誰もが一度は見たことがある白地に花柄の入ったレトロな調理器具。そのはじまりは、ある企業が顧客の声を拾い上げ、日本の製造技術が集結した燕三条の地で生み出した、一つの商品から。今ではアウトドア事業の「キャプテンスタッグ」でも有名なパール金属株式会社。6万点に及ぶ商品を開発・展開する企業の原動力に迫る。
「マダムハイライン」シリーズのヒットと、「燕三条ならでは」という技術の継承
ーー事業が軌道に乗り始めた当時のことを教えてください。
高波文雄:
はじめは工場もなく、商品の企画をして地元の新潟県・燕三条の工場に製造をお願いしていました。事業を拡大する転機となったのは、「マダムハイライン」というシリーズのヒットです。それまで家庭用のキッチンツールといえば柄の部分は黒かアルミ製でしたが、「マダムハイライン」シリーズでは柄を白くして、淡いピンク色の花柄を入れました。
それが東京でヒットし、全国へと販路を拡大していきました。全国の問屋さんや見本市を回って商品を売り込んだのです。すると、お客さんから、「今度はこれをつくってほしい」「こんな商品がほしい」という要望がたくさん舞い込みました。その声を活かして次々と商品を企画していきました。
燕三条という地域なら、金属加工や樹脂成形、鍛造・鋳造加工などの技術で、どんな商品でもつくれます。工程ごとに分業化されていて、それぞれを専門とする会社があります。これを一社でやろうとしたら、大がかりな設備が必要で、お金もかかります。
ーーでは、商品の製造はすべて外注していたわけですね。
高波文雄:
そうです。弊社は製品の企画をしていました。しかし、ある時、金型をつくってもらっていた工場が倒産しました。「それを引き取って自分たちでやろう」ということで始めたのが、パール金属の大島工場です。ここから、自社での製造をスタートさせました。
燕三条の職人たちは高齢化が進んでいて、他ではないような良い技術が今後、失われていく可能性があります。そこで、弊社では職人たちのもとへ社員を派遣して、技術継承も行っています。このようにして、日本の貴重な財産である技術の継承にも、積極的に取り組んでいます。
アウトドア事業やサイクリング事業への参入
ーーその後、どのように新規事業を展開してきたのでしょうか?
高波文雄:
ジェトロ(日本貿易振興機構)のアメリカへのツアーでバーベキューを経験し、その面白さから日本でも事業としてスタートすることを決意しました。興味を持って自分自身の趣味としてはじめてみると、必要なものがわかってきます。その際に困ったことがあれば、商品開発に活かしていきました。それが今の「キャプテンスタッグ」のブランドです。
また、自社でいろいろな商品をつくっていくと、「実際に店舗でお客さんに売ってみたい」という思いが生まれました。これが弊社における小売事業のはじまりです。「キャプテンスタッグ」の商品だけでは物足りず、競合会社の商品もキャンプの小物からウェアまで、アウトドア関係のありとあらゆる商品を取り扱うことができるようになりました。
それがアウトドア用品専門店ウエスト。1995年新潟市に1号店をオープンして以来、三条、上越、長岡と計4店舗を運営しています。店内ではクライミングができる施設があったり、カフェスペースでくつろぐこともできます。
ーーサイクリング事業にも乗り出したと伺いましたが、その経緯を教えてください。
高波文雄:
自転車に詳しい従業員がいたので、自転車事業にも乗り出しました。そこで、今まで少なかった、折り畳み自転車の製造に目をつけます。それがまた大ヒットし、一時は日本で走る折り畳み自転車のほとんどが弊社のものといっても過言ではない状況が生まれました。
現在は折り畳みの電動自転車で、アウトドアに持ち出して走れるものを開発し、販売しています。部品点数が多く、検査基準が厳しい自転車は非常に難しい分野です。品質管理ができなければお客様の安全に関わり、大量のリコールが出れば損失は計り知れません。
しかし、「これは難しい」と思いながらも、「やりたい」「やってみよう」という気持ちで挑戦し、形にするということに全社で取り組んでいます。この取り組みによって、新しい分野に参入し続けているからこそ、売上が常に伸びているのだと思います。
旺盛な商品開発の原点と、新規事業参入の必然
ーーいつまでも若々しく精力的に活動する社長の原動力は何でしょうか?
高波文雄:
この歳になるまでこうして最前線で事業をできるのは、面白くて仕方がないからです。興味があることをやってみて、やってみると必要なものがわかってきます。実際にやってみて、必要なものをどんどんつくったり、自分たちやお客様の困りごとを解決すれば、商品として売れていきます。
小売業界から、OEM製造の要望もひっきりなしにいただきます。製造の上流工程(部品や製品のもとになる素材を生産する工程)の図面をつくり、金型を起こすところから、下流工程(素材や部品を用いて加工や組立を行い、完成品を生産する工程)の品質管理までできるのは弊社しかありません。製造は燕三条や中国の工場で管理して、高品質な製品をつくっています。
また、ネットでの販売比率も高いので、物流や倉庫にも力を入れています。倉庫の数が増やせれば、今後の売上拡大も必至です。現在、その土地を確保し、新しい倉庫の建設を計画中です。
ーー貴社が大切にしている考え方は、どのようなものですか?
高波文雄:
事業を拡大するほど、人材・倉庫・物流が必要になります。支店・営業所も増やさなければなりません。社内的に人材教育にはかなりの投資をしています。私たちはやりたいことを実現するために、時間をかけて勉強もしています。
弊社で大切にしていることは、「やりたいことは、とにかくやってみる」ということです。「挑戦」をして、「だめならやめれば良い」とも思っています。しかし、形にしたからには、今度はそれを売っていくための努力は必ずします。このようなサイクルを回し続けることで、ヒット商品が生まれ、現在の成長へとつながっていると考えています。
編集後記
6万点に上る商品を展開し、毎年、新商品を世に送り出すパール金属株式会社。その商品開発力の根底には、好奇心と探求心、常に挑戦と努力を続ける姿勢がある。高波社長の口から次々と語られる企業のヒストリーは大変興味深く、ここまで事業拡大してもなお成長し続けようとするバイタリティーにも心を打たれた。
高波文雄/1947年生まれ。1965年、髙久産業株式会社に入社。1965年、髙波金属に入社。1967年5月、兄・高波久雄氏がパール金属株式会社を設立し、文雄氏は専務取締役に就任。営業、仕入、企画開発を担当。1979年、久雄氏がパール通商株式会社を設立し、文雄氏は専務取締役に就任。1991年、パール工業株式会社(製造部)を設立し、代表取締役に就任。2002年、株式会社リバティコーポレーションを設立し、代表取締役社長に就任。2012年、キャプテンスタッグ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2014年、パール金属株式会社の代表取締役社長に就任。同時に、パール通商株式会社の代表取締役社長に就任。