在宅でのケアは同居している家族の負担が大きかったり、緊急時の対応に困ったりするなど、さまざまな課題がある。
そんな中、24時間365日対応し、上場企業では唯一となる訪問看護サービス事業を単独で事業を運営しているのが、Recovery International株式会社だ。
同社の創業者で元看護師の大河原峻氏は、フィリピンを訪れた際に自宅で家族のケアをしている人々と出会い、その経験から「日本でも自宅で最期を迎えるという選択肢を増やしたい」と考え、訪問看護サービス事業をスタートした。
日本の在宅医療の底上げに尽力する大河原社長の思いを聞いた。
海外で耳にした「家で看るのが当たり前」という言葉をきっかけに訪問看護事業を開始
ーー大河原社長が訪問看護事業を始められたきっかけについて教えていただけますか。
大河原峻:
もともとは地元の静岡にある総合病院で、公務員看護師として勤務していました。
当時は男性看護師が全体の10%未満と少なかったため、周囲の期待を受けていろいろな業務にチャレンジさせていただき、充実した日々を送っていました。
しかし、自分が他のスタッフの1.5倍〜2倍近くの時間で働いているにも関わらず、先輩たちの方が立場や評価が高いという強い年功序列制に疑問を感じ、私立の病院に転職しました。
転職先でもこれまでと同様、業務量や成果よりも年功序列の風潮が強く、目に見えて評価を受けることはありませんでした。
それならば海外で働いてみようとオーストラリアのシドニーに行って研修を受けたのですが、マネジメントやデータ収集がメインで、実際に現場で処置や患者様の対応をするのは看護助手という実態を目にし、自分がやりたいこととは違うなと感じました。
それから趣味のダイビングをしながらアジア各国を放浪し今後について考えていたときに、立ち寄ったフィリピンで自宅で家族のケアをしている方々と出会い「家族だから家で看るのが当たり前だろう」と話していたことが強く印象に残りました。
そこで日本でも病院や施設で最期を迎えるという選択肢だけでなく、在宅で看取りができる環境を作ろうと思ったのが、訪問看護サービス事業を立ち上げたきっかけです。
ーー創業までの経緯について教えてください。
大河原峻:
訪問看護サービス事業を行う会社を創業するにあたり、私の思いに賛同してくれる仲間を集め始めたのですが、周囲からは「訪問看護なんてやっても上手くいかないよ」といった反対意見が大多数で、なかなか一緒に働いてくれるスタッフが見つかりませんでした。
一度賛同してくれても「親から反対されたからやっぱりできない」と言う人もいました。というのも、せっかく看護師資格があるのなら倒産リスクがある民間企業よりも、病院で働いていた方が安泰だと考える方が多かったためです。
こうして苦労しながらなんとかスタッフを3人集め、2013年にRecovery International株式会社を設立しました。
創業当時の苦労と組織構築について
ーー実際に創業されてからはどのような状況だったのでしょうか。
大河原峻:
私が起業したタイミングと、訪問看護ステーションが軒並み倒産した時期が重なってしまい、銀行や融資の保証人となってくれる信用保証協会からは相手にしてもらえず、開業してわずか2〜3ヶ月で倒産の危機を迎えました。
そんな時に運よく自費の訪問看護が入ったり、私の想いに賛同してくれるベンチャーキャピタリストに出会うことができ、出資を得られたことで存続することができました。
ーー事業を始めるにあたって訪問看護のノウハウはどのように蓄積されたのですか。
大河原峻:
既存の訪問看護ステーションは40〜50代の看護師として成熟したスタッフで構成されていることが多く、長く無理なく働けるようにと土日祝日は休み、深夜は電話対応のみで患者様の自宅へ訪問せずに済むようにしているという実態がありました。
しかし、これらの労働条件ではカバーしきれない利用者様も多くいます。それならば、自分たちで新たな働き方、新たなケアの提供方法を模索すべきだと考えました。
弊社は体力やフットワークを重要視し、20代・30代のスタッフがメインで訪問しています。機動力を確保することで土日祝日の他、深夜や早朝でもすぐに対応できる強みがあり、24時間365日対応を安定的に実現することで得た信頼により、わずか1年で激戦区と言われる新宿地域で業績トップとなりました。
ーー業績が伸びるにつれて従業員数も増やしていかれたと思うのですが、組織構築についてはいかがでしたか。
大河原峻:
創業当初は全員の名前と顔が一致していて、どのような性格かも把握できていたので、教育についての苦労はあまりありませんでした。
しかし、3年間で従業員が50人から100人に増え、異なる上司が部下を育てるようになると、教育方針に差が出てきます。結果としてチームの一貫性が失われ、それぞれがバラバラな方向を向くようになってしまい、従業員への教育が上手くいかなくなったのです。
この時期はどうすれば良い組織が作れるのかと悩んだのですが、伸び悩むスタッフを排除していくのではなく、サポートするのも企業のあるべき姿だと気付き、人事評価制度を何度も見直しました。
また、弊社の企業理念もわかりやすいものに作り変えました。
もともとは医療従事者が働きやすい環境を作りつつ、患者さんに良いサービスを届けることを理念としていました。
しかし、働きやすさを追求すれば「24時間365日の訪問」を実現していくことは難しく、逆にサービスを追求すれば「医療従事者の働きやすい環境」の実現が難しくなります。このように理想の働き方と利用者様のニーズが合致しておらず、結果としてスタッフを混乱させてしまっていたのです。
そこでこの矛盾した状態を解消するために企業理念をひとつにしぼり、患者さんのニーズを最優先するようにしました。
Recovery Internationalの今後の目標
ーー今後貴社が目指す目標について教えていただけますか。
大河原峻:
現時点で従業員数は250人ほどですが、中期目標として1,000人を雇用したいと考えています。
採用するにあたり、すでに訪問看護に従事している10万人という一部の人材だけをターゲットにするのではなく、国内におよそ150万人いる看護師全体に訴求するため、訪問看護という仕事の魅力をSNSやオウンドメディアを通して発信しているところです。
弊社が上場を決めたのも、一企業として社会的な信用を得られ、訪問看護について知ってもらう機会を増やすというのが大きな理由です。
ーー看護師の中には訪問看護にネガティブなイメージを持っている方もいらっしゃるとお聞きしましたが、それには理由があるのでしょうか。
大河原峻:
看護師の労働環境について考えたときに、民間企業よりも病院の方が安心だという考えが根強いためだと思いますね。
こうした意識を変えていくために、訪問看護師のモデルケースを紹介するなど広報活動を積極的に行っていきたいと考えています。
また、患者さんと介護事業者の仲介役であるケアマネジャーさんや病院で働くスタッフの方々にも、訪問看護についての理解を広げていければと思っています。
というのも、介護や医療の仕事に携わるケアマネジャーさんたちも訪問看護について詳しく知らない方が多いのです。
たとえば寝たきりの方や点滴が必要ならば、すぐ訪問看護が必要だと判断できるのですが、「自力で生活を送れているけれど、薬の管理や経過観察が必要な認知症の患者さんの場合はどうすればいいのだろう」となるわけです。
このように訪問看護を必要としている方へ適切にサポートやサービスが提供されていない課題を解消するため、地域連携活動を通し、地域のケアマネジャーさんや病院側から弊社にご相談いただく体制にしていくことが重要だと考えています。
そのために、普段から定期的に電話でお話しをしたり、直接お会いしたりして関係を築いておき、「何か困ったときはリカバリーさんに相談しよう」と思ってもらえるよう、社員教育に力を入れています。
国が在宅医療や地域包括ケアシステムを推進し始めたことで、興味を持っている方も多いと思うので、そうした方々にリーチできるようメディアに露出する機会を増やし、認知活動を進めていくつもりです。
施設でのサービスではなく在宅医療に特化するというのは茨の道かもしれませんが、自宅で最期を迎えたいという患者さんのニーズに応えられるよう、これからも邁進していきます。
編集後記
看護師の仕事は好きだったものの、日本の看護師組織や働き方に疑問を持ち海外へと飛び出した大河原社長。その後フィリピンで在宅看護をしている方々との出会いがきっかけとなり、日本でも在宅医療の選択を広めようと訪問看護サービス事業を始めたという。日本の在宅医療の底上げに貢献するRecovery International株式会社は、自宅でのケアを必要としている方とその家族の新たな選択肢を増やしてくれることだろう。
大河原峻(おおかわら・しゅん)/1983年10月9日生まれ、静岡県出身。2004年に静岡県中部看護専門学校を卒業後、榛原総合病院手術室に入職、2009年に豊見城中央病院ICUに入職。2010年からキャリアを見つめ直すため海外でボランティア活動に従事。2011年に横浜中央病院HCUで働きながら、開業の準備を進める。2013年にRecovery International株式会社を設立。2022年2月にグロース市場(東証マザース)に上場。