佐賀県武雄市に本店を構える株式会社佐嘉平川屋は老舗豆腐店である。現在、3代目として同社の代表取締役を務める平川大計氏は、運輸省(現在の国土交通省)の官僚出身という異色のキャリアを持つ経営者だ。
代表取締役就任後、リブランディングに注力し、経営を黒字化した平川社長の経営哲学やこれまでの歩み、そして展望をインタビューした。
家業に入るも現状に落胆。仕組みを変え、社内改革に奔走
――官僚としてのキャリアを手放し、豆腐屋を継ぐまでの経緯をお聞かせください。
平川大計:
大学院卒業後に働き始めた運輸省では、一定のやりがいを感じながら働いていました。ただ、周りに合わせて調整する仕事が多かったこともあり、次第に自分が思う存分働ける環境はどこなんだろう、と考えるようになりました。そう考えるようになってしまってからは、むしろその場に留まって時間を費やすことがもったいないと思うようになり、たどりついたのが「起業」でした。
起業を考えるようになってからは、今度はその思いを止められなくなってしまい(笑)。そのまま思い切って29歳になる直前に運輸省を退職しました。その後は、実家に帰って家業の豆腐屋を手伝いながら1年かけて事業プランを練ろうと考えていましたね。
ーー一時の手伝いと思い家業に戻られてから、最初に抱いた印象はどうでしたか?
平川大計:
正直にお話しすると「ひでぇな」という一言です。大げさな表現かもしれませんが、お互い同じ日本語でしゃべっているのに話が通じていないという感覚すらありました。何より業務上重要な内容を社員同士で全然共有できていないと、強く感じていましたね。下手すると英語よりも通じないのではないかと思ったほどです。(笑)
そのせいか、私が何か伝えても、とりあえず「はいはい」と言っていればいいや、その場をうまく切り抜けられればいいや、という空気もあり、当時愕然(がくぜん)としたことを覚えています。
ーーどんなことから改革を始めたのでしょうか?
平川大計:
そんなこともあり、最初の1カ月は現場の従業員の意識を変えようといろいろ強く口出ししましたが、徐々に「こんなやり方をしていたら、従業員がみんないなくなってしまう」と考えるようになりました。人を変えようとする前に、仕事の“仕組み”を変える方がいいのではないかと発想を転換したのです。
たとえば、ファックスで送られてくる発注書は紛失してしまうと、発注そのものがなかったことになってしまいます。そのようなエラーをなくすために顧客リストをつくり、発注状況を管理しやすいように仕組みを整え可視化して、何らかの原因で発注の確認漏れがあれば気づけるようにしました。
業務の動線を整理したり、可視化したりすることの積み重ねで現場を改善していったのです。
ーー売り上げを増やすためにどんな取り組みをしましたか?
平川大計:
まずは現状を把握することからスタートしました。紙ベースで管理されていた帳簿から商品の原価や、売り上げの伸びなどを抽出しエクセルに入力して傾向を分析。数字を徹底的に見てみると、このままではやっていけないことが浮き彫りになったのです。
先代からの看板商品「温泉湯豆腐」のリブランディング
ーー看板商品である「温泉湯豆腐」について教えてください。
平川大計:
「温泉湯豆腐」は、父の代からつくり始めた商品です。もともと豆腐は日持ちせず、遠方に運ぶことが難しいという特徴があったので、昔は豆腐屋といえば「地域に密着した」商売という位置づけでした。しかし、次第に日持ちする豆腐を生産できる技術も発達し、輸送もトラックで対応できるようになると、佐賀県内でも豆腐店同士で価格競争が起きてしまいました。そうなると、商品の単価を下げて薄利多売に走るか、付加価値を上げて競争力をつけていくかのどちらかを選ぶしかありません。
「付加価値の高い商品をつくらなければいけない」と父が模索していたときに、ちょうど隣の嬉野市のスーパーマーケットから「温泉湯豆腐」をつくってほしいという話が舞い込み、つくるようになったそうです。
ただ、初めのころは全然売れず、鳴かず飛ばずでしたが、そんな現状を変えたうれしい出来事があったのです。それは元プロ野球選手の方が、弊社の「温泉湯豆腐」を大変気に入ってくれて、お歳暮としてぜひお世話になっている方に渡したいというご依頼でした。これをきっかけに通信販売(※)に注力するようになりました。
(※)佐嘉平川屋公式オンラインショップ
ーーお父様の代から始まった通信販売事業を、どのように経営改善したのですか?
平川大計:
私が佐賀に戻った当時は、通信販売事業はあれどもきちんと利益を生み出せるような形にはなっていなかったので、利益を生み出すフローに変えるのに苦労しました。コスト削減にももちろん取り組みましたが、力を入れたのがリブランディングです。
温泉湯豆腐は嬉野温泉のご当地グルメとして生まれた商品です。ですから、嬉野という地域に拠点をつくり、関係性を本物にすることから始めました。ご当地に実店舗を設けることで、商品にストーリーが裏付けされ、リブランディングにつながったわけです。
2022年には、とある人気女優の方がYouTubeで弊社の嬉野店で提供している「平川屋パフェ」を紹介してくださり、ギアが入ったように売り上げが急成長しました。おかげさまで嬉野店には連日たくさんのお客さまにお越しいただいています。
また、佐賀県が中川政七商店さんと行っている共同事業「さが土産品開発コンサルティング」に応募して、経営目線からデザインを刷新する機会をいただきました。これまでもいろいろなデザイナーさんにお仕事を依頼していましたが、経営という視点からデザインやブランディングに取り組めたことは大きなメリットでしたね。
豆腐店にとどまらず、観光業にも挑戦したい
ーー今後の事業展望についてもお聞かせください。
平川大計:
直近では、完全に「キャパオーバー」してしまっている嬉野店を拡充しようと思っています。物販とカフェをそれぞれ店舗とレストランにわけ、もっとたくさんの方に弊社の商品をお届けできるようにするつもりです。
また、今後は観光という視点から宿泊業にも挑戦したいと考えています。最近はわざわざ遠方からも弊社の豆腐を食べにお客様がご来店されるので、観光地グルメとして紹介していただくことも増えました。観光産業という位置付けで挑戦する価値はあると思います。もちろん、宿泊業単体で収益を上げることは考えていませんが、結果的にこの取り組みが佐嘉平川屋のブランド価値を上げることにつながればうれしく思います。どんな取り組みをするにせよ、弊社らしさを常に意識して挑戦していきたいですね。
編集後記
人気女優のYouTubeで紹介され、佐賀のご当地グルメとしての注目度が高まっている佐嘉平川屋。平川社長は、豆腐をただつくるだけでなく、売り方やストーリー、そして観光業も絡めたブランド化戦略など、固定観念にとらわれずさまざまな挑戦を続けている。今後、どんな取り組みが始まるのか注視していきたい。
平川大計/1971年生まれ。九州大学大学院修了。旧運輸省(現国土交通省)に入省し、港湾行政、航空行政、省庁再編に関わったのち、起業するため2000年に退職。一時的なつもりで実家の豆腐屋に入ったものの、債務超過の非常に厳しい状況であったため、起業をあきらめ立て直しに奔走。何度も危機的な状況に陥りながらもどうにか軌道に乗せ、成長させる。2006年に代表取締役に就任。一般財団法人全国豆腐連合会理事。