュー開発をしていくことが、マーケット拡充のためには肝要です。

銀行が融資だけでなく保険などの金融商品を販売し、グループ会社である信託銀行や証券会社の利益を含めてポートフォリオを組むのと同じように、安定した利益確保ができる仕組みを構築してきました。

人材育成の重要性

ーー会社を経営するにあたって注力されてきたことをお聞かせいただけますでしょうか。

岩月顕司:
企業として規模が拡大していくとお客様、従業員、社会といった利害関係者も増えるため、経営の安定感を担保していくことは重要です。

三州食品の拠点である中部エリアを基盤に、人材と資源をできるだけ集中し効率的な運用に努めてきました。そして私のポリシーとして、企業経営は長きにわたって安定感のある事業体を構築していくことが大切であると常々その想いを強くもっております。

商いを長く続けていくには、お客様との長い信頼関係を継続することが不可欠であるということを社員に教えています。

また、社員が安心して働ける時流に合った環境整備をすることで、社員も長く勤めることができるため、このような会社環境づくりが大切であるという考えです。

人を動かすためには心のベクトルを合わせる必要があるので、そのためにも会社に所属する社員が自分たちの仕事を誇りに思えるような環境づくりに努めています。

会社の改善と改革

ーー経営に携わるようになってからどのような社内改革をされてきたのでしょうか。

岩月顕司:
私が入社した頃は、会社を発展させようと意気込んでいたのは経営層だけで、他の社員はただ日々の仕事をこなしているだけといった状況でした。

こうした経営層と社員たちの価値観のギャップを埋めようと躍起になっていましたね。

会社の業容拡張するため、鶏卵加工品の事業も手掛けて参りました。業容の拡張は、会社の収益基盤の改善だけでなく、そこに携わる社員の責任感も芽生え、自分たちの事業に誇りを持つ機運も生まれたことは良い効果であったと自負しております。

こうして鶏卵事業における周辺事業を拡張しつつ、このように鶏卵周辺事業の拡張によって、私が入社した時点からは売上がおおよそ3倍にまで成長しました。

今日まで業績を上げ続けられているので私の考え方はそんなに間違ってはいなかったのかなと思っています。

現場における選択と感性

ーー社長に就任されてから多くのチャレンジをなさってきたのですね。

岩月顕司:
会社の成長を成し遂げてきたのは、実際に私自身が現場に出ていったのが大きいと思っています。

私はどちらかというと不器用なので、人づてに話を聞くよりも、自分自身が実際のお客さまの話や工場ライン、業界関連の方々との話など、現場で感じることが一番大事であるというのが基本的な考えです。

三州食品の入社前は他の企業で営業職をやった経験から、お客様の状況や外部環境を肌で感じることによって会社として取り組むためのヒントを現場で感じ取ってきました。

ただ、一般的な会社員がこれは上手くいくと肌で感じたとしても、そこから上司を説得し、稟議を上げて会社から承認を得る必要があります。

現場の情報が正しくても、判断を下す人はリスクを考えて却下してしまうことが少なくなく、ここでチャンスロスを生んでいる企業は世の中に山ほどあるでしょう。

私は幸いにして決定権があったので実行に移すことができましたが、結果として失敗することもありましたが、その決断が後悔することも多々あります。

ただ、後悔することによって、二度と同じような過ちをしてはいけないという使命感の想いは強く持っております。

ふとした会話の中で生まれたビッグチャンス

--自ら現場に出向くことの大切さを実感されたエピソードなどはございますか。

岩月顕司:
東京のお土産で有名な「東京ばな奈」を企画販売している株式会社グレープストーンさんと打合せをしているときに「これから工場を作りたいと思っているのだけれど、どこかいいところないかな」という会話になりました。

お客様からの要望を当社工場の建屋内で、何とか製造を受託できないかということを伝え、先方様も即座に検討いただき、本受託事業の契約と相成りました。

そこから話が進み、当社工場の富士裾野工場を分社化し、株式会社東京ばな奈フレンドファクトリーを設立しました。

元々お菓子作りに使う液卵を供給していたので接点はありましたが、まさか私たちが商品まで作らせていただくことになるとは想像もしていませんでした。このように何気ない現場での会話の中にビジネスのヒントとチャンスは転がっているとつくづく思っています。

また、有名な菓子の製造に携わるようになったことで従業員の自信や誇りにもつながっているので、結果として良かったですね。

これからの注力ポイント

ーー今後貴社が力を入れていきたいポイントについてお聞かせいただけますでしょうか。

岩月顕司:
これからも、お客様、仕入れ先様、社会にとって信頼ある企業づくりを進めていきたいと考えます。また、企業は永続的な存続をしていくために、時として事業の見直しや再構築をしながら、より強固な企業体制づくりを目指したいと思います。

少し具体的に言えば、液卵事業においては、お客様の使用されるシーンを想起し実際にどのような場面で、当社製品を簡便且つ使いやすいプレ加工した製品群の市場開発です。

外食産業で考えた場合、お客様の手間を省け、アルバイト等の業務経験が浅い方々でも統一されたオペレーションに寄与する製品群ということになります。

一例ですが、回転ずしチェーン店での茶わん蒸しを提供するにあたり、原料の卵と出汁をお客様の要望の味をブレンドした「茶わん蒸しの素」といった液卵です。

この調味液に対して、具材を入れてお客様に安定的な品質と簡易オぺーションで提供することが可能となります。このように、お客様での潜在的なニーズを商品開発に役立てていくことは重要です。

次に海外への展開ですが、現在当社では、海外から粉末卵を輸入し販売する事業も有します。この海外ルートを利用しつつ、現地企業とのアライアンスを提携することで海外での鶏卵ビジネスの展開を図ることも視野に入れたいと思います。

化粧品や健康食品での卵の活用

-ーーこれから貴社が注力していきたいポイントはどのようなところでしょうか。

岩月顕司:
卵の機能性に注力していきたいと考えていて、世間で注目を集めている卵殻膜に期待しています。

卵には様々な潜在的な機能性を有しており、卵殻の内側に付着している「卵殻膜」を工業的に採取し、二次加工することによって、化粧品等の機能性素材(保湿効果)として採用されるケースも増えてきており、食品以外の分野にも成長の活路を見出していきたいと考えます。

新社会人になる心構え

ーー若者に向けてメッセージをお願いします。

岩月顕司:
私事ですが大学卒業後、大企業に就職しましたが、企業の大小にに拘わらず、まずは、与えられた実務をとにかくコツコツ確実に行うことが大切です。また、できるだけ細かい仕事も疎かにしないようにと伝えていきたいですね。

入社してから5年間は泥臭い仕事をして基礎固めをしっかりしておくと、それ以降大きく仕事の幅が広がっていくと実感しています。

これはスポーツにも言えることですが、優れた技術を持った選手は基礎がしっかりしているから応用が効くのであって、初心者が最初から難しい技を習得しようとしても結局基礎に戻らないといけません。

そのため変な癖をつけるよりも、基礎的なことを徹底して学ぶということを社会に出て経験されることをおすすめします。

また、最初はどんな仕事でもまずやってみて現場体験を積み重ねることが大切です。

実践し続ければその後の成長スピードは一気に速くなるので、とにかく行動することはいいと思いますね。行動すると自ずと結果がでるので、その結果のよしあしでさらに自分への成長のヒントになると思います。

編集後記

「私が最も重視していることは、現場の様子を自分の目で見て、これだと思ったらとにかく実践することです」と語る岩月社長。

今後も鳥インフルエンザが発生する不安は拭えず、為替変動や不安定な世界情勢による飼料価格の上昇など、鶏卵業界の先行きは未だ不透明だ。それでもM&Aや商品開発などを積極的に行い、さらなる成長を続ける三州食品株式会社に期待だ。

岩月顕司(いわつき・けんじ)/1986年、江崎グリコ株式会社入社。南山大学大学院卒後、早稲田大学大学院、経営管理研究科卒業、MBA取得。複数の企業や養鶏場とのM&Aを成功させてきた。1990年、三州食品株式会社入社。2003年三州食品株式会社、代表取締役社長に就任。2018年に株式会社東京ばな奈フレンド・ファクトリーを設立。