食肉を売る際には、食肉を通じた「情緒的価値」の提供が大切。そう語るのは、4年連続で、生鮮業界の総売上高経常利益率1位(※)を獲得した、株式会社天池の代表取締役である大島氏だ。
しかし、目に見えない価値観の共有では、従業員の認識のズレが容易に起こりうるもの。4年連続1位という偉業を成し遂げた背景には、どのような取り組みがあったのだろうか。
インタビューをする中で、価値観の共有の芯になっていたのは「天池イズム」という考え方にあることが分かった。業界トップを維持する企業はどのようなマインドで動いているのか、その内面を大島社長にうかがった。
(※)日経MJ調べ
始まりは父からの事業承継
ーー株式会社天池の社長就任は、お父様の事業を引き継いだものとうかがいました。
大島義之:
卒業後はエバラ食品さんでお世話になり営業職を担当し、主に食品問屋さんや食肉小売店を回らせてもらいました。
私は長男なので、幼い頃から家業を継ぐという意識を持っていましたが、一度外に出たことは、食肉業界の価値観やスタンダードを知る良い機会になったと思います。
また、引き継ぐ前は「期待されて大変だね」と言われることもありましたが、実家が店舗の上にあり、従業員さんと日常的に顔を合わせていましたので、不思議とプレッシャーはありませんでした。しかしその一方で、「自分にできることをしっかりやろう」という責任感は持っていました。
すべての基盤となる「天池イズム」という価値観
ーー社長就任後に大変だったこと、努力したことを教えてください。
大島義之:
経営理念や経営方針を末端まで行き渡らせることが大変でした。経営理念や経営方針というのは、社員に同じ目的意識を持ってもらうために欠かせませんし、そこにズレがあると組織の一体感が出ません。すると、組織の成長もうまくいきません。
そこで、特に大事にしているのが「天池イズム」という考え方です。天池イズムとは、お客様に対して、食肉を通じた情緒的価値の提供を追求すること。つまり、お客様の心を「どう動かすか」を常に意識するということです。
お客様の購買意欲にアプローチしていくメジャーな方法に、価格の安さがありますが、それだけでは情緒的価値を届けることはできません。お客様が「つい買ってしまう」ようなアプローチ方法を考え抜くことが大切です。
購買行動とは、複数の要素が組み合わさって決定されるものです。例えば、品揃えや商品づくり、ポップ、クレンリネス(清潔さが保たれていること)など、それらが効果的に組み合わさって初めて、お客様の心を動かすことができます。
この天池イズムを、本部スタッフを始め、店舗スタッフまでしっかり浸透させていったからこそ、今の天池があるといっても過言ではありません。
現場の裁量権と組織のつながりが人を成長させる
ーー御社の特徴や強みを教えてください。
大島義之:
当社の大きな特徴の一つに、現場の裁量権が大きいことがあります。本部から方針は伝えますが、売り方や仕入れの判断は、店舗側が主導で行います。
現場の裁量権を大きくできるのも、社員一人ひとりに天池イズムの価値観が浸透しているからだと考えています。売り場の設計やプロモーションなども店舗ごとに考えられるので、社員がチャレンジできる環境づくりにも役立っています。
なお、各店舗には本部スタッフがサポート役として割り当てられています。役割は、各店舗の取り組みたいことや一歩踏み出せないことの相談に乗ることで、あくまで主導権は店舗側にあります。結果として、店舗の裁量権を大きくしつつ、組織のつながりも確保することに成功しています。
当社の強みは、食肉を専門に取り扱うからこその品ぞろえの良さと、豊富な品揃えに対応できるだけの「食肉の知識」の両立が挙げられます。さまざまなニーズに対応できるだけでなく、肉の良さを引き出す提案もできるのは大きな強みだと思います。
ちなみに、食肉の知識は売り場づくりにも役立ちます。食肉は切り方や盛り付け方で印象が大きく変わるものですが、正しい食肉の知識がなければ、切り方や盛り付け方も誤ります。この知識があって食肉を生かした演出が可能であるからこそ、情緒的価値を提供できると考えています。
天池イズムを表現できる人材とは
ーー御社で活躍している人材の特徴をお聞かせください。
大島義之:
当社のキャリアは大きく2種類に分かれています。
1つは店長を始めとした管理職系です。現場だけでなく、マネジメントも含めた業務に携わり、経験と実績を積むことで、本部スタッフやエリアマネージャーといったポジションが用意されています。統括部長に登用される可能性もあります。
管理職に求められるのは、積極性や臨機応変さです。特にチャレンジ精神を重視していて、「任せてみよう」と思われやすい人は向いているでしょう。
もう1つのキャリアは、食肉のカットや陳列といった技術を磨く現場職です。当社が培った食肉のノウハウをしっかり伝授し、食肉業界全体で通用する「正しい技術や知識」を習得してもらいます。黙々と業務に取り組む、職人気質の人に向いているのではないでしょうか。
幸せや感動は日常のなかで醸成されていく
ーー御社が求める人材像を教えてください。
大島義之:
天池イズムの価値観でもお伝えしましたが、幸せや感動といった情緒的価値の提供に喜びを見いだせる人材を求めています。これはお客様に対してだけでなく、組織内の仕事においても同様です。
そもそも、天池イズムのような価値観は日常の中で醸成されるものです。お互いに思いやりを持ち、助けあうことで、何をしたら相手が喜ぶかを理解していくのです。
また、業務で必要な経験や技術はもちろんですが、いろいろな人に対して平等に接することができるという性質も重視しています。
面接の際には私自身が対応することもありますので、ぜひ直接気持ちをぶつけてほしいですね。
編集後記
家業を引き継いだことから始まり、生鮮業界の総売上高経常利益率1位まで会社を成長させた大島社長。その根底にあるのは、お客様を喜ばせ、「幸せ」「嬉しい」を引き出すための天池イズムの徹底だった。
天池イズムを掲げ、お客様、そして全国の食卓へと感動を伝える。食肉から日本を笑顔にする、天池の挑戦は続いていく。
大島義之/1973年、東京都生まれ。エバラ食品工業株式会社に入社し、4年の修業期間を経て、1996年に株式会社天池へ入社。2019年に同社代表取締役に就任。「オンリーワンの肉の専門店」を目指し、経営においては肉を通じて顧客に幸せと感動を提供することを常に考えている。店舗拡大、年商100億円を目指し、後進の育成にも注力。