※本ページ内の情報は2023年11月時点のものです。

リーマン・ショック時、文具業界は売上を大きく落とし、オフィスの構築強化などの新規事業にシフトした。そんな中、港区虎ノ門で100年以上の歴史を重ねる純文具店がオカモトヤだ。株式会社オカモトヤでは、文具店から派生するサービス事業も行っている。

2022年には、鈴木美樹子氏が代表取締役社長に就任。それまで継続して取り組んできた働き方改革により注力し、女性のみならず男性の育児休業取得も推進して取得率100%を実現した。。また、オフィス環境の改善サービスを推進し、オフィス構築事業の売上は向上。今回は、そんな100年超の歴史を持つ同社に新たな風を吹かせる社長、鈴木氏にインタビューを行った。

ジーンズブランド社員から老舗文具店の事業継承まで

ーーオカモトヤ入社までの経緯を教えてください。

鈴木美樹子:
母の言葉がとても大きかったと思います。
母が鈴木の家に嫁いできた際、やはり跡継ぎの話はしていたと思うんです。母から直接聞いたことはないのですが、私は3人姉妹の長女なので、男の子が生まれなかったことを、当時言われて嫌な気持ちになったこともあったのでは、と想像しています。それでも母は、私には「オカモトヤとあなたの人生は別物なので、会社に入らないといけないという気持ちを持つ必要はない。お父さんが考えれば良い話だからね」と言ってくれていました。
ですので、社会人になる際は「まずは自分の好きな道へ」と思い、洋服に携わることができる仕事を志しました。

セレクトショップやアパレルブランドへの就職を考える中で、着ている人の個性が洋服のエイジングに現れたり、ファッションアイテムとして長く大切にされるジーンズの魅力に心惹かれたりしていました。

結果、第1希望だった大手のジーンズブランドに無事就職し、約9年間ブランドの営業マンとして百貨店営業を行っていました。入社3年目頃には、人員削減の命令が出されたため、私より歴の長い派遣社員の方と交渉もしました。また、ブランドの販売員や新入社員の人事も任され、そういった人事や人員配置については大変勉強させていただき、今にとても活かせていると感じます。

その他、営業の仕事と並行して、プロジェクトの企画やブランドの立ち上げ、売上が落ちたブランドのリニューアルも行っていました。

そして、30歳を目前にしたタイミングで同僚に「家業を継ぐのであれば、そろそろタイミングなのでは」と言われ、自分自身にスイッチが入りました。
父に話をすると、今後についてのベストな道は私自身が会社を継ぐことだと言ってもらえたので、1年の猶予期間をもらって前職を円満に退職し、家業である弊社に入社しました。

ーーオカモトヤ入社から社長就任までのご経験やご苦労についてうかがえますか。

鈴木美樹子:
2006年にオカモトヤに入社して、1番に父に命じられたのはオフィス空間構築事業の強化でした。代々、文房具屋として商売をしていましたが、同業界の大手他社での1年間の研修を経て、営業、オフィス設計、空間デザイン、現場立会などを勉強し、弊社に戻ってきました。

私の中で苦労したことといえば、業界や社内での歴も長く、年齢も私より上の先輩方を指導していかなければならないというポジションと、自分のスキルや経験に対する自信の無さとの葛藤でした。ですが、「いずれ私は取締役になる」という意識の中で会社の経営方針や社員の在り方を深く考えるにつれて、私自身の中での納得感を得ることができるようになりました。
「職位が人を変える」といいますが、それを強く実感しました。

2008年頃に営業本部長になった際には、リーマン・ショックが起こり、業績が低迷しました。案件の凍結や商品コストの見直しが度々あり、売上も利益率も下がった状態が3年ほど続きました。その後すぐに東日本大震災があり、混乱が続く中で弊社は100周年を迎えました。
災禍の中ではありましたが、さまざまなイベントや100年史の制作を経て、社員一丸となって改めて「頑張っていこう」という雰囲気になり、「100周年を祝って良かったな」と思っています。

コロナ禍では、皆さんオフィスに出社しなかったので、パフォーマンスチャージ(使用料)というコピー機の印刷回数はかなり下振れたのですが、その時期はありがたいことに別の大きな案件があり、リーマン・ショックのときのように案件凍結にまでは至らず、混乱は最低限に抑えることができました。

「オフィスのことなら何でもお任せ」が可能にする営業形態

ーー貴社の主力事業や強みをお聞かせください。

鈴木美樹子:
現在、全体売上の5割はオフィスプランニング事業です。他3割がオフィスサプライ事業、2割はICT商材です。

オフィスプランニング事業の強みとしては、私の妊娠や出産を経て、2015年に働き方改革を始めたことです。それまでは社員がしっかり休める環境や、女性の産後復帰への保証に気が回らなかったのですが、私の意識も高まったことで施策を強めていきました。

また、2017年の本社ビルの耐震工事を機会に、新しい働き方にも挑戦し、より自由な働き方を実践したり伝播していくことに努めるようにしました。

くつろげる空間をつくってお客様に新しい働き方の良さを実際に感じていただくことや、お客様のオフィスに訪問してきちんと顔を合わせて営業させていただくことが弊社の強みだと思っています。

ーー営業の観点で貴社の特色はありますか?

鈴木美樹子:
取引先の8割が中小企業で2割が大手企業というバランスで取引しているのですが、理由としては弊社の事業の強みである「オフィスのことなら何でも頼める」というコンセプトがあるからです。

たとえば、通常の家具メーカーはオフィスの開設や移転をしたらそれきりになることが多いのですが、弊社の場合は、その後のオフィスサポートも継続して行うことができます。「椅子が壊れた」「ペットボトルの水がほしい」「文房具がほしい」「パソコンが故障した」といった困りごと全てに対応できます。

このように、お付き合いが持続可能であることが圧倒的な弊社の強みだと考えています。

何かしらの困りごとで接点ができ、信頼関係を築くことで、他の大きなご相談をいただける機会が必ず出てきます。実際、既存営業が多くなっております。

ーー既存営業が強みである一方、新規で努力している部分はありますか?

鈴木美樹子:
「Fellne(フェルネ)」という企業のフェムアクションをサポートする新規事業も立ち上げて、これからは企業の女性活躍推進にも寄与できるように場を整えています。たとえば、災害用レディースキットとして生理用品などフェムケア商品を入れた防災用品をつくれば、大は小を兼ねるということでそちらを採用いただけることが多いですし、新規事業にも継続の案件が活きてきます。また、ご連絡が途絶えていたお客様からも、そういった取り組みのおかげで改めてご連絡をいただき再度お取引に繋がった場面もありました。

文具やオフィスサービスのみにとどまらず、社会との接点を常に見つけていくことで幅広く、かゆいところに手が届く提案ができるよう、更なる付加価値をつけていきたいと考えています。

属人的なタスクをなくし戦略的に動けるシステマチックな組織を作りたい

ーー体制の強化として、貴社の未来に向けて考えていることはありますか?

鈴木美樹子:
これまでの100年で培ってきた取引も含め、お付き合いが長く続く企業であるほど弊社側も相手側も担当者が変わっていくなど、アナログな取引にデメリットもあります。担当が代わり関係が途絶えてしまうことは、企業にとっては大なり小なり損失です。そこで、インサイドセールスに取り組むなど、組織としても関係値の維持継続をしていくことに注力しなければならないと考えています。

また、それに付随して、営業部隊の属人的な部分をなくすための体制づくりを強化しています。プレイヤーの顧客管理を精緻に把握できる人材を確保していかなければならないと感じています。コミュニケーションや会議体など、細かい部分からも向上できる部分があると思います。

社内的にこれまで分業化されてきた経理や総務の管理部門領域において、インボイスや電帳法が採択されてからDXが進んでいます。目下は従事している社員がいるため、そういった社員の職務についても配慮しながら、いかに属人的なタスクをなくして戦略的に動くのかということを考えていくべきだと思っています。

ーーこれからの社会人や若手社員に向けて伝えたいことはありますか?

鈴木美樹子:
私の中では、会社を選ぶことは「恋愛」と同じだと思っています。惚れて入りたい会社を見つけることができれば御の字で、そこに入社できれば願ったり叶ったりです。面接でどれだけ自分の魅力をアピールできるかは、恋愛と同じだと思えれば楽しんで自分らしく臨めるものです。タイミングや縁もあるので、もし上手くいかなくても、落ち込んだりネガティブに考えすぎる必要はないと思います。弊社も常にそういった姿勢で魅力を感じていただける企業であり続けたいと思っています。

編集後記

かつてアパレル企業に憧れた鈴木社長が、精力的にさまざまな経験を積み、立派な経営者となるまでの成長譚といえるインタビューとなった。
老舗の文具店というステータスに留まらず、より良い大きな企業に成長していくために常に思考を止めない社長の姿勢は、若い世代にも刺激的で、今後のオカモトヤの挑戦にも注目したい。

鈴木美樹子(すずき・みきこ)/成蹊大学経済学部卒業。株式会社エドウインを経て、2006年株式会社オカモトヤ入社。営業本部長・専務取締役を経て2022年110周年を機に事業承継し代表取締役就任。働き方改革・健康経営等の制度設計を行い、社内改革を推進。新規事業として女性活躍推進サービス『Fellne』をはじめ、既存ビジネスを基軸に新しい価値を提供し、ビジネスモデルを構築している。