
国民の2人に1人ががんになり、3人に1人が亡くなっている日本。細胞間のコミュニケーションを担う伝達物質であるマイクロRNAをAIで解析し、がんのリスクを判定する検査キットを開発・提供しているのが、Craif株式会社だ。同社のビジョンとして「人々が天寿を全うする社会の実現」を掲げる背景や今後の展望などについて、代表取締役CEOの小野瀨隆一氏にうかがった。
がん検査をもっと手軽なものへ。自宅で手軽にできる尿検査を開発
ーー貴社の事業内容について、お聞かせください。
小野瀨隆一:
弊社では尿や唾液を使ったがんの予防および早期発見を促進する、「miSignal(マイシグナル)®」シリーズを展開しています。「マイシグナル・スキャン」は、尿のマイクロRNAをAIで解析し、全身の7種類のがんをステージ1から早期発見できる検査キットです。
また、より手軽に全身のがんリスクを調べられる「マイシグナル・ライト」や、先天的ながんリスクを調べる「マイシグナル・ナビ」もあります。「マイシグナル・チェック」は、生活習慣によるDNAへのダメージを可視化できるものです。
これらの製品はオンラインで購入できるほか、800以上の医療機関でも取り扱っています。企業の福利厚生としての導入も進んでおり、実際に「社員の方の大腸がんになる可能性が高いといわれているポリープを早期に発見・治療によりすぐに職場復帰できた」という喜びの声をいただいていますね。検体が届いてから平均1ヶ月程度で結果をお伝えします。
ーーこれらの製品の特徴を教えていただけますか。
小野瀨隆一:
弊社の独自技術により、尿中のマイクロRNAを検出し、AIでがん細胞からのシグナルを解析しています。検査の精度は、「マイシグナル・スキャン」は約90%、「マイシグナル・ライト」は約80%にものぼります。さらに「マイシグナル・スキャン」の場合、早期発見が難しいとされる「すい臓がん」を含む、最大7種類のがんを同時に検査できるのもメリットです。
これだけ精度が高く、複数のがんを検知できる製品は他にないと思いますね。また、遺伝的リスクの把握から、生活習慣の改善までをサポートしているのも特徴です。がん対策を点ではなく線で捉え、検査を機に「がん活(ここではがんへの対策や予防となるような生活習慣・生活環境の改善などの意)」に取り組んでいただき、人々の行動を変えていくことを目的としています。
世界中の健康課題を解決し、世界で勝てる企業へ

ーー小野瀨社長の経歴と、起業に至った経緯をお聞かせください。
小野瀨隆一:
大学卒業後は大手商社に就職し、天然ガスを輸入する仕事に従事していました。そこから次第にディープテック(※)分野で起業し、もう一度日本の技術を世界に示したいと思うようになったのです。
私がアメリカに住んでいた頃は「メイド・イン・ジャパン」全盛期で、「日本の技術はトップクラスだ」という誇りを持っていました。ただ、近年は新しい技術が生まれておらず、当時とのギャップに対して悔しく感じていたのです。
そのような中、祖母が大腸がんで亡くなり、3ヶ月後に祖父が肺がんになったことをきっかけとして、がん領域に着目しました。そこに尿からがんの早期発見が可能な技術を研究していた名古屋大学工学部の准教授(現:東京科学大学 教授)だった安井隆雄先生と出会い、会社を立ち上げました。
ちなみに社名の「Craif」は「crane(鶴)」と「life」を組み合わせた造語です。鶴は長寿の象徴であり、世界に飛び立つ鳥のイメージもあります。そこに「life」を合わせることで、「人々が天寿を全うする社会の実現」という弊社のビジョンを表現しています。
(※)ディープテック:社会課題を解決して生活・社会・世界に影響を与える、科学的な発見や革新的な技術
がんの予防や早期発見で医療における課題を解消
ーー数々のがん領域事業の中で、検査キット開発を選んだ理由を教えてください。
小野瀨隆一:
がんの根本的な解決方法として、自宅でできる予防・早期発見の重要性を強く感じたからです。新薬を開発したとしても、ステージ4の患者さんを救えるとは限りません。しかし、早期に発見し、がんを取り除けば、完治の可能性が高まり、医療費もほとんど負担なしに済みますよね。
また、世の中に検査キットを普及させ、持続可能な医療を実現したいという思いもありました。少子高齢化が進む日本では、医療費が増大しており、医師不足も問題になっています。そこで、がんを治療するものから予防するものにシフトすることで、医療における社会課題を解決したいと考えています。
あらゆる疾患について、誰もが手軽に検査できる社会を目指す
ーー貴社の強みや組織の特徴をお聞かせください。
小野瀨隆一:
ラボの効率化・自動化を促進しており、マネジメント実績が豊富な人材もそろっています。そのため、研究開発から製品化までのスピードが速いのが特徴です。さらに、アメリカの研究拠点には、バイオベンチャー企業で経験を積んできた人材が集まっているのが大きな強みです。
また、実力主義の組織ではありますが、仲間意識が強く、真剣な部活動のような雰囲気もありますね。求める人材としては、高い専門性やスキルも重要ですが、弊社の場合は特にバリューに沿った働き方ができているかが重要です。「弊社の社員としての価値観や行動基準の実践の度合い」を評価するため、どのバリューと近いか、どこに乖離があるかを定期的にチェック。これらの各項目の体現度による、バリュー評価を導入しています。
ーー今後の夢や目標を教えていただけますか。
小野瀨隆一:
すでに研究を進めているがんや認知症以外にも、あらゆる疾患に関して包括的にアプローチしていこうと考えています。そして10年、20年後には、検査キットによる健康リスクチェックが習慣化され、がんの早期発見も当たり前となる世の中にしたいですね。
ーー最後に読者の方々へ、メッセージをお願いします。
小野瀨隆一:
弊社はディープテック領域で世界と戦える、数少ない日本企業です。文系出身でも事業開発やコーポレート部門など、活躍の場は多くあります。興味がある方は、ぜひチャレンジしてください。
編集後記
まったくの異業種から、がんの検査キットを開発するために会社を起こし、チームをつくり上げた小野瀨社長。会話からも、「がんで命を落とす方を減らしたい」という強い思いを感じた。がん検査を身近なものにし、人々の健康をサポートするCraif株式会社は、これから多くの人の命を救っていくことだろう。

小野瀨隆一/1991年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業後は三菱商事株式会社に入社し、米国からシェールガスを日本に輸入するLNG船事業に従事。2016年にはサイドビジネスとして民泊会社を創業。2018年に三菱商事を退社し、Craif株式会社を創業。2021年Forbes Asiaより「30 UNDER 30 ASIA(アジアを代表する30歳未満)」に選出。