※本ページ内の情報は2024年3月時点のものです。

若者と高齢者、大企業と中小企業など、世代間や企業間でのITに対する知識格差は大きい。ITの知識格差をなくして、誰でも便利な世の中にするために動いているのが、トヨクモ株式会社だ。

同社は中小企業のIT化に向けて、緊急時の議論や指示を可能にする『安否確認サービス2』や、サイボウズkintoneに連携する『FormBridge』などを提供している。

トヨクモが一体どのようにしてサイボウズから生まれたのか、同社の代表取締役社長、山本裕次氏に創業秘話を聞いた。

インターネット業界の躍進を目の当たりにして野村證券を退職

ーー会社員時代の話をお聞かせください。

山本裕次:
もともと私はお金持ちになりたいと思っていました。お金持ちになれる仕事は何なのか考えたとき、それは成功者を相手にする仕事だと思ったのです。成功者が相手の仕事としてまず思いついたのが証券会社だったので、大学を卒業後に野村證券株式会社へ入社しました。

自分の好きな株をお客様に紹介して、それを空売りして儲けるという方法で、野村証券時代はトップセールスでした。 このとき、証券会社の仕事は大きな波に乗れるかどうかが大切なのだと気づきました。

ーー証券会社で成功していたのに、なぜ退職されたのでしょうか。

山本裕次:
証券会社で働いていると、いろいろな業種の商品を扱うことになります。その中で、インターネット業界が盛り上がっていることに気づきました。

当時1996年頃、投資したIT企業が成功して大化けする姿をよく見ていました。世の中にインターネットの流れがきているのを目の当たりにして、自分でインターネットの会社を始めたいと思ったのが退職のきっかけです。

その後、創業資金を貯めるためにより給与の高い外資系の証券会社に転職し、そのときに知人からサイボウズの経営者を紹介してもらいました。

目まぐるしい変化の中でトライアンドエラーを繰り返してきた

ーーそこでサイボウズとのつながりができるのですね。

山本裕次:
サイボウズの社長を紹介してもらってからは、社長と夜中から朝まで仕事の話をよくしていました。朝6時半くらいまで話をして、そこから私は会社へ出勤する。今になって冷静に考えたら、お互いかなりぶっ飛んでいたなと思いますね。

もちろん、現在はトヨクモもサイボウズもこのような働き方はしていないです。

話を進める中で、サイボウズは中小企業へのIT普及ビジネスがボトルネックになっていることが分かりました。それで、私がその中小企業向けの事業に参加することになりました。

ーーサイボウズに入って、どのような事業から始めましたか。

山本裕次:
サイボウズネットワークスという子会社を立ち上げて、まずはどんなビジネスモデルにするのか、ソフトウェアはどうするのかなどを企画するところから始めました。

当時は大企業と比べて中小企業にはITの知識が浸透しておらず、たとえばパソコンの冷却ファンを逆さに置いたり、壁に向けて置いて熱が上がったりしていました。そういった現状を見ていると、中小企業にハードウェアを管理させるのは大変だなと実感しましたね。

それと同時に時代の変化も感じていて、たとえば電子メールが登場したときは本当に画期的だと感じました。電話だと聞き逃しがあるし、手紙だと情報伝達のスピードが遅い。その問題を電子メールが解決するのを見て、時代の変化を強く感じました。

ただ、時代の転換期を感じながらも、私たち自身がどのように変化したのかは分かっていないのです。どのように変わったのか分からないくらい時代は目まぐるしく変化して、私たちも常にトライアンドエラーを繰り返してきたのだと思います。

「ITの大衆化」で大企業と中小企業の格差をなくしたい

ーー中小企業向けのIT普及を目的にサイボウズへ入ったとのことですが、その点について詳しく教えてください。

山本裕次:
たとえば大企業と中小企業を比べると、大企業のほうが情報システムも入っていますし、システムの使い方も上手です。一方、中小企業は、情報システムを活用するのが上手くいっていません。そういった格差をなくして、ITを大衆化させたいという思いがありました。

――その後、サイボウズの子会社としてトヨクモ株式会社(旧名 サイボウズスタートアップ株式会社)を創業された経緯について教えてください。

山本裕次:
当時、サイボウズはアメリカに何度も進出しようとチャレンジしており、その足掛かりを探っている段階でした。私はアメリカに進出するなら、ドリームチームをつくるのが1番良いと思ったのです。つまり、アメリカの企業と手を組んで、しっかりとしたパイプをつくるということです。

海外展開をするのであれば、私が自分で会社を立ち上げて、その中で新しいプロダクトを開発して世界にチャレンジしたほうが良い。サイボウズスタートアップスを設立したのは、海外展開の足掛かりをつくるという目的もあります。

また私自身飽きっぽい性格で、証券会社もサイボウズも10年経つと新しいことを始めたくなっていました。自分で自由にサービスを提供したくなり、無理を言って新会社をつくってもらったという経緯もあります。

創業後、合成写真のサービスを最初に始めたのですが、その後東日本大震災をきっかけにクラウドサービスの需要が高まってきました。そのときに「ビジネス向けクラウドサービスのほうが成功確率が高いかもしれない」と感じ、日本の中小企業を対象とした事業にまた戻ったという流れです。

無理を言ってつくった会社という認識もある中で、サイボウズの事業集中方針が決まりました。その方針を伝えられたとき、サイボウズスタートアップスは終了する予定でしたが、MBOをして独立して事業をすることに。このときが弊社にとって大きな転機だったと感じますし、そのときのポイントは「覚悟」だったと思います。

当時、サイボウズの連携サービスをたくさん開発するという約束のもと、サイボウズの社名を創業から3年ほど使わせてもらうという話でまとまりました。結局、今のトヨクモ株式会社という名前に変更したのは、創業から5年目のことです。

2024年3月現在、kintone連携サービスを6製品提供している

ーー今後の事業展開について教えてください。

山本裕次:
今後は、誰でも利用できる簡単なITサービスをたくさん展開していきたいです。そしてより多くの人の「非効率」を解消していきたいと思います。2026年にはより大きなチャレンジができる規模になるので、そのタイミングまでにチャレンジが可能な体制に持っていく予定です。

また、売上が増えれば自動的に収益は積み上がります。実際に弊社は、上場して3年で営業利益が3倍になっています。今後、成長ジャンルがあれば投資に傾斜させていきますが、やはり重要なのはバランス成長です。数年経過したときに、気がつけば大きい会社に変わっているように動いていきたいと思っています。

「志高く熱い人」に活躍の場を

ーー最後に、貴社で働くにはどういった人材が向いているのか教えてください。

山本裕次:
志が高く、熱い人が望ましいです。その志をトヨクモで活用できる場が提供できれば良いと考えています。そして、自分で課題を設定できる人が向いていると思います。他人から言われて行動するのは誰でもできますが、自分で課題を設定するのはセンスが必要です。課題を自分でつくれる人はすごいですし、そういった人に活躍してもらいたいですね。

私自身、社員が活躍できるようにするためには、責任と権限に見合う給料が必要だと思っています。そのため、給料もどんどん上げているところです。

会社が競争に勝つために重要なファクターは人材です。2023年からは人材採用の強化をテーマに掲げて動いており、人材採用を進めるとともに、社内の教育体制も今より整えていきます。

また、現社員には、もし転職したとしても「さすがトヨクモで働いていた人だ」と思われるような、手本となるビジネス習慣を身につけてもらいたいと思っています。

編集後記

中小企業のIT化や海外展開など、多くのチャレンジをしてきた山本社長。「トライアンドエラー」という言葉が取材中に何度か登場し、失敗しても挑戦と改善を続けることの大切さが伝わった。

証券会社時代から時代の流れを読み、成果を出してきた山本社長が率いるトヨクモ株式会社なら、これからも時代に合ったサービスを開発して人々の生活を豊かにしてくれるだろう。

山本裕次(やまもと・ゆうじ)/1990年に野村證券株式会社に入社。ドレスナー クラインオート ベンソン証券会社を経て、2000年にサイボウズ株式会社に入社。その後、サイボウズネットワークス株式会社の代表取締役社長、サイボウズ株式会社の取締役を歴任し、2019年にトヨクモ株式会社代表取締役社長に就任。