
和菓子の世界で「栗」は欠かせない素材の一つである。しかし、栗の生産地では高齢化が進み、生産量の確保が深刻な課題となっている。そんな中、岐阜県恵那市で和菓子店を営む株式会社恵那川上屋は、地域の栗農家と連携し、伝統を守りながら革新を追求し続けている。同社の地域に根差した経営哲学と、和栗を通じた新たな挑戦について、代表取締役の鎌田真悟氏に話をうかがった。
28歳で4億円の借り入れを決断した覚悟の工場建設
ーー創業からの歩みと、経営者になるまでの経緯を教えてください。
鎌田真悟:
私は和菓子店を営む家に生まれ、子どもの頃から店の様子を見て育ちました。高校卒業後、まず東京で洋菓子の修行を積み、その後地元で和菓子の修行もしましたが、すぐには実家の店に戻らず、隣町で自分の店を始めました。当初からその地域で一番の店になれたら実家に戻ろうと考えており、約3年後にその目標を達成して、父が経営する恵那川上屋の前身である有限会社ブルボン川上屋に入社したのです。
当時の工場は民家を改装した手狭な施設で、スペースが足りず、2階や隣の1階部分まで借りていたため、作業員が外を歩いてお菓子を運ぶという非効率な状況でした。このままでは限界だと感じ、28歳の時に大きな決断に踏み切りました。当時、年商1億円規模でしたが、4億円を借り入れ、新しい本社工場を建設したのです。
地元和栗農家との連携が生む特別な一品

ーー貴社ならではの商品開発についてお聞かせください。
鎌田真悟:
栗を中心とした菓子の商品開発に力を入れています。まずは栗のペーストづくりから始め、むき栗の加工へと技術を発展させてきました。品種別、時期別、産地別にそれぞれの特徴を活かした加工を施し、さらに二次加工で風味を最大限に引き出す独自の製法を確立しています。
他社が市場から仕入れる中、私たちは地元の農家から直接栗を仕入れることに強くこだわっています。生産者が誇りを持って生産した栗だからこそ、私たちも自信を持ってお客様に提供することができるのです。お客様に「これを食べてみてください」と胸を張ってお薦めできる品質を目指して、日々努力しています。
ーー栗以外も扱っているのでしょうか?
鎌田真悟:
数十年前に農業法人を立ち上げ、畑を借りて栽培を始めました。赤字は避けられないと承知の上での決断でしたが、ブランド価値向上のために必要な挑戦でした。最近は栗だけでなく、トマトなど新しい作物にも挑戦しています。和菓子店の店頭でトマトを販売するという和菓子店の枠を超えた大胆な挑戦が、新しい可能性を開くきっかけになりました。
「おかしな大地」というブランドでは、素材本来の良さを引き出す商品開発に取り組んでいます。トマトは適温調理(※1)や真空濃縮(※2)の技術で糖度30度を超える甘みを引き出し、栗は鬼皮まで粉末として活用するなど、素材を余すことなく使う技術開発に挑戦しています。地域の生産者との新しい関係性を築きながら、それぞれの産地の魅力を最大限に引き出せる商品を生み出していきたい考えです。
(※1)適温調理:食材の最適な温度で調理することにより、料理を美味しく仕上げる方法。
(※2)真空濃縮:真空下で溶液の水分を蒸発させて溶液の濃度を上げる方法。
変革は自己から始まる。社員の成長を支える経営
ーー経営において大切にしている考えは何ですか?
鎌田真悟:
お客様に、常に期待以上の価値を提供することを心がけています。しかし、それを実現するための組織の変革には、まず自分自身が変わる必要があると考えました。その信念のもと、当時大幅なダイエットを実行し、成功させたり、さらに明治大学の大学院に進学して経営を学び直したりしました。
高校卒業以来の勉強でしたが、自分のやりたいことに挑戦することで、決断したことは必ず実現できるという確信を得たのです。「99回負けて1回勝つ」という言葉がありますが、その1回の勝利のために99回の失敗を糧にできる組織づくりを目指しています。
ーー社員に対してどのような思いで接していますか?
鎌田真悟:
従業員とその家族が共に幸せになることが私の最大の目標です。しかし、幸せはお金だけでは測れません。従業員には給与以外にもさまざまな願いや目標があるはずだと考えています。その望みを見つけ出し、実現に向けて支援することが、経営者の私の役目です。従業員から「私たちは幸せです」と言ってもらえる瞬間が、私にとって何者にも代えがたい人生の勝利なのです。
次世代を担う人材育成がつくる未来
ーー今後の展望についてお聞かせください。
鎌田真悟:
栗の産地を守るために、必要であれば店舗や工場の新設もためらわない覚悟です。地域の活性化は他人任せにするものではなく、地元の人々が主体となって取り組むべき課題です。そのために、特に重要なのは、次世代の育成です。従業員の中から次世代のリーダーが育ち、会社の分割や新会社の設立という形で可能性を広げることを期待しています。
それが地域のリーダー育成につながるのであれば、大変価値のあることだと考えています。次の世代が新しい発想で事業を展開し、それが新たな仲間を集め、さらなる可能性を切り拓いていく。このような好循環を生み出すことが、私たちが目指す未来です。
編集後記
和栗という伝統的な素材を軸に、地域との共生を追求する鎌田社長の経営哲学は、単なる事業拡大にとどまらず、地域に根差した企業としての誇りと責任を感じさせるものだった。農業が直面する課題に向き合い、次世代の育成にも注力するその姿勢こそ、地域創生の理想的なモデルとなるだろう。恵那川上屋が挑戦を続けるその先には、確かな未来が待っていると確信している。

鎌田真悟/1963年岐阜県中津川市生まれ。高校卒業後、東京での洋菓子修行、地元中津川での和菓子修行を経て、株式会社恵那川上屋の前身である有限会社ブルボン川上屋に入社。1992年専務取締役、1998年代表取締役就任。2001年株式会社里の菓工房に社名変更、2008年株式会社恵那川上屋を設立し、代表取締役就任。2015年明治大学専門職大学院グローバルビジネス研究科修了。一般社団法人日本和栗協会代表理事も務める。