大分県にある株式会社cotta(コッタ)は、お菓子・パンづくりに必要な材料と道具のネット販売を行っている会社だ。同社が運営する通販サイト「cotta」は、製菓・製パン業界最大のプラットフォームである。また、子会社においてサイトの保守・運営や、お菓子やパンの材料の加工・製造・販売事業なども行っている。
コロナ禍で急成長したもののその後業績が落ち、経営の立て直しに奔走してきた、同社の代表取締役社長である黒須綾希子氏の思いを聞いた。
EC事業を拡大させた功績が認められ、経営者に
ーー貴社の事業内容を教えてください。
黒須綾希子:
株式会社cottaは、全国の個人店や一般向けに、お菓子とパン用の資材や雑貨の販売事業を行っています。小ロットの注文にも対応しており、短納期・低価格でのご提供が可能です。販売方法としては、弊社の通販サイト「cotta」がメインです。
子会社の株式会社プティパは、お菓子やパンの材料の加工・製造・販売を行っている会社です。食材の小分け作業も受託し、チョコレートペンでお菓子に装飾できる「デコれーとペン」の製造も行っています。
株式会社TUKURUは、自社サイトcottaの保守・運営、タイアップ広告事業を行っている会社です。その他、菓子店やパン屋さんへの商品の販売、生協会員様向けの生活用雑貨品の販売を行っています。
ーー経営者になった経緯をお教えいただけますか。
黒須綾希子:
コンビニスイーツの台頭により、町の菓子店でスイーツを買う方が減ってしまいました。それにともない、個人店向けにラッピング資材などを販売していた父の会社は、2万点もの在庫を抱えてしまいました。
そこで父は、カタログ販売からEC販売へ切り替えることを決め、2006年に通販サイト「cotta」を立ち上げました。そのとき「東京でcottaのマーケティングやPR活動をしてくれないか」と父に頼まれ、cottaの前身会社に入社したのが始まりです。
それから東京で採用を開始し、cottaの運営事業を行うTUKURUを立ち上げました。その結果、ネット通販が売上の大部分を占めるようになりました。
こうした会社の変化を見ていた父から、「自分は引退して会社を任せたい」といわれたのです。父は日頃、家族に会社を継がせるつもりはないといっていましたし、私自身も社長になるつもりはありませんでした。
ただ、私がEC事業を強化したことで、売上の構成が大きく変わったので、自分で責任をとらなければならないと感じ、3年前に代表に就任しました。
大きな挫折を経験し、会社のブランド・従業員の幸せを守る大切さを痛感
ーー会社を経営されるうえで、苦労されたことはありますか。
黒須綾希子:
これまで困難の連続でしたが、特に上場企業としての重責が一番のプレッシャーでした。
コロナ禍のときは、巣ごもり需要でお菓子やパンをつくる方が増え、業績が一気に伸びたのですが、外出規制が緩和されると手づくりブームが去り、とたんに商品が売れなくなっていきました。
そこで、とにかく安売りをして、目先の売上を伸ばすことだけを優先しました。3人の子育てと経営者の仕事を両立していたのですが、忙しいことを言い訳にしたくはありませんでした。
この頃は休日や深夜の出勤もお願いしていて、従業員には無理を強いてしまいました。弊社は女性の従業員が大半を占めており、家庭がある方も多い中で、彼女たちのことを思いやることができていませんでした。
ーー困難を乗り越えたターニングポイントは何でしたか。
黒須綾希子:
ひたすら安売りを続けるうちに、私の中で「cottaをこんなブランドにしたかったんだっけ」と葛藤が生まれました。また、無理な働き方を強いた結果、気付けば従業員たちとの間に大きな溝ができてしまいました。
このときにようやく、数字を達成することよりも、会社のブランド価値や、一緒に働く仲間たちの幸せを優先すべきだと気付いたんです。
それから会社の経営計画を見直し、ビジョンを「たくさんのつくりたいをかなえる」「つくる喜びと食べる幸せを世界にめぐらせる」としました。その結果、一度は株価が急落したものの、そこから徐々に回復傾向にあります。
こうして紆余曲折はあったものの、今となっては上場していたからこそ、途中で逃げずに頑張ることができたと思っています。
販売方法は変わっても一番大切なのは現場力
ーー貴社の強みを教えてください。
黒須綾希子:
EC事業やSNSマーケティングを行っている弊社は、時代の先端を行っている企業だと思われがちです。しかし、弊社の本当の強みは現場にあるのです。
宮崎工場では、容量の多いものは機械を使って製造していますが、小ロットのものは人の手で一つひとつ1g単位まで正確に計って梱包しています。材料の調達では、営業スタッフがインドネシアや中国まで買い付けに行くこともあります。
東京は少数精鋭の部隊で、子育て中のママさんが多く在籍しています。コロナ禍ではリモートで指示を出していましたが、皆仕事に対する意識が高く、自主性を持って取り組んでくれました。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
黒須綾希子:
新事業の立ち上げや、M&Aによる事業の拡大も検討中です。
また、多くの方に使っていただくきっかけになればと、ダイソーさんとのコラボ商品の販売を始めました。まずはお菓子やパンづくりを身近に感じてもらえればと思っています。
さらに、2023年には不二製油株式会社と事業提携し、“カラダにやさしい手づくりを応援する”ECメディアをつくりました。これからは他社に対しても、自社メディアの立ち上げや、SNS運営をサポートするコンサルティング事業も行っていきたいですね。
ーー若手人材へ向けてメッセージをお願いします。
黒須綾希子:
デジタル技術やAIの台頭により、これからはスキルがない人は淘汰されていく時代になると思います。一流のビジネスマンとして生き残るには、たくさん経験を積めて吸収できる環境に身を置くことが重要です。
そう考えると、大手企業に就職するのではなく、ベンチャー企業やスタートアップ企業で実力をつけるのもひとつの手ですね。入社して1、2年でしっかり力をつけ、3年をめどにその道のプロフェッショナルになれるよう、頑張ってください。
編集後記
はじめは会社を継ぐ気はなく、軽い気持ちで父親の会社を手伝うことから始めたと話す黒須社長。しかし、「父の思いを継いで、命がけで会社を経営できるのは私しかいない」と、覚悟を決めたという。新たなビジョンを掲げ、再出発した株式会社cottaは、お菓子やパンをつくる喜びと食べる幸せを多くの人に広めていくだろう。
黒須綾希子/2007年、株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。2010年製菓・製パン材料の卸を営む、株式会社タイセイ(現:株式会社cotta)に入社。卸業の低迷を打破するため、子会社を創業しBtoC向けECサイト「cotta」の立ち上げを手がける。インフルエンサーマーケティングを軸に、2013年東証マザーズ(現:東証グロース)への上場を果たす。その後PB商品のシェアを50%まで増やし会員は160万人に。2020年、代表取締役社長に就任。大分県生まれ、3姉妹の母。