アプリレビューサイトとしてスタートし、多彩なエンタメを提供するメディア事業や広告プラットフォーム事業を展開するAppBank株式会社。今では原宿のどら焼き専門店としても人気を集めている。
同社の創業者、村井智建氏は、インフルエンサーと経営者の両方で好調な滑り出しを見せたものの、上場直後の炎上、そして社長の一時退任など苦難も少なくなかった。
一体どのように苦難を乗り越え復活したのか。インフルエンサー「マックスむらい」として注目を集め、今では「脱マックスむらい」戦略を掲げる同氏にこれまでの道のりを聞いた。
創業後すぐにアプリの専門家としてメディアの注目を集める
ーー経歴や創業の経緯について教えてください。
村井智建:
大学を入学後3か月で辞めて、ITベンチャーのガイアックスという会社へ入社しました。その後、2006年にAppBankの先駆けとなるGT-Agencyという会社を設立し、占いコンテンツを提供する事業などを手がけていました。
2008年7月、iPhoneが日本へ上陸しました。iPhoneに新たな可能性を感じる中、GT-Agencyの1つの事業としてAppBankを立ち上げました。
AppBankは当時「スマホアプリの専門家」として注目を集め、テレビ朝日系列の「お願い!ランキング」など、多くのメディアに取り上げてもらいましたね。
ーーインフルエンサー「マックスむらい」としての活動もそのときに始めたのでしょうか。
村井智建:
「マックスむらい」の活動は、ライブ配信サービス「ニコニコ生放送」でスマホゲーム「パズドラ」の実況を始めたのが最初です。それからYouTubeチャンネルも開設し、活動を本格化しました。
当時は著作権意識も今と比べればかなり低く、インターネット上には違法アップロードのコンテンツが溢れていました。オリジナルコンテンツが潜在的にも強く求められていた時代で、私の「パズドラ」を取り上げた動画は非常に支持され、たくさんの人が見てくれました。
そこから「これからはゲームに限らず、ありとあらゆる動画を投稿していこう」と、チームで活動を始めたという流れです。
食べ歩き文化の原宿にマッチするビジネスモデルをスタート
ーー現在は全く異なる事業も手がけていると聞きました。詳しく教えていただけますか。
村井智建:
現在は、原宿で展開しているどら焼き専門店「YURINAN-ゆうりんあん-」の事業がメインです。推し活市場を強く意識した展開を行なっておりまして、様々なIP、アニメやアーティストとのコラボを多数実施しております。どら焼き屋というよりコラボカフェ業態のように見えるかもしれません。
メニュー展開に関しては、テイクアウト中心の構成となっておりまして、食べ歩き文化が根付いている原宿竹下通りにフィットしたことと、同時に和のビジュアルが訪日外国人の皆様に広く受け入れていただけた結果として売り上げを伸ばせている、というのが強みになっています。
「YURINAN-ゆうりんあん-」の店舗展開は3年間の運営の中で、利益率などの基準をクリアすることができたと考えておりますので、これから店舗をどう広げていこうかと考えています。多店舗展開的な話でいえば、2024年は地方の観光都市に進出するのも1つの目標です。
原宿の街が「脱マックスむらい」戦略に応えてくれた
ーー今まで事業を行ってきた中で、特に苦労された点を教えてください。
村井智建:
2015年の上場直後、社内で横領事件が発覚したときのことです。夕方6時のトップニュースになるなど、大きな話題になりました。
マックスむらいとしての活動にも勢いがあるときだったので注目度合いも桁違いでして、当時は何をどうしても炎上してしまう。これが逆風というものかと思いましたし、最も難しい時期でした。
また、マックスむらいとしての炎上状態は3年ほどで脱却できましたが、インフルエンサーと経営者を両立する難しさも痛感していました。
従業員の方はもちろんですし、他社のパートナーの方々とのコミュニケーションも、非常に気を遣いながら業務を進めていました。些細なことでも炎上しやすい世の中なので、迂闊な発言で経営自体に泥を塗ることがあれば本末転倒です。今でもインフルエンサーと経営者のバランスをどう取りながら仕事を進めていくのか、というのは引き続き課題です。
ーー「インフルエンサーと経営者のバランスをとる難しさ」について、何か意識されていることはあるのでしょうか。
村井智建:
両立に難しさを感じて一時は社長の座を退任しましたが、2020年に復帰しました。そこから現在に至るまでの3年間で、特に意識したのが「脱マックスむらい」です。
歴史的にAppBankという会社は「マックスむらい」そのものが事業、また、「マックスむらい」に依存ないし頼っている事業が多い会社でした。いざ自分が社長に復帰した際に、会社としての成長や安定を考えた時に、一人のインフルエンサーに依存した状態にしておきたくはなく、そこから脱却し、会社の主役を別の単語にしたかったんです。
会社の主役を応援する・推進するマックスむらい、としたかったので、様々な事業の柱を模索しました。マックスむらいのネームバリューなど関係なく、安定的に収益を上げて成長できる事業の柱をつくりたいと思ったのです。その柱を探した3年間に、原宿の街が応えてくれました。今はYURINANの事業に本腰を入れているところです。
一過性のブームではなく着実な一歩で“スケール”していく
ーー今後はYURINANを主軸に各方面へ発信していく予定でしょうか。
村井智建:
その通りです。YURINANをいかに安定的にスケールさせていくかが今の課題と考えています。
もちろん多店舗展開は視野に入っているのですが、運営の現場を置き去りにするようなスピード感や、強引な手法はとりたくないと思っています。急ぎすぎるがゆえに一過性のブームで終わってしまう、ということもなくはないと思っておりますので、着実に進めていきたいです。サービスを広げていくときに、お客様と歩みのスピードを合わせることもとても大切だと考えています。
また、異業種を拡大する中でこれまでとは立場が違う人たちと、より一層関わることになるでしょうから、2024年は新しく出会う関係者とどうやってバランスをとって付き合いを継続していくのか、着実に伸ばしていけるのか、についても試行錯誤していきたいと思っています。
編集後記
紆余曲折を経て今に至る村井氏だが、これから社会で活躍する若手人材には「何をやるかなんて関係ないから、とにかく成長している産業に飛び込んで挑戦したほうが良い」と、今までの経験を通じたアドバイスを送った。
アプリレビューサイトの専門家として注目を集め、今ではどら焼き専門店として新たな挑戦を始めているAppBankの今後のさらなる成長が楽しみだ。
追記:
インタビュー時点では代表取締役社長だった村井氏だが、2月26日に3月29日の株主総会での退任を発表した。同時に社員として入社し、引き続き事業推進を担うという。
村井智建(むらい・ともたけ)/1981年12月11日生まれ、石川県出身。起業家・実業家。2008年、iPhone3GSの発売後にいち早くスマホアプリ紹介に特化したメディア「AppBank」を開設。アプリの専門家としてテレビ出演多数。その後、パズドラやモンストといったソーシャルゲームの実況動画などで活躍。YouTubeチャンネルは再生回数が累計約20億回、登録者数約150万人を記録した。2012年、AppBank株式会社を設立し、代表取締役社長CEOに就任。2013年からはニコニコ動画やYouTubeに出演し、「マックスむらい」チャンネルでは日本最大級の登録者数を獲得した。