
近年、アルコール飲料の国内出荷量は減少傾向で推移している。農林水産省のまとめによると、特に日本酒の国内出荷量は、ピーク時の1973年には170万キロリットルを超えていたが減少に転じ、2022年には約40万キロリットルとなっている(※)。また新型コロナウイルスの影響もあり、特に業務用日本酒の国内消費は大きな打撃を受けた。中でも酒造好適米を多く使用する吟醸酒、純米酒等(特定名称酒)は大幅に減少している。
(※)日本酒をめぐる状況(農林水産省 農産局)より
そのような状況の中で「It’s mine(イッツマイン)」や「花巴 KASAMA純米大吟醸」などオリジナル商品の開発に積極的に取り組み、さらには海外展開や地域のエコシステム構築を見据えているのが、奈良県に本店を置く株式会社泉屋だ。産地卸としての機能を強化し、地域インフラとしての責任を果たす同社の代表取締役社長の今西栄策氏に話をうかがった。
「名目上の社長」として現場の課題を洗い出すことで会社に貢献
ーー貴社の社長に就任してから実践してきたことをお聞かせください。
今西栄策:
泉屋は私の父親である今西健策が創業し、私は二代目にあたります。父親は高度成長期を乗り越えてきた、いわゆる「カリスマ創業経営者」で、すべてを自分で決めるタイプでした。2007年に父親が代表取締役会長に、私が代表取締役社長に就任したのですが、そのときの父親の挨拶は今でも覚えています。それは、「私は会長になりましたが、今までと何も変わりません。ですから、今まで通り安心して私についてきてください」という内容でした。
結局、役職だけ変わって何も変わらない、私は「名目上の社長」だと宣言されたわけです。このときは「うちの会社に世代交代はないのかもしれない」と本気で思いましたね。社長になって6年ほど経ち、弊社の取引先も酒販店から量販店へと変わっていく中で、やるべきことがたくさん出てきました。そこで父親には好きなように経営を担ってもらい、私は社長という肩書きを背負いながら現場を歩くことにしました。結局、父親が手を付けていない領域で自分の成果を出そうと方向転換したわけです。
我々のような卸売業は、生産者と小売業者を結びつける役割を担っています。小売業の現場を実際に見て回ることで、さまざまな課題が見えてきました。たとえば要冷蔵の生酒の本数。日本酒は1ケース12本が一般的ですが、要冷蔵の生酒だと冷蔵庫に並べきることができず、品揃えが限られてしまいます。そこで1ケースを6本にすることで陳列しやすくしました。この発想は売り場を知らないと出てきません。こういった売り場の課題を一つずつ解決していくことに力を入れました。
新しい事業を立ち上げるのではなく、地域の信頼や先祖代々の信用といった父親が持っているリソースを活用しながら、既存事業の中でも父親がやっていないことを見つける。さらにそこから事業を通じての社会課題解決や、地域資源を活用した奈良のブランド化を酒や食の世界で手伝う戦略に切り替えていきました。
ーー組織を牽引される中で、どのようなところに先代との価値観の違いを感じましたか。
今西栄策:
父親が会長を務めていた時期は社内に明確なルールがなく、人事や労務の面でも属人的な組織でした。会長が亡くなってから「父親はどんな思いで創業したのか」「この会社はどうあるべきか」を必死に考えました。改めて経営理念と社是をつくり、各部署を整備することで、これまでの文鎮型組織からピラミッド型組織へと組織改革を行ったのです。
父親は昭和37年に創業して以来、酒販業界の規制緩和という荒波を情熱と行動力で切り抜けてきた実践派で、87歳まで現役を貫きました。その成功体験や背中から学ぶことは多い一方で、コンプライアンスや働き方の価値観が大きく変わる中、組織は常にアップデートし続けなければなりません。たとえば、かつては来客への挨拶も十分にできていない状況でしたが、社員にお願いし、お客様が来られたら立って挨拶をして迎え入れるように徹底しました。基本的なことを当たり前に行うことで、社内の雰囲気も話しやすく改善されています。人間はいくつになっても、時代に合わせて手法や組織をアップデートせねばならないと考えています。
大学院での学びと独自の哲学を活かした商品開発
ーー2020年にMBAを取得されていますが、どのような経緯があったのでしょうか。
今西栄策:
一度マーケティングの本質を学びたいと思い、同志社大学大学院でMBAを取得することを決めました。それまでは我流のマーケティング知識しかなかったのですが、書籍やセミナーなどインプットだけの勉強には限界があります。大学院では大量の宿題と論文で何度も力尽きそうになりましたが、アウトプットを伴う勉強ができたのでマーケティングへの理解が深まったことを実感しています。
ーー大学院で得た知見を活かし、社内で新たに始めた取り組みについて教えてください。
今西栄策:
一つがオリジナル商品の開発です。イチから商品をつくらなくても、既存の商品を活性化させることで新しい価値を生み出せます。たとえば「It's mine」は既存の300ミリリットルの日本酒を「女性が家でほっこりタイムに飲む」をコンセプトに、180ミリリットルに変更したものです。同時にラベルのデザインを見直し、印刷されているQRコードからはお酒の特徴や料理との相性、おつまみのレシピなどを見られるように工夫しました。
私は基本的にマーケットインの考え方で、購買接点や消費現場から発想を膨らませています。良いものをつくりたいという発想ではなく「顧客のニーズがある商品を、求められる価格で売り出す」というアプローチです。こういう発想が次々と湧いてくるので、かなり周りの人間を巻き込んでいるのでしょうね。
ーー斬新な商品開発のアイデアは、どのような考え方から生まれるのでしょうか。
今西栄策:
私は「エフェクチュエーション(予測不可能な状況下で、起業家が手持ちの手段を活かして新しい事業を創造していく意思決定の理論)」の原則を重視しています。これは「コーゼーション」(市場調査や販売予測から逆算して最適な手段を選ぶ論理的なアプローチ)とは対極にあるものです。まず「自分は何者か」「何ができるのか」「自社のリソースや強みは何か」という、手の中にある鳥から始めるアプローチです。
たとえば、関連性のないものを組み合わせる「クレイジーキルト」の着想や、失敗して酸っぱいレモンをつくってしまっても、それをレモネードにしておいしくいただく「レモネードの原則」を取り入れています。最初から完璧な成功を目指すのではなく、許容可能な損失の範囲内で小さく始め、失敗作を見ながら「これ、面白いんじゃないか」と新しい商品に転換していく柔軟性が大切なのです。
ーー効率化が求められる中で、あえて手間のかかる商品開発を行う理由は何ですか。
今西栄策:
効率を求めて面倒なことを避ければ経費は浮きます。しかし、ナショナルブランド商品は売れる値段が決まっており、差別化できなければ結果的に利益率も低くなってしまいます。弊社があえて手間のかかるオリジナル商品や地域とのコラボレーションに挑むのは、そこに他社が真似できない高い利益率と差別化の源泉があるからです。
最近では「こういうオリジナルの酒をつくりたい」と、地域の企業から相談が持ち込まれることが増えました。酒蔵やメーカーの間を調整し、形にするのは非常に手間のかかる仕事です。しかし、弊社には長年培ったサプライチェーンとノウハウの蓄積があるため、ゼロから組み立てるのではなく、7割の土台を活用して残りの3割で新しいことができます。儲かるかどうかよりも「面白そう」という視点で面倒なことを引き受けることで、それがまた新たな経験値となり、独自の強みへと育っているのです。
産地卸の開拓と「奈良を売るエコシステム」の構築

ーー現在注力しているテーマについて教えてください。
今西栄策:
新規取引先の開拓です。今までは酒類販売業者に商品を売る、あるいは売ってくれるチャネルを開拓するのが新規開拓でしたが、この固定観念を捨て、通常の既存取引では開拓できない取引先を開拓することに注力しています。キーワードとなるのが「消費地卸」と「産地卸」です。
消費地卸は消費地にある小売業者に対する卸のことで、従来のビジネスを指します。一方の産地卸は、奈良ブランドを生み出す中で、それを販売する先を開拓するビジネスのことです。これには近畿地方だけでなく、日本全国や海外、ネット販売なども含まれます。
ーーブランドを広めていくにあたり、どのような戦略やコンセプトを定めていますか。
今西栄策:
私たちが地域資源を活用した商品を展開するにあたり、「ナライズム(Nara-izm)」というブランド名を掲げています。これには複数の意味が込められています。一つは「Nara-izm」、すなわち「奈良の主義・主張」。もう一つは、流通業界で使われる「インストアマーチャンダイジング(売上高や収益を最大化するための魅力的な売り場づくりの手法)」の頭文字(ISM)にかけています。
奈良の地域資源を使った商品は単に良いものというだけでなく、「売れる、売れ続けるもの」でなければならないとの信念を表しています。そして、あえて「ism」ではなく「izm」というスペルを採用しているのは、社名である「泉屋(Izumiya)」の響きを掛け合わせているからです。
ーー販路拡大では、海外への展開などは視野に入れているのですか。
今西栄策:
実は今、海外への展開に大きく舵を切っています。以前、大学院で生産財メーカーの事業戦略を分析する機会があり、規模の小さな会社でも海外の展示会に参加して販路を拡大していることに驚きました。指導教授に理由を尋ねると「国内よりも海外の方が競争がないからだ」と教えられ、大きな衝撃を受けました。
国内市場、特に東京は47都道府県の強力なブランドがひしめく激戦区です。イチゴ一つをとっても、栃木県や福岡県など有名な産地がたくさんあり、奈良県のイチゴのブランド力は厳しい戦いを強いられます。しかし、海外に行けば消費者は「チリのどの地域のワインか」を気にしないように、産地の違いよりも「日本のイチゴ」「日本の酒」という大きな枠組みで評価してくれます。つまり、奈良のように食のブランド力が発展途上の地域であっても、海外市場であれば十分に勝機があるのです。
ーー具体的な海外戦略の歩みと今後の目標についてお聞かせください。
今西栄策:
直轄の企画部を立ち上げ、2024年には年3回の海外商談を実施するなど本格的な攻勢をかけてきました。2025年からは補助金を活用して、香港、台湾、オーストラリアを最優先事項として設定し、展示会への出展や現地での商談を加速させています。日本国内で輸出商社と商談するだけでなく、自ら現地に赴き、現地のバイヤーと直接会って話すことに力点を置いています。
さらに、自社単独のリソースには限界があるため、奈良県全体の輸出を推進していくための新たな組織づくりを構想してきました。県内の意欲ある事業者のリソースを相互活用できるエコシステムをつくることが目標です。単にお酒を売るのではなく、奈良の地域資源やストーリーをパッケージ化して届けるハブとしての役割を担い、卸売業から「奈良の価値を発信する地域商社」へと進化していきたいと考えています。
地域のインフラとしての使命と今後の展望
ーー同業者が減少する中、地域社会における卸売業の役割をどのようにお考えですか。
今西栄策:
卸売業は地域のインフラとしての使命を担っている、というのが私の考えです。たとえば、地域の盆踊りや夏祭りのようなイベントが良い例でしょう。大勢の人が集まる祭りには大量のビールが必要であり、サーバーの手配や樽の搬入などは、長年、町の酒屋さんが担ってきました。しかし昨今は高齢化が進み、地域の同業者も減少傾向にあります。
祭りはたった1日でも、設営には大きな労働力が欠かせません。誰かが引き受けなければ、地域のコミュニティをつないできた夏の風物詩が消滅しかねない状況です。そこで現在、弊社の物流部や営業部が総出で現場に出向き、この手間のかかる仕事を支えるようにしているのです。効率だけを考えれば避けるべきかもしれませんが、お酒を介したコミュニティを維持することは、地域に根ざした卸売業としての重要な社会的責任であると自負しております。
ーー最後に今後の展望について教えてください。
今西栄策:
売上高にこだわりはありませんが、長く続けられる会社にしたいと考えています。経営理念として「仲間と地域に愛され信頼される会社になる」を掲げていますが、これ以上でも以下でもありません。
もちろん消費地卸としての役割もあります。今弊社がなくなったら困るという取引先が多いことも事実です。会社の規模を拡大するよりも、つぶれない会社にする。地域にとって必要な会社になることで、確実に収益を出し続けることを目指していきたいと思います。
編集後記
実は西郷隆盛と岩崎弥太郎の玄孫でもある今西社長。「西郷隆盛のことは自分の努力とは関係ない話なので、そこに努力や創意工夫はありません。しかし、企業経営者イコール会社ですから、会社のブランド力を上げるために自分の祖先というリソースを使うのは良いと思います。もちろん日頃からご先祖様に関心を持っていなければ失礼にあたりますけどね」と毎年の西郷家への墓参りを欠かさない。手持ちのリソースから新たな価値を生み出す「エフェクチュエーション」の姿勢と、地域のインフラとしての使命感を胸に、奈良県から世界へと挑戦を続ける今西氏。常に組織をアップデートし続ける泉屋のこれからに、ますます期待が高まる。

今西栄策/1971年、奈良県奈良市生まれ。同志社大学経済学部を卒業後、キリンビール株式会社に勤め、1998年に株式会社泉屋に入社。2007年に代表取締役社長に就任。2020年、同志社大学大学院ビジネス研究科(MBA)修了。