食の風景は、時代とともに変わりゆくもの。しかし、その変化の中でも変わらず私たちの食生活や、外食シーンを豊かに彩る食品がある。宝幸が業界トップシェアを誇る業務用チーズもそのひとつだろう。
同社の「ロルフ」は、50年以上にわたって外食業界や食品メーカーなど、多くの食のプロが認めてきたトップブランド。近年は家庭用商品も展開し、私たちの食にバリエーション豊かな価値を提供している。
今回のインタビューでは、競合との商品の同質化が課題となる食品業界において、他社との差別化を図る戦略を代表取締役社長の小澤一郎氏にうかがった。
食卓を彩る新提案!業務用トップシェアを誇る宝幸のチーズ事業
ーー貴社の事業内容を教えてください。
小澤一郎:
弊社では、大きく4つの事業を展開しています。一番規模の大きいのが業務用シェアナンバーワンを誇るチーズ事業で、その次に大きいのが缶詰事業です。そのほか、フリーズドライ製品と冷凍食品の事業もおこなっています。4つの事業の中でフリーズドライは規模が小さい事業となっていますが、自社製品としての市販用スープや、取引メーカー様へインスタントラーメンの具材として提供するなど、非常に領域の広い事業となっています。
ーー他社と比較したときの、宝幸ならではの強みは何ですか?
小澤一郎:
顧客のニーズに合わせた商品づくりをしていることが強みです。特に市販用のチーズは競合が多く、同質化しがちなことが課題です。たとえば、ベビーチーズの「ロルフ チーズドルチェ」を差別化のために市場投入したのですが、すぐに独自性が薄くなってしまいました。
そういったことから、今年の新商品ではそのまま食べるチーズとは違う切り口の商品として、チューブ状のチーズソースを開発しました。競争の激しいカテゴリーにおいては、商品そのものの差別化も大事ですが、コモディティ化を避けるためには、顧客である消費者が何度も使いたくなる食べ方そのもの、新しい食べ方による価値提供が重要だと考えました。
ーー競合との差別化を図る具体的なアイデアは、ほかにもありますか?
小澤一郎:
正直なところ、宝幸1社では、食品業界における競争を勝ち抜くのは難しいでしょう。しかし、親会社のニッポンハムグループ全体としては生鮮・デイリーの両方の売り場に強みがありますから、部門を超えた取り組みが可能だと考えています。営業面でしっかりと連携を図っていきたいですね。日本ハムブランドはピザやハンバーグなどのチルド食品に強いので、グループとの連携を強化して食卓のあり方を変えていきたいと考えています。
たとえば、家庭での焼肉を想定したら、肉と一緒にフリーズドライ製品の卵スープを売り場に置いてもらうこともできるはずです。私たちの商品でもっと良い食卓を演出できると思います。今後も私たちが成長していくためには、こうしたグループ連携による共創も大きな武器になるのではないでしょうか。
目についたのは、宝幸の「潜在能力」
ーー宝幸という会社ができた背景について教えてください。
小澤一郎:
弊社は水産業からスタートしています。70年前の日本ではみんなが魚を多く食べていたので、もともとは、食卓に魚を提供するところから始まりました。昔は世界中で自由に魚を採れる時代がありました。そのような時代に船を買って魚を採ってきて、その利益で、さまざまな事業へと多角化してきました。そして現在は先ほど挙げた4つの事業へと選択と集中を進めてきました。
ーー小澤社長の経歴についてお聞かせください。
小澤一郎:
1989年に日本ハム株式会社に入社し、外食企業やスーパーの総菜売り場へ提供する業務用商品の開発を長くやってきました。その後は営業の管理部門責任者や、グループ会社のベンダー事業会社の社長など、ニッポンハムグループ内の様々な事業に携わってきました。そして2023年より宝幸の代表取締役社長に就任しました。
この人事を聞いた時には不安よりも期待感・ワクワク感を大きく感じたのを覚えています。特色のある4つの事業を持つ宝幸には非常に高い潜在能力があると感じたからです。その潜在能力を十分に活かせれば、ブランド力は大きく高まり、「宝幸の商品ってこれだよね!」と多くの消費者の皆様に認知されると確信しています。
ーーその潜在能力とは、具体的にどのようなものですか?
小澤一郎:
有形無形、両方の潜在能力がありますが、形のないもので言えば、世の中の変化・顧客のニーズを捉えてチャレンジしてきた能力が強みだと考えます。その能力で築いてきた長い歴史が無形の潜在能力、言うなれば宝幸のカルチャーだと言えるでしょう。
一方で有形の潜在的資産もあることも感じています。たとえば、ロルフ事業のチーズ工場は、まだまだ商品を作る余力があります。先ほど挙げたチーズソースのような新しい価値を創造出来る商品をどんどん生み出し、フル操業を目指していきたいですね。
また、フリーズドライの領域においては宝幸の工場だけではキャパオーバーになってしまうかもしれませんが、グループのほかの工場と協力し、宝幸のフリーズドライ事業のシナジーを発揮すれば、グループ各社のそれぞれが強みを持つ商品を生産することで、ニッポンハムグループ全体でのフリーズドライ事業を拡大していける可能性もあります。そういう有形の潜在能力もあると思います。
次なるチャンスへの挑戦!グループの未来を切り拓く成長戦略
ーー経営において意識していることを教えていただけますか?
小澤一郎:
社長になる際に特に「これをやってほしい」という具体的な期待について誰かに言われたわけではありません。しかし、現在の日本ハムの井川伸久社長からは、「いろんなグループと連携して、大きなシナジーを発揮できるはずだ」という話がありました。
シナジーを生むことは、「経営の仕事」と捉えがちですが、私はそれを現場レベルで実行することで、ニッポンハムグループの未来があると信じています。個々人がROIC経営(※)を意識して努力をすることによって、最終的にはグループ全体の成果につながると思います。
(※)ROIC経営:Return On Invested Capitalの略称。出資者や銀行などの債権者から調達したお金(=投下資本)に対して、どれだけ利益を出しているかを表現している財務指標
ーー今後の会社のビジョンを教えてください。
小澤一郎:
宝幸という会社は、いろいろな歴史を経て今の状態にあります。主要な4つの事業も、10年後にはダウントレンドになる可能性もあるかもしれません。そのため、現在は主要事業ではないものの、伸びている分野の将来をしっかりと見極め、リソースを投入し、次の主要事業を育てていくことも考えていかなければなりません。このように新しいチャンスに挑戦し続けることが重要なのではないでしょうか。
たとえば、チーズのようにもっと多くの食べ方を提供することにより、拡大が見込める分野には、積極的にリソースを投入していきたいと考えています。
活気のある職場にするためには、戦略を立てて成果を出し、その利益を次の投資に回して循環させることが大切だと思います。本当に一生懸命頑張っても、なかなか成果が出ないと前向きに働けない人も多いと思いますから。「頑張った甲斐があったよね」といえるような、利益が循環する会社であり続けたいですね。
編集後記
小澤社長の言葉からは、市場の変化を敏感に捉え、挑戦を続けていることが伝わってくる。食卓を豊かにするための新しいアイデアこそが、小澤社長の語る宝幸の「潜在能力」なのかもしれない。宝幸のチーズを中心とした食品事業は、これからも私たちの食生活に新たな風を吹き込んでくれるだろう。
小澤一郎/1965年生まれ。東京理科大学理工学部卒業後、1989年に日本ハム株式会社に入社し、食品業界でのキャリアをスタート。業務商品開発部での課長職を経て、2013年にプレミアムキッチン株式会社へ出向。2018年、日本ハム株式会社のフードサービス部部長に就任。2020年には加工事業本部 営業統括事業部 営業管理室室長を務め、経営管理の効率化と戦略的営業推進に注力する。2023年4月、株式会社宝幸の代表取締役社長に就任。