※本ページ内の情報は2024年1月時点のものです。

創業から77年の歴史を持ち、銀座を中心に各主要都市に店舗を展開する株式会社かねまつ。上質な商品と接客、アフターケアを提供するレディースシューズ・バッグの専門店として、確固たるブランドを築き上げている。

創業家で生まれ育つ中で受け継いだ価値観、自社の強みを聞くとともに、企業変革とサステナブルブランドへの進化をどのように推進しているのか、その取り組みの全貌に迫る。

「全部お客様のおかげ」創業者の祖父から受け継いだ精神

ーー生い立ちと社会人としての経歴について教えてください。

兼松真也:
生まれた頃から創業者である祖父と二世帯で同居していました。かねまつの店舗には物心ついたときから顔を出していて、銀座という街自体にも親しみながら育ちました。

最初は三越に入社して、百貨店の婦人靴販売の業務に就きました。いずれはかねまつを継ぐことを意識していましたので、それまでに外に出て学ぶ必要があると考え、百貨店というお客様の期待値も高く、対応に力を入れている環境で修行させていただきました。


ーー大切にしている価値観や信条を教えてください。

兼松真也:
祖父は、早くから私に家業を継がせたいという意思を持っていました。祖父からいわゆる帝王学のような教育は受けませんでしたが、日常的に顔を合わせる中で「自分たちがご飯を食べたり、こういった生活ができているのは、全部お客様のおかげなんだよ」と、繰り返し言われて育ちました。

祖父は戦争を経験した世代で、戦後も貧しく、満足に食べるものもなく、体を壊したこともありました。その後、会社を興して生活ができるようになったので、「お客様のおかげで会社があって生活ができている」という感謝の気持ちは人一倍強かったようです。

私も、お客様のおかげで会社や生活が成り立っていることを忘れないようにしています。

他社との勝ち負けは意識せず、お客様に心地よく使っていただくことを考える

ーー貴社の事業の強みや他社との差別化ポイントは何だと思いますか?

兼松真也:
私たちは、他社との比較や勝ち負けは意識していません。

先代の父も話していたことですが「キョウソウ」には「競争」と「競走」という2つの言葉があり、「競争」は相手の邪魔をすることもありますが、「競走」は自分がどれだけ速く走れるかを競うものです。私たちは「競走の方のビジネス」をしています。

婦人靴ほど失敗する経験が多い買い物はありません。試着時にはピッタリだと思っても、後になって「痛い、合わない」といったことが発生します。それを解決するために、店頭のスタッフは足や靴に関する知識が必要で、靴自体もしっかりつくられていなければなりません。

つまり、「他社に勝つ」や「ラグジュアリーなブランドを目指す」などではなく、「買っていただいたものをちゃんと使っていただくように売る」その一点に尽きると考えています。

人事制度の刷新に着手、環境配慮型のビジネスを志向

ーー注力テーマである人事制度の取り組みについて教えてください。

兼松真也:
コロナ禍によって大きく社会が変わる中、「自社がどうありたいか」「どんなビジネスをしたいか」「そのためには従業員にどのような働き方をしてほしいか」を突き詰めて考えました。お客様はもちろんですが、働く人もハッピーでなければ意味がありません。

その結果、企業変革のために「根幹である人事制度そのものをつくり変えないといけない」と判断し、社長就任後、最初に着手したのが人事制度でした。一気に変えることは困難を伴うため、2〜3年をめどに、段階的に変えていくスケジュールで取り組んでいます。

ーー新商品開発もテーマにされています。具体的にはどのような商品でしょうか?

兼松真也:
現在、かねまつブランドをリブランディングしている最中です。弊社の顧客層は3世代にわたっているものの、もう少し若い世代の認知度を高める必要があります。

具体的には、20代のお客様層の間口を広げるために、2021年に「Premiere Porte(プルミエールポルテ)」という商品シリーズを販売しています。20代の方も手に取りやすいように、1万7千円台の価格帯で提供し、販売数を拡大しています。

半年に1度のサイクルで新デザインを出しており、品質を担保して開発しているので相応に苦労していますが、その分評判がよく、ターゲットである若いお客様層にもお買い求めいただいています。

ーーサステナブルな事業、人や環境への配慮についても教えてください。

兼松真也:
私たちは商品の材質にこだわり、長く使っていただく前提でつくっています。店頭で靴の調節もしており、購入時だけでなく期間があいても無料で対応しています。

そうした事業を外部に発信する際、サステナビリティに対して責任を持ち、商品開発やサービスを通じて環境へ配慮する取り組みとして、「KANEMATSU Lab.」という活動を開始しています。

目的は2つあり、1つ目は私たち自身のビジネスを持続可能なものにすることです。2つ目は弊社の商品を使っていただくことにより、お客様の生活を自然とサステナブルなものにすることです。

他に行っているチャレンジとしては、使用する素材の標準仕様を環境に負担が少ないものに切り替えることで、ブランドそのものを環境配慮型へ移行することにも取り組んでいます。

チームワークと信頼関係を土台に「互恵関係の構築」をバリューに据える

ーー貴社の社風や企業文化について教えてください。

兼松真也:
以前は売上などの結果に対するコミットが強く、体育会系寄りの社風でした。しかし、コロナ禍によって店舗も営業できない状態を経験して、売上の評価だけではモチベーションが保てず、「そのような考え方だけでは、従業員もお客様も幸せになれない」と気づかされました。

社内では「互恵関係」という言葉を使っていますが、「周囲とWin-Winな関係性をつくるためにはどうすればよいか」を考え、行動を促すための評価軸を新たな人事制度で設けました。

今の時代、1人の力では大きな価値を創出できないので、「チームワークと信頼関係を土台にして、その上に互恵関係を築くことがバリューになる」という捉え方を採用しています。

ーー最後に若い方々に向けてメッセージをお願いします。

兼松真也:
学生生活では同年代の人たちと過ごす時間が長いと思いますが、ぜひ年長者との会話を推奨します。社会に出るにあたって、「自分にはどんな仕事が向いているのか」「どんな基準で会社を見たらいいのか」などで迷うと思います。そうしたとき、年長者の実体験は貴重な判断材料になります。

会社に入れば、自分の親と同じ年代の人たちと協力して仕事を成し遂げる必要があります。20〜30年仕事をしている年長者の強みや凄みがあるので、会話することで気づきを得られると思います。

一方、入社して間もない新入社員が感じる会社や店舗への疑問も大事なので、そうした疑問はしっかり検討すべきだと考えており、社内でもそのように周知しています。

自分の考えがまだ深いところに到達していないために、表面上のマイナスな部分に目が行き、すぐに転職したり仕事を辞めてしまうのはもったいないことです。

今の若者は礼儀正しく勉強熱心で、上の世代が見習うべき部分も多々あります。気になることは、コロナ禍を体験して苦労したせいか「正解を用意しないといけない」「間違いを犯してはいけない」という意識が強い点です。

仕事の本質はお客様に「ありがとう」と言っていただくことです。弊社の場合は対面での接客なので、1日に何度もお礼を言っていただく機会があります。BtoBでもこの本質は同じだと思います。もっと肩の力を抜いて、仕事は楽しむものだと知ってほしいと思います。

編集後記

創業者である祖父の教えにのっとり、お客様への感謝をはじめ、自社の従業員や若い世代に至るまで、一貫した謙虚な言葉と姿勢が印象的だった。

温故知新、品質や接客力といった自社の伝統を維持しつつ、時代にあわせて変えるべき部分の変革を続ける。兼松社長のリーダーシップのもと、かねまつの今後の成長に注目していきたい。

兼松真也(かねまつ・しんや)/1981年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、米国へ留学。帰国後株式会社三越に入社し、婦人靴販売に従事。2010年に株式会社かねまつへ入社。2021年に同社代表取締役社長に就任。