多くの企業が定める就業規則や社内規程。その作成や改定には、法令の確認や体裁の調整など多くの時間を要し、関係者や社会保険労務士らは煩雑な業務を行う事になる。
さらに、これら規程を整備、運用する「内部統制」は、株式上場時に必要なだけでなく、助成金や補助金の申請時にも求められる場合もある。
そんな非効率的な業務を、クラウドサービスを活用して効率化するサービスを提供しているのが株式会社KiteRaだ。「地味である一方で重要な業務を効率化できるという信念が、新規ビジネスを立ち上げるきっかけだった」と語るのは、代表取締役社長の植松隆史氏だ。
企業のガバナンスと企業価値を向上させるためには、企業組織のルール整備が必要であると植松氏は語る。その経営哲学について、話を伺った。
地味で非効率的な仕事を効率的に
ーー起業するまでの経緯を教えてください。
植松隆史:
大学を卒業後、積水化学工業が手掛ける住宅ブランド「セキスイハイム」の販売に従事。システム会社に転職後は人事、労務を担当し、経営企画室で内部統制やコーポレートガバナンスも担当するようになり、2019年にKiteRaを起業しました。
20年以上会社勤めをしていたところから起業するに至ったきっかけは、セキスイハイム時代に時々リクルーターとして活動したことでした。採用活動を通じて、自分の存在がひとりの人の意思決定に影響を与えることに気付き、人事に興味を持ったのです。そこでシステム会社の人事や労務に携わる部署に転職したのですが、その会社はIPO(株式公開)を目指し、内部統制の整備が必要でした。
内部統制は企業のルールを整え、法律に適合しているか確認する大切な役割です。さらに、ルールは企業成長に合わせてアップデートする必要があります。しかし、アップデートするたびに煩雑な業務が発生し、ときに労働基準監督署へ印鑑をもらうために半日かかるなど、非効率な作業が多くありました。
地味だけどとても重要なこの業務を効率化できるのではないかと、エンジニアにプログラムを組んでもらいました。そうして業務を効率化できたところで、他の企業でも同じようにニーズがあるのではないかと感じました。新規ビジネスとして着想が生まれたのです。
しかしその後、システム会社がIPOからM&A(企業の合併・買収)への方針転換をしました。その結果、様々な環境変化に伴い手掛けていた新規事業の存続が厳しくなってしまいました。それでも私たちとしては、今作っているサービスを世の中に届けたい。さらに2019年当時、企業向けのSaaSが世の中に広まりつつあったこともあり、会社を出て起業した方が成功の可能性が高いと考え、独立しました。
ーー独立した後は順調でしたか。
植松隆史:
起業当初は容易ではなかったです。それまでの20年間サラリーマン生活を送っていたので、起業やビジネスの運営方法については全くの未知だったんです。何から始めていいかもわからず、定款さえも知らない状態だったので情報を調べながらサポートを受け、なんとか進めました。
特に資金調達が厳しく、政府系の銀行からの借入も一時的には助かるものの、お金がすぐに底をつくほどでした。当時は、投資家などへ自社サービスをプレゼンするピッチイベントにも出場していました。
しかし相手にしてもらえない状況が続き、メンバーに不安を与えてしまっている状況はよくない、いよいよ潮時だと感じ、一度「事業をやめる」という結論にまで至りました。
そんなとき、書類審査が通っていたインキュベントファンドのイベントに辞退のご連絡をしたところ、予選をせっかく通過したのだからぜひ出てほしいとインキュベイトファンドの方に背中を押していただき、最後のチャンスとして参加しました。
すると、3社から出資のオファーをもらったのです。プレゼン内容をイベント向けに変えたわけではないにもかかわらず、出資してくれる会社があることに本当に驚きました。
それまではオフィスもなくシェアオフィスに朝から入場待ちをしているような状況で、メンバーの1人が離脱するくらい追い詰められていた時期だったので、出会いとご縁で大きく変わりました。
自分個人の経験がサービスに反映されている
ーー貴社プロダクトの強みについてお聞かせください。
植松隆史:
自分の強みやこだわりについて考えると、私の原体験がサービスや企業の物語に活きていると感じます。そのサービスに興味を持ち、欲しいと思うのは、まず私自身。地味ですがとても重要な業務を効率化したいという想いと自分の経験が、サービスに反映されていると思います。つまり、リアリティがオリジナリティにつながっているのです。
これまで、効率的に問題を解決する視点を持ち、他の人や他の企業も同じような悩みを抱えていると信じてサービス開発に取り組んできました。
企業において、契約書の修正など物理的な作業が非常に煩雑で、そこから生じる整合性の問題に対処することはいつも大きな課題です。文書の表記の一貫性のチェックなど、問題が発生しやすいのはどの企業様も一緒でしょう。
規程業務における煩雑さを感じた私の原体験がサービスに反映されている点が当社の強みであると考えています。
企業価値を向上させるプロダクトを作りたい
ーー今後の展望についてお聞かせください。
植松隆史:
将来的に内部統制やガバナンスの強化をサポートする基盤インフラのようなサービスを提供したいと考えています。社内規程はガバナンスをサポートするためのドキュメントですが、ガバナンスにまつわるドキュメントは他にもたくさんあります。
大切なのは、それぞれのドキュメントがしっかり整合性が取れており、それに準拠したオペレーションがなされていることです。実際はドキュメント間に矛盾があったり、オペレーションがドキュメントと異なる場合があります。
こうした矛盾を解消し、ルールに整合性を持たせることが重要です。そうすることで会社全体のガバナンスの質が向上し、企業評価や価値につながります。
中小企業は売上や利益が最重要視されるため、コスト削減を重視することがよくあります。しかし安定した労働環境の整備や生産性向上を通じて、従業員の満足度や定着率を高めることが、将来的な企業の業績向上に結びついていくと考えています。
企業内で生まれる新たな価値や企業のバリエーションを育てることを目指し、「KiteRa」を単なる監視ツールではなく、企業価値を向上させるプロダクトにしていきたいと思っています。
「KiteRaを踏み台にしてでも自分自身のキャリアを築いてほしい」
ーー採用に関する貴社の方針はありますか。
植松隆史:
ちょっと言葉が悪いかもしれないですが、KiteRaを踏み台にしてでも自分自身のキャリアを築いてしてほしいと思っています。そのためにも新しいメンバーには会社で成長できる機会をどんどん提供したいと考えています。
会社を通じてビジネススキルを伸ばし、自身のキャリアを構築できるよう、金銭だけでなく業績の成果に応じて機会報酬も与えていきたい。また、会社の将来のために、リレー方式で多くの人材が育成されることを望んでいます。
自ら起業するようなエネルギッシュな人材が出てくると良いですね。そういう人がいたら全力で応援しようと思います。
編集後記
内部統制の検証や企業運営のルールなど、重要ながら地味で非効率的な作業の解決に力を注いできた植松氏。その効率化にビジネスの可能性を感じ、具体的な実務経験を活かしたサービス開発に取り組んできた。
企業運営ルールを盤石に作ることで、企業のガバナンスの質を向上させ、企業評価と価値を高めるという。企業運営ルールを効率的に作るサービスの提供は、それぞれの企業で従業員のQOLにも直結する。
次世代のリーダー育成にも向けられる植松氏のビジョンと意欲は、未来に大きな影響を与えることだろう。
植松隆史(うえまつ・たかし)/芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科を卒業後、東京セキスイハイム株式会社に入社。その後システムインテグレーション会社へ転職し、約14年間人事労務や経営企画に従事。2019年に退職後、株式会社KiteRaおよび社会保険労務士法人KiteRaを創業。2022年12月より「一般社団法人 AI・契約レビューテクノロジー協会」の理事も務める。