※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

環境への配慮が企業に求められる昨今。いち早く環境分野に取り組み、人や地球に優しい包装資材の開発を手がけているのがオルディ株式会社だ。1964年東京オリンピックを控えた頃、重いポリバケツを持って建設ラッシュとなった低層団地の階段を上り下りしていた人々の負担を軽減するべく、日本で最初にポリごみ袋をつくった企業でもある。そんな同社の代表取締役社長、寳田昌也氏に、ものづくりや事業への思いを聞いた。

名古屋での修業時代が社長となった今に活きている

ーー修業時代の話を聞かせてください。

寳田昌也:
家業に入る前に商社の稲畑産業に入社し、成型品の原料を販売する仕事をしました。入社から2年ほどで東京拠点から名古屋へと転勤することになりました。

「名古屋はビジネスをするには難しい土地だ」と言われることもありますが、地元のコミュニティの中に入ってみると、実際は名古屋の人たちは人情味あふれる人ばかりだということがわかりました。

この名古屋での修業時代は、途中で上司が病気になり、先輩と2人で膨大な件数を担当しなければならないなど人員面で大変なこともありました。ただ、当時の名古屋支店はフィルムやラミネートなど全部の部門の営業をしなければならず、さまざまな商品知識を取得したことが、今の私にとても生きています。また、このときに商売のあり方や人間関係の大切さを教えてもらえたのも良かったですね。

ーーその後、どういった経緯でオルディの社長に就任されたのでしょうか。

寳田昌也:
本来は、私の稲畑産業での修業期間は5年ほどを予定していましたが、入社して3年ほど経った頃、関西化成(当時のオルディの社名)の経営が悪化し、その状況を稲畑産業に助けてもらわなければならない状況になり、期間を延長することになりました。

9年経った頃に当時の副社長(名古屋時代の上司)から「会社の立て直しが大変だから戻ってこい」と言われ、9年半の修業期間を経て家業に戻ることになりました。

「環境配慮」と「利便性」に徹底してこだわる唯一無二のものづくり

ーー家業に戻ってからは、どのようなことに取り組まれましたか。

寳田昌也:
先ずは、商品の原価が高かったので仕入先との交渉や協力によって大幅に下げることに取り組みました。販売拡大では、名古屋時代の包装資材の経験を活かし、業務用部門の市場開拓や商品カテゴリーの拡大に力を注ぎました。この改革には当時の社員に中途採用した新たな力も加わり、V字回復を達成することができました。

これにより、社員・仕入先・長年の取引のある顧客とより深い関係を築くことができ、これがその後の安定した業績に結び付きました。

ーー寳田社長が事業を行ううえで大切にされていることは何でしょうか。

寳田昌也:
個人主義ではなく、チームで成功できる会社にしたいという思いがあります。そのために社員の進むべき方向性を統一する必要があると考え、基本理念「信愛」を制定しました。それは社員から信頼され愛される会社を皆で築き上げたいという思いに基づいています。

さらに、環境に配慮し便利なものをつくる「商品開発力」も大切にしています。特に環境の分野は他社に先駆けて30年ほど前に始めたので積み重ねがありますし、その集大成が環境プロジェクト『asunowa』に繋がっています。その商品群『asunowa』が今の弊社の強みになっています。

ーーどういった商品を手がけているのか、商品開発についての詳しいお話をお聞かせください。

寳田昌也:
弊社は「わくわく創造カンパニー」をスローガンに掲げ、弊社に関わるすべての人に「わくわく」を提供するものづくりを目指しています。

たとえば、底部に破れにくい特殊なU字シールを採用した「asunowa破れにくい手提げ袋」もその1つです。このU字シールは特許を取得しています。これはポリ包装業界で国内トップシェアの福助工業株式会社と一緒に手がけました。

レジ袋は使い捨てのように見えますが、実際は買い物袋として利用後にごみ袋として再利用している人が多いのです。このように、環境負荷を低減し、利便性を高めた商品開発をしています。

採用を強化して100年続く強い会社を目指したい

ーー今後、社内で強化したいことを教えてください。

寳田昌也:
マーケティングに特化した部門をつくったり、女性の管理職を増やしたりしていきたいと考えています。また採用に関しては、中途だけでなく新卒採用に力を入れていきたいと考えています。スキルも志も両方ある人がもちろん良いのですが、弊社の社風としては、思いを共有できる人を積極的に採用したいですね。

弊社では、永年企業を目指し、2012年に「2022プロジェクト」を策定し、現在も毎年新卒採用を継続し続けています。強い会社をつくるためには社員を育てることが不可欠です。「わくわく創造カンパニー」として社員も商品もわくわくを提供する企業であり続けるために、今後も人材採用に力を入れて100年続く会社を目指します。

編集後記

「念ずれば花開く」を座右の銘にしている寳田社長。この言葉には、一生懸命思い続けて行動に移せば、願いは叶うという意味がある。人々の生活を快適にしながらも、環境への配慮を忘れない同社の取り組みは、SDGsという視点からも現代社会に必要不可欠だと感じた。妥協しないものづくりで人々から必要とされるオルディ株式会社、そして100年続く企業を目指す寳田社長の今後の取り組みをこれからも追いかけたい。

寳田昌也/1964年兵庫県生まれ、甲南大学卒業。1987年に稲畑産業株式会社に入社し、9年半の修行期間を経て1996年に関西化成株式会社(現オルディ株式会社)に入社。2010年同社代表取締役社長に就任。先代からの環境ビジネスに注力している。