※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

福岡県北九州市に本社を構え、九州随一の規模を誇る山利青果株式会社。現在、同社を率いる片岡洋一社長のキャリアは、経営基盤を築き上げた先代(父)のもとへ、28歳で飛び込んだことから始まった。時代の変化を見据えた片岡氏の「新しい発想」と、それを後押しした先代の「理解と協力」。二人三脚で圧倒的な自社物流網や「品目別担当制」といった独自のシステムを構築し、経営をさらに飛躍させてきた。小売店舗ごとの地域性を読み解く「頭脳戦」や、「去年10億売った社員が今年は3億しか売れない」というダイナミックな業界のリアルを楽しみながら、現在では社員専用の保養所も設立するなど「社員とその家族の幸せ」を追求している。大きな裁量と働きやすさを両立し、現代の青果流通に挑む片岡氏に、この仕事の真の面白さを聞いた。

先代の理解と協力のもと歩み始めた、28歳のスタート

ーー社長はもともと、別の業界にいらっしゃったと伺いました。山利青果へ入社された経緯を教えていただけますか。

片岡洋一:
20代のころは大学を卒業して別の会社で営業をしており、その後も父が設立した通信機器販売会社の経営に携わっていました。私が山利青果へ入社したのは、28歳のときです。当時の会社は先代である父の尽力により経営自体は順調に回っていましたが、時代の移り変わりとともに、まだまだ改善できる点や新しい挑戦ができる余地があると感じていました。そこで、私が外の世界で培った営業経験や新しい視点を活かしたいと考え、父のもとへ合流し、副社長として経営に参画することになったんです。

ーー青果業界未経験でのスタートは、大変だったのではないですか。

片岡洋一:
最初は本当に右も左も分からない状態でしたね。セリで何を言っているのかも分からないし、相場の感覚もありませんでした。そこから3年くらいかけて色々なところへ出張に行かせてもらい、取引先とコミュニケーションをとる中で、だんだん「あ、こんな風になってるんだ」と業界の仕組みが分かるようになっていきました。その過程で、私が考えた新しい発想や提案に対し、先代が深く理解を示し、協力してくれたことが本当に大きかったですね。二人三脚で会社の基盤をさらに盤石なものにしていけたと感じています。

新たな挑戦から生まれた、圧倒的な自社物流網

ーーそこから会社を大きく成長させられましたが、どんな施策を打ち出されたのでしょうか。

片岡洋一:
30代前半の頃、さらなる事業拡大を目指して小売業(スーパーのテナント出店)への進出を提案しました。当時の業界では珍しい挑戦でしたが、先代の協力のもと進めていきました。新しい挑戦には摩擦もつきもので、大口の取引先との関係性が変わってしまうようなピンチもありましたが、「誰かに依存せず、独自の強みを持たなければ生き残れない」と腹をくくったんです。青果業というのは、安くていいものを仕入れられれば全国どこでも売れます。そこで仕入れを強化していく決意をしました。北九州をはじめ全国5つの市場で買参権(直接取引できる権利)を取り、市場内のど真ん中に自社の巨大な社屋と冷蔵庫を建てたんです。

ーー仕入れから配送まで、すべて自社で行えるのが強みなんですね。

片岡洋一:
はい。大手スーパーさんだと、物流会社のセンターを経由して店舗へ配送するため、仕分け代や配送代などのコストが余分にかかり、鮮度も1日落ちてしまいます。うちの場合は、仕入れたものを自社のトラックで直接お店に届けるので、コストの面でも鮮度の面でも他社には絶対に勝てます。相場が下がった時も、チラシに縛られず翌日からすぐに安く提供できるのが我が社の強みですね。

「キャベツのプロ」になれる独自の「品目別担当制」

ーー営業体制にも、貴社ならではの特徴があると伺いました。

片岡洋一:
我が社の特徴として「品目別営業担当」というシステムがあります。通常の仲卸の営業であれば、スーパーなどの注文を受けて多品目の商談をしなければいけませんが、当社は一人の担当が「キャベツだけ」「イチゴだけ」など一つの品目を一年中担当しています。
野菜や果物には四季があり、産地は九州からどんどん北へと移り変わりますよね。一人の担当がその品目を一年中追うことで、仕入れのプロになれるんです。この専門性を活かすと、たとえば冬場に九州でたくさん集めた荷物を札幌や帯広の市場へ送り、逆に夏場は長野や青森、北海道の商品をこっちに持ってきて九州一円に細かく分けて販売する、といったダイナミックな「双方向の転送」ができるようになります。

ーー営業担当の方は配送などの作業も行うのでしょうか。

片岡洋一:
いえ、うちの営業は荷物を一切持たなくていいんです。自社の運送部門が配送から仕分け、積み込みまで全部やってくれるので、営業は販売したものの指示書を打つだけです。一人何役もしないといけない他社さんと違い、うちは営業活動に完全に特化できる環境をつくっています。

地域性を読み解き、試行錯誤する小売の「頭脳戦」

ーー小売部門(フーズメーカー)でも、店舗ごとに独自の取り組みをされているそうですね。

片岡洋一:
大手スーパーさんのように、センターを作って同じエリアで同じ商品を売るシステム本部主導のやり方もありますが、僕らの青果業は同じ福岡県の中でも、街中もあれば田舎もあり、海沿いもあるなど、地域性が出るんです。

例えばリンゴ一個とっても、田舎はおっきい方がいいけれど、街中は小玉で価格が安い方がいい、というのがあります。品目担当がその店に適する最適な商品を振り分けていくわけですが、店長になると、その地域のお客さんの層や好みを理解した上で発注をしていかないといけません。まさに「頭脳戦」ですよ。

ーー店長には大きな裁量が任されているのですね。

片岡洋一:
日々のトライアンドエラーの連続ですが、やる気のある若い子ならどんどん挑戦させます。そういう子はやっぱり伸びますね。それに、店長同士で「あの店には負けたくない」といういい意味でのライバル意識もあるんです。年に何回か交流会や勉強会をやっていて、普段話さない年齢の近い店長同士が情報交換をして、お互いに意識し合って仕事をやっているから楽しいんだと思います。

「去年10億売った人が、今年は3億」正解のない世界を楽しむ

ーー青果業界で働くうえで、どんな人が求められるとお考えですか。

片岡洋一:
これからの時代、天候不順などで生産されるものが減ってくる一方で、販売する店はそこまで減っていません。需給バランスが崩れて供給が足りない状況が続くなか、毎年毎年「正解がない」んです。極端な話、去年レタスやキャベツなどの葉物野菜を扱っていた社員は、単価が高かったので一人で10億売りました。でも今年は野菜が大量にできて安いので、3億円ちょっとしかいかない。去年以上に数量を売っているのに、それくらいブレるんです。恐ろしいくらい変わりますよ(笑)。だからこそ、常にアンテナを立てて、自分の頭で考えて、これからどうなっていくかを予測しながら組み立てていける人が求められます。もちろん失敗もあるし、経験も必要ですが、その変化を楽しめる人にとっては、これほど面白くてダイナミックな商売はないと思います。

「夢なんてなくてもいい」社員ファーストな環境づくり

ーー現在は「働きやすさ」の改善にも力を入れられていると伺いました。

片岡洋一:
「働く時間の残業を減らす、休みを増やす」というのはずっと絶対やりたかったことです。昔は朝も早くて連休前など残業が多かったですが、今はITツールのおかげで連休前でも14時や15時には業務が終わるようになり、残業は一切なくなりました。休みの日の振り分け作業も、コロナをきっかけに在宅でパソコンからできるようになっています。

ーー社員用の保養所も作られたそうですね。

片岡洋一:
1年半ほど前に福岡県の福津市に社員用の保養所を建てたんですよ。これは10年くらい前からずっと探していて、ようやく実現しました。目の前がきれいな海で、休みの日に家族で遊びに行って、バーベキューをしたり、シャワーを浴びたりできる場所です。社員の家族、奥さんや子どもたちにも喜んでもらえればと思って作りました。

ーー社長は社員と向き合うことをとても大切にされていますね。最後に、求職者へメッセージをお願いします。

片岡洋一:
最近、若い社員に「目標や夢がないから頑張れないんでしょうか?」と聞かれたことがありました。でも、私自身も最初から目標があったわけではなく、がむしゃらにやっていただけなんです。だから、夢なんてなくてもいいと思っています。目標がなくても、たくさん喜んでもらえる人が増えれば嬉しいじゃないですか。まずは相手を儲けさせて、与える。そうやって目の前のお客様を喜ばせることの積み重ねが、結果として自分自身の生活や成長として返ってくると信じています。特別な知識は要りません。ぜひ一緒に、この商売を楽しんでみませんか。

編集後記

青果業と聞くと「早朝から夜遅くまでの肉体労働」というイメージを持つ求職者も多いかもしれない。しかし、片岡社長から飛び出すエピソードは、地域性を読み解く「頭脳戦」であり、全国を舞台にした「ダイナミックなビジネス」の裏側だった。先代から受け継いだ強固な経営基盤に、社長の新しい発想が掛け合わされたことで、同社はさらなる飛躍を遂げている。「去年10億売った社員が今年は3億」という業界の激しさには驚かされるが、その根底を支えているのは「残業ゼロ」や「自社保養所の設立」といった徹底した社員ファーストの姿勢だ。「夢なんてなくてもいい。目の前の人を喜ばせればいい」という飾らない言葉には、不確実な時代を生き抜くための力強いヒントが隠されている。正解のない世界で、自ら考え、変化を楽しみたい人にとって、山利青果は最高の挑戦の舞台となるはずだ。

片岡洋一/福岡大学商学部卒業後、福岡XEROX株式会社を経て、1989年に通信・音響機器販売を行うファイバー福岡株式会社を設立。その後、株式会社ルート、山利青果株式会社、株式会社フーズメーカーの経営に参画。現在は食品業界を中心に、多角的な視点で複数企業の代表を務める。