※本ページ内の情報は2023年9月時点のものです。

新型コロナウイルスの蔓延や卵や砂糖などの原料高騰により、製菓業界は生き残るための選択を強いられている。

全日本菓子協会が業界の動向を取りまとめた「2020年菓子生産数量・生産金額及び小売金額推定」によると、2019年に4154億円だった洋生菓子の小売金額は、2020年には3740億円まで落ち込んだ。

一方でライフスタイルの変化により、スーパーやコンビニなどで手軽に買える洋生菓子の売上は伸びている。

この追い風に乗り積極的な海外進出を続けているのが、洋菓子ブランド「オランジェ」を手がける田口食品株式会社だ。

同社は現在、2024年度中の稼働を目指し米ノースカロライナ州に工場を建設中で、今年3月にはニューヨーク州の焼き菓子メーカー「ブルックリンブランズ」を買収した。

田口社長は「みなさんに美味しいスイーツを食べてもらって、安らぎや喜びを与えたい」と語る。

日本だけでなく米国や欧州へ販路を拡大し、さらなる飛躍を続けている田口社長の思いを聞いた。

入社時に感じた次期社長という立場の孤独

――田口食品にご入社される前、金融業界や食品メーカーでも勤務経験があるのですね。

田口晴喜:
「経営者としてやっていくからには、自分の会社だけではなく、他の企業がどうしているのか学んでおいた方がいい」と父に言われ、3年ほど他社で経験を積みました。

――先代社長がお父様ということで、田口食品には次期社長として入社なさったのでしょうか。

田口晴喜:
そうですね。社長の息子として会社に入ったわけですが、当時は意外と孤独を感じていましたね。

従業員からすると次のリーダーとして頼りになる存在ではあるものの、なんとなく扱いづらい存在だったのでしょう。

また、経営には悩みが尽きないので、ときどき自分の存在価値がわからなくなるときもあります。

実際、仲間を求めて毎晩飲み歩き、仕事がおざなりになる経営者を何人も見てきました。

しかし、会社を引っ張る立場の人間が真面目に取り組んでいないと、よくない結果を招いてしまいます。

私は自分が置かれた立場から逃げ出さず、これまで一生懸命仕事に向き合ってきたと自負しています。

美味しいお菓子を低価格で提供できる理由

--貴社の商品は品質が高く手に取りやすい価格が魅力ですね。

田口晴喜:
田口食品はお菓子メーカーですが、実はパティシエはひとりもいません。

私たちは機械を使って大量生産を行っており、1時間で数千から1万個程商品を製造できるラインを40本保有しております。

こうして人件費をカットした分、原料にはこだわり、洋菓子店に負けないくらいの味を追求しています。

価格を落としても満足いただける商品を提供し、安くてもこんなに美味しいものが食べられるんだという喜びや感動を提供したいと思っています。

お客様に感動を与える商品を作っていけば多くの方に当社のファンとなってもらえて、メーカーとしてブランド力もついてくると期待しています。

当社の商品をご購入いただいたお客様からは、感動のお手紙をよくいただくんです。

「本当に美味しかった。こんなに美味しいと思ったのは初めてです」

「こんなに美味しいプチシューが12個も入っていて、たった200円で買えて驚きました。スーパーの棚に常時置いてもらえるように言っておきます」

このような嬉しいお言葉がたくさん届くんですよ。

これは社員のモチベーションアップにもなっていますし、私自身も大変嬉しく思っています。

社員と地域住民から愛される企業へ

--今後どのような企業にしていきたいとお考えでしょうか。

田口晴喜:
当社は企業の成長や利益を伸ばすエクセレントカンパニーだけではなく、さらに法令順守と倫理性を兼ね備えたアドマイヤードカンパニーを目指す、と社内教育の一環として伝えています。

平たく言えばお客様や取引先の会社、ひいては地域に対して貢献し、「あの会社があってよかったな」と思われるような企業です。

美味しいものを食べているときに怒っている人って誰もいませんよね。私は美味しいスイーツを食べて和らぎとか喜びを感じる時間を提供したいと思っています。従業員の皆さんにも同じ思いで働いてほしいですし、同じ志を持った人と仕事ができたらいいですね。

手作業で炊いたような自家製カスタードへのこだわり

――貴社の看板商品であるシュークリームのカスタード作りには、特にこだわりがおありのようですね。

田口晴喜:
シュークリームの味の決め手となるカスタードにはこだわっていますね。

24時間以内に搾乳された牛乳と、産みたての卵を酪農家やメーカーから仕入れ、牛乳は自社にて低温殺菌処理を行い、ほんのりとした甘みを感じられるようにしています。

通常は高温で加熱して短時間で殺菌処理をしますが、やはりじっくり火を通すと味が全然違うんです。

売店では味の違いを体験してもらえるよう、低温殺菌した牛乳の試飲を行っています。一度飲んでいただければ、一般的な牛乳との違いがおわかりいただけるでしょう。

――シュークリームは何がきっかけで販売を始められたのでしょうか。

田口晴喜:
田口食品では長年アイスクリームの販売をしていたのですが、暑い時期に売上が伸び、寒くなる冬場は売上が下がるといったサイクルを繰り返していました。

年間を通して収益を安定させるため、1年中売れる商品を作らなければいけないと思い、冬場にも売れる商品を開発しようと考えたんです。

社員と話し合いを重ねた結果、シュー生地の中にアイスを入れたアイスシューを作るのはどうかという話になったんです。

しかし、アイスには変わりないので冬場には売れないかもしれない。、それならシュークリームだったら1年中需要があるだろうと。

これまでアイスクリームの製造を行い、衛生管理を徹底してきたノウハウが菓子の製造にも活かせると考え、思いきってシュークリームの製造工場を作ろうという話になりました。

工場の建設に数億円単位の費用がかかったので、失敗できないというプレッシャーはありましたが、今ではうちの看板商品になるまで成長してくれました。

中小企業ならではの意志決定の早さ

――貴社では社員からの意見が反映されるスピードが速いのでしょうか。

田口晴喜:
社員から提案を受けたときは、「まずはやってみなさい」と言っています。

大企業のように役員や部長から承認のハンコをもらってきたりとか、稟議書を通したりする必要がないので、意見が出てから実行に移すまでのスピードは迅速です。

新しい機械やシステムに投資するときも金額の大小よりも、会社にとって必要なものかどうかで判断しています。

もちろん必要性をあまり感じられないものや緊急性のないもの、機能に対して値段が高いなと思うものはじっくり考えますが。

トップダウンで自分たちの意志を伝えることも必要ですが、一方的に強制するのではなく従業員とよく相談して最終的に決めていますね。

女性の活躍を推進

――食品業界では消費者の意見を反映させるため、女性社員が活躍されている印象ですが、貴社でも女性社員が積極的に事業に携わっていらっしゃるのでしょうか。

田口晴喜:
営業職でいうと20年ほど前まではほぼ男性社員だけでしたが、ここ10年で女性社員が30%を占めるようになりました。

また、当社の売れ筋商品である「ひかえめに言ってクリーム多めのシュークリーム」の名付け親は、当時入社3年目だった営業部の女性社員です。

バイヤーからお客様の声をヒアリングしたときに「クリームがぎっしり詰まっているシュークリームが食べたい」という意見が多くありました。さらにトレンドを探ってみると、謙遜していないにも関わらずあえて“ひかえめに言って”という表現をするスタイルが若者の間で流行っていた。

そこで彼女が「クリームをたっぷりシューの中に詰め込み、あえて『ひかえめに言って』というフレーズを入れたらいいのではないか」と発案したのです。

――開発にあたって苦労されたことはありましたか。

田口晴喜:
このシュークリームは通常の商品よりもクリームをたくさん使っているのですが、それでも店頭で100~110円で販売できるようにしたかったんです。

かといって味は妥協したくないので、経費を削れるところは最大限削って、「美味しいけれど低価格で買えるシュークリーム」を作るために挑戦を重ねました。

最近では卵などお菓子作りに必要な原材料が値上がりしていますが、新しい機械を導入してできるだけランニングコストを抑え、お客様に安くて美味しいものを提供できる仕組みを構築しています。

――今おすすめの商品はどのようなものでしょうか。

田口晴喜:
今おすすめなのは「贅沢苺ショートケーキ」です。

いちごをふんだんに使ったケーキなのですが、四角い容器にぎっしりとパンパンにクリームが詰まっていて、製造方法で特許を取得しており他社にはない商品だと思っています。その見た目やボリューム感、ホイップクリームの贅沢感によく驚かれます。

海外進出を進めるもうひとつの理由

――米ノースカロライナに工場を建設されたり、ブルックリンブランズの買収をされたりと、海外進出を加速されている理由をお聞かせいただけますでしょうか。

田口晴喜:
海外進出を決めたのは、市場規模が大きいところに自分たちの商品を売り出していくためです。

しかしそれ以外にも、田口食品で働いている社員の視点になって考えてみたときに、自分が携わっている商品が香港やニューヨーク、ハワイで売られているというのはきっと嬉しいだろうと思ったんですよね。

実際に工場で働いている従業員がサンフランシスコにいる娘さんに会いに行ったときに、現地のお店で田口食品の商品を見かけてすごく嬉しかったと話してくれまして。

これも海外に販路を拡大しようと決めた理由のひとつです。

若い方々に向けたメッセージ

――若いうちにこれはやっておいたほうがいいというものがあればお聞かせください。

田口晴喜:
自分の強みや弱みについてしっかりと考え、戦略を持って仕事に取り組んだ方がいいのではないかと思いますね。

これは商品のいい面と悪い面の両方を理解したうえで、それだったらどのように売り出していこうかと戦略を立てる新商品の開発と似ています。

これを自分に置き換えたときに、強みも弱みもわからないままだと、これからどう動けばいいのか判断できません。

ただがむしゃらに動くよりも自分が持っている能力をどんなことに活かせるのか考え、行動していけばおのずといい結果が付いてくるはずです。

編集後記

「原料にはこだわって美味しいものを作り、手に届きやすい価格設定にしてお客様に感動を与えたい」と語る田口社長。

美味しいスイーツを食べて幸せを感じられる時間を提供したいという思いで、最大限経費を削減し、低価格で提供し続けている。

製菓業界では原料の価格高騰が続いており、まだまだ油断ができない状況だ。

そんな中でも海外へ積極的に販路を広げ会社のさらなる発展を目指して挑戦を続ける田口食品株式会社から今後も目が離せない。

田口晴喜(たぐち・はるき)/金融や食品業界で経験を積んだ後、田口食品株式会社へ入社。現・代表取締役。創業当社から行っていたアイスクリームの製造販売のほか、シュークリームなどの洋生菓子の製造に着手する。2023年3月にニューヨーク州の焼き菓子メーカー「ブルックリンブランズ」を買収。現在は米ノースカロライナ州に自社工場を建設中。