※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

1980年に設立された栄新工業株式会社は土木工事業に始まり、水道施設や下水道のメンテナンス、道路舗装工事など多岐にわたる事業で人々の生活を支えている。会社の成り立ちや事業内容、大切にしている思いについて、代表取締役の新井哲弘氏に話をうかがった。

経営者を目指した若き現場監督が独立するまで

ーー社長のご経歴をお話しいただけますか。

新井哲弘:
建設業の親方だった父の影響で、将来は経営者として独立したいと考えていました。ところが、僕が大学を卒業した年に父が亡くなったため、父が仕事を請けていた会社に現場監督として入社しました。

20代の若者がリーダーとして年上の人を動かすことは精神的に厳しく、気遣いを学ぶ場になったといえます。個人で事業を始めたのは30歳のときです。40歳を過ぎてから独立する人が多いので、一般的には早かったと思います。

ーー職人に対して大切にされてきた思いはありますか?

新井哲弘:
外注の作業員ではなく、自社雇用である直用労務者と仕事をする上で「職人の働きやすさ」を大切にしてきました。昔は職人の食事から寝る場所まで会社が用意する時代だったので、職人の生活面は母が支えてくれました。職人たちの生活を守るため仕事量を維持することが大変でした。赤字を出すこともありましたが、その緊張感が成長の糧になったと思います。

「数字」を意識する組織へ

ーー1981年に株式会社へ組織変更されました。新たな挑戦はありましたか?

新井哲弘:
社長といっても、僕は営業部長・経理部長・工事部長と3つの部長も兼ねていました。少しでもコストを抑えるために挑戦したことは、「土木の世界に数字を持ち込むこと」です。感覚ではなく理論で、仕事の終わりから答えを出すようにしました。たとえば17時までに終わらせる仕事の場合、17時から逆算して各作業の時間配分や配車数を決めます。現実的に数字が成り立たない状況があれば現場で工夫していました。

ーー社長として心がけていることを教えてください。

新井哲弘:
失敗を恐れずに「自分が思う最善手」を打ち出すようにしています。外山滋比古さんの著書「思考の整理学」も経営の参考になりました。時間を費やして発酵に至る酒造りと同じく、「頭の中の醸造所で時間をかける」ということを心がけています。

僕の好きな将棋でも、次の一手を生み出すため粘り強く考え抜き、失敗しながらも自分の考える最善手を打ち続ければ必ずチャンスは回ってきます。経営においても、時間をかけて悩んだのちに突然ひらめくことがあり、チャンスはピンチの中でこそ生まれると考えています。

インフラを支える会社として被災地でも活躍

ーー事業内容を教えてください。

新井哲弘:
以前は、アスファルト舗装工事が主力でしたが、バブル崩壊後に土木工事が激減する中で、水道と下水道のメンテナンスに注力するようになりました。東京都水道局からの依頼など、耐震化に向けてインフラを整える仕事を充実させたのです。

2024年1月に発生した能登半島地震では、弊社の直営部隊も現場へ参画いたしました。被災者の方々は断水によって水道やトイレが自由に使えず、食事の支度も入浴もできないという状況下で、改めてインフラの大切さが見直されました。

皆さんも「生活になくてはならないもの」を普段はあまり意識できていないと思います。弊社では「僕らの仕事は不備のない生活を守ることが使命である」と言い続けてきました。今回、被災地を支援できたことは、社員にとって大きなモチベーションになったのではないでしょうか。

変化に対応する思考力を大切に

ーー貴社の強みはなんでしょうか?

新井哲弘:
私自身が学生時代から現場に出ていたため、職人目線の思考と現場監督の経験を活かしたコスト管理が強みです。下請け業務を通して学んだ他社の良い面も、積極的に取り入れています。

ゴルフコンペや社員旅行を開催するなど、社内のコミュニケーションも活発です。良い仕事をするためにも、職員の待遇や関わり方には気を遣っています。自分より年上の従業員が多い中で彼らの気持ちに寄り添い続け、誰もが意見を交わしやすい環境を整えました。

今の課題は「失敗を笑いに変える文化」を醸成することです。仕事で失敗した人に「もう二度とやりたくない」と思わせることがないように、次に挑戦しやすい雰囲気を作っていこうと思います。

ーー次の世代に伝えたいメッセージをお願いします。

新井哲弘:
ダーウィンの進化論のように、世の中の変化に機敏に対応できる「やわらかい思考」を持つことが大切です。僕は経営において硬すぎない組織作りを意識しています。物事をいろいろな方向から見つめて、あらゆる考え方を取り込み、咀嚼したあとで不要なアイデアを外に出すやり方です。自問自答してきた先の選択が、会社の成長にもつながっているといえます。

編集後記

思考を重ねて理論的に仕事をこなすリーダーがいることで、栄新工業は被災地支援という大事な局面でまっさきに選ばれる会社に成長したのだろう。私たちの便利な生活は、インフラ整備のプロたちによって支えられている。その便利さは決して当たり前ではないことに、改めて気付くインタビューとなった。

新井哲弘/1950年、東京都生まれ。1972年に駒沢大学を卒業。同年に当時の小樽工業株式会社に入社。1980年に独立。1981年に栄新工業株式会社へ組織変更、代表取締役に就任。