
矢野経済研究所の調べによると、国内における宝飾業界の市場規模は1991年に3兆円を記録した後、徐々に縮小し、3分の1の1兆円を割るまでになっていた。しかし、2022年に再び大台超えとなる1兆227億円を記録。2024年は前年比104.7%の1兆953億円を予測するなど回復に向かいつつある。
業績が上向きつつある同業界で、ジュエリー全般を扱う株式会社菊川(東京都台東区)は、大正時代に装身具類の製作で創業して以来、100年以上の業歴を誇る。同社はリサイクル型の新しい事業や越境ECなど、宝飾総合企業として常に将来を見すえた戦略を打ち出してきた。近年は人事面でも人材を重んじ、強化する代表取締役社長の菊川和伸氏に、新事業や展望などを聞いた。
厳しい災害時を耐え忍び雇用を守ってきた
ーー就職で海運会社を選んだ理由と得られた経験についてお聞かせください。
菊川和伸:
学生時代から海外に対する好奇心が強く、大学では国際関係論を専攻していました。そのため、国際的な業種を志望し、大手海運会社に就職したのです。
6年間、船舶輸送といった国際物流の仕事に携わったことで、苦楽をともにした同僚と貴重な人間関係を築くことができ、現在でも付き合いがあります。それだけでなく、成功や失敗を経験しながら大手企業の一流の人々の仕事を見て学び、プライドを持ちながら高みを目指してきたことは大きな収穫だったと思います。
ーー家業を継いだ経緯を教えてください。
菊川和伸:
もともと海運会社には一生働くつもりで入社しました。しかし、弊社は祖父が興した会社であり、家業の弊社で忙しいときには手伝いをして育ちましたので、継ぐ意識がまったくなかったわけではありません。
そんな中、30歳の時に転機が訪れました。家業を手伝っていた姉が、結婚を機に会社から離れることになったのです。父から「跡取りがいないので、お前が継がないなら会社を閉める」と言われました。
大会社で経営に参加できるのは15〜20年後の遥か先に対して、中小企業の家業なら早ければ数年後です。色々と考えましたが、自分なりに親孝行したい気持ちも重なり、入社を決めました。
ーー社長就任後にどんな苦難を経験しましたか。
菊川和伸:
常に苦難の連続ですが、中でも深刻だったのが2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災、記憶に新しい2020年のコロナショックでしょう。東日本大震災の時は、出店している百貨店がクローズするか、あるいは開いていても電力不足の影響で、宝飾品売り場だけ閉店を迫られることもありました。
なにかあれば「不要不急」と後回しにされるのが宝飾業界です。それでも厳しい時期に会社を潰さず、従業員を解雇せずに持ちこたえられたことは、経営者として誇りに思います。
対面式の宝飾品リユース事業で他社との差別化を図る

ーー貴社の強みはどんなところでしょうか。
菊川和伸:
宝飾品小売店は非常に数が多い中、弊社は一般的な商品だけでなく、どの宝石商も扱いづらい商品を得意としています。その1つが金製品です。職人だった祖父の時代から育んだカテゴリーであり、金の置き物や仏具のおりんなどの商品を強みとしています。
また、もとより私が海外に興味があったことから、海外の企業との直接取引を積極的に進めてきました。高価な「ピンクダイヤ」を代表例に、グローバルな独自のルートで、珍しい商品や貴重な商品を仕入れることができるのは、大きなアドバンテージといえます。
ーー新事業について詳しくお聞かせください。
菊川和伸:
新たにお客様の商品を買い取ったり、あるいはお客様が困っていることを解決したりするビジネスです。顧客の中には宝石箱のスペースがないほどジュエリーをお持ちの方もいらっしゃいます。処分に迷う方々に「使用されていないジュエリーを、ご満足のいく価格で私たちにお預けいただければ、これから必要となる次の世代のお客様に販売しますよ」と、買い取り販売を提案するサービスです。
私たちのような総合卸・小売店が買い取りのためにお客様のもとへ訪問するのは、どこにもない革新的な事業だと思いますし、実際に売り上げも伸びています。また、不要な宝飾品をリサイクルして販売することは、エコロジーの観点からも、今後の成長が期待できるビジネスとなるでしょう。
オリジナルジュエリーのブランディングと越境ECを強化
ーー人事面での課題や方策について教えてください。
菊川和伸:
私たちは販売をメインとする会社ですので、成長のためには販売技術や商品知識の底上げを図り、社員全員のレベルアップを実現しなければなりません。1つの施策として、最近ではDXをはじめとしたIT技術を活用し、数値の可視化を進めています。それにより経費削減がしやすくなるとともに、各社員が工夫を凝らし、目標をもって利益を出す方向に向かっているのを実感しています。
一方で、会社をけん引するマネージャー・部長クラスの中堅から幹部社員をもっと多く育てなければなりません。将来の経営幹部を増やすためにも、若手社員の育成にもウエイトを置く方針です。
有能な若い人たちの獲得競争は激しく、育った人が引き抜かれるのが現状です。弊社ではそれを食い止めるような、魅力ある育成を心がけています。たとえば香港やイタリア、アメリカといった、海外の展示会に若手社員を参加させるなど、早い段階から重要な役割を担わせて、多彩な経験を積んでもらうことに積極的です。
ーー今後の展望をおうかがいします。
菊川和伸:
弊社独自のブランディングを強化し、前述のリユースといった、他社にないサービスを開発して差別化を図るのが第一の目標です。
また、EC販売も大きな注力テーマです。最近は東南アジアでジャパンブランドの商品が伸びているように、海外に普及させるチャンスは十分にあるとみています。日本製のジュエリーは品質上位ですので、セカンドハンズ品をはじめとした高付加価値の商品を海外に向けて販売し、シェアを拡大していく方針です。
編集後記
新事業として買取りに着手して新しいビジネスモデルを打ち出し、企業としてより一層利益を追及していく構えの同社。その一方、東日本大震災があった2011年春に、「あなたは会社の希望の星だから一緒に頑張ろう」と新入社員を励ましたことを菊川社長が回想する場面があった。
ノルマ負担が重すぎたという過去の反省から、「社員の幸せがない限り会社の存続はない」と言い切るほど人にやさしい経営を心がけるようになったという。菊川社長のそうした社員思いの一面も見逃せない。

菊川和伸/1955年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。日本郵船株式会社に入社し、6年間サラリーマン生活を経験。1985年、株式会社菊川に入社。その後、専務取締役を経て2003年に代表取締役に就任。