※本ページ内の情報は2024年7月時点のものです。

日本では現在、分数の計算ができない大学生がいるなど、学力低下にまつわる問題が起きている。学校の授業についていけず取り残された生徒たちに着目し、自己肯定感を高めるための道しるべをつくったのが、株式会社すららネットだ。

AI技術を使って生徒の個性と能力に応じた学習を提供するICT教材「すらら」を生み出し、さまざまな学習テーマを織り交ぜながら国内外にサービスを広げている代表取締役社長の湯野川孝彦氏に、「すらら」にかける思いを聞いた。

学力の低い生徒こそICT教材の活用で知識の引き出しが増える

ーー起業に至ったきっかけを教えてください。

湯野川孝彦:
すららネットは、かつてコンサルティング会社で携わっていた個別指導塾のフランチャイジングを支援する事業をきっかけに生まれました。

塾の事業を自分たちで実際に運営していくうちに、学力の低い生徒を置き去りにしないICT教材の開発は社会的な意義が大きく、ブルーオーシャン市場だと気づきました。そこで会社側を説得し、2008年に企業内起業として「すらら」のビジネスを立ち上げたのです。

ーー「学力の低い生徒を置き去りにしない」という点をもう少し詳しくうかがえますか?

湯野川孝彦:
集団授業ではどうしても学習進度についていけない生徒が出てしまい、その生徒はわからない状態で進級し、さらにわからないことが増えてしまいます。

勉強の進め方には個人差があり、早い人もいれば遅い人もいます。肝心なのは、一人ひとりの生徒が自分に最適な方法で学ぶことであり、それが「学力の低い生徒を置き去りにしない」ことにつながるのです。

「すらら」では、学年別にカリキュラムを分けていません。一人ひとりの理解度に合わせて進めることができるアダプティブなAIを搭載したデジタル教材を開発・提供しています。

「すらら」で学ぶことによって、生徒の達成感、自己肯定感を高め、学習意欲を向上させ、大人になっても役に立つ真の学力の習得、そして社会で活躍できる大人への育成を目指しています。

ーー「すらら」の特徴を教えてください。

湯野川孝彦:
生徒が引きつけられるデザイン性や、AIを活用したアダプティブ学習プログラムです。キャラクターやご褒美といった学習意欲を高める要素を組み合わせることで、RPGゲームをする感覚で学習ステップを無理なく一つずつクリアしていく構成になっています。

問題をクリアできたらキャラクターからご褒美をもらい、クリアできなかったときは、「つまずき分析機能」でサポートすることで、きちんと学び直してから次に進むことができます。

2024年2月に導入した山梨の大手進学塾からも、「初めて学ぶ内容でも生徒が一人で取り組める」とうれしい評価をいただきました。

子どもたちが社会で活躍できるように、保護者向けプログラムでは「正しく褒める」スキルに注力

ーーすららに保護者向けプログラムを導入したねらいは何ですか?

湯野川孝彦:
2012年に家庭学習サービスをスタートして以来、不登校や発達障がいを抱える生徒の利用が増えてきました。それに伴い保護者の方々の子育てに関するお悩みも増えてきました。

先程お伝えしたように、学習に楽しみややりがいを見出してもらうための仕組みは整えています。子どもが学習に取り組めるよう、親子の関係性をより良くできればと思っています。

多くの親御様は子どもを思うあまり、テストの結果が芳しくない場合に、叱ってしまったり、厳しい言葉を発してしまいがちです。子どもがますます勉強嫌いになってしまうという悪循環に陥ることもあるでしょう。そこで臨床心理士などにも参画してもらい、2018年から保護者の方向けに「正しく褒める」というスキルを知っていただく目的で「ほめビリティ講座」というプログラムを提供しています。

ほめビリティを実践すると、確実に「子どものやる気につながった」という結果も出ています。単に学習サービスを提供しているのではなく、良好な親子関係の構築にも力を入れています。

弊社はすららを活用して、すべての子どもたちが社会で活躍できるようにすることを目指しているので、生徒だけでなく、生徒を支える保護者の方々の支援も不可欠だと考えています。2024年5月13日からは「ほめビリティ・ペアレンティング」というオンライン・コミュニティも新たに立ち上げました。学びの実践を仲間とシェアし、フィードバックを受けられる子育て支援サービスです。

デジタルを活用した教育で学びのテーマを切り拓く

ーー日本語圏以外の人たちにもすららのノウハウを活かした教材を提供していますね。

湯野川孝彦:
「すららにほんご」は、外国をルーツに持つ日本語を学びたい方のための日本語学習ICT教材です。日本語がわからないから日本の学校の授業についていけない、もしくは受けられない児童生徒、日本で働くことになったけれど会話が不安な人、こういった人たちが置き去りにならないようにという思いで制作しました。こちらの教材は、国内にとどまらず海外でのニーズにも着目し、当社でいち早くICT教材として開発しました。

また、「SuRaLa Ninja!」は、海外の子どもたちのためのオンライン算数学習教材です。2014年にJICA(国際協力機構)の支援を受けて開発し、スリランカで事業を開始しました。現地のNGO、NPO、教育機関と連携して子どもたちに学習の機会を提供しています。

志がある人材を全力でバックアップしていきたい

ーー最後に若手人材に向けたメッセージをお願いします。

湯野川孝彦:
弊社では自分で何かを興せるような起業家精神を持っている人材を求めています。

プロジェクト単位で業務を担えたり、海外で活躍できたりというチャンスもあります。起業の疑似体験ができますので、ぜひ率先してチャレンジしてください。時には失敗をすることもあるかもしれませんが、失敗を積み重ねてこそ大きく成長することができるのです。それはかけがえのない貴重な体験になると思います。

編集後記

日本の教育現場では、集団授業についていけない生徒の問題がかねてより指摘されてきた。だが、個々の生徒の学習進度に合わせることは難しいという現状がある。

そんな中で、教育現場の問題を改善する道しるべとなるべくeラーニング教材を開発した湯野川社長の功績は大きいと改めて感じた。

学習のつまずきを分析する機能による学びの習得だけでなく、海外向けのコンテンツや、保護者向けに褒め方のノウハウを伝授するサイトなど、これまでの教育コンテンツにはない展開も始めている。湯野川社長が構想する、親子の未来と、社会全体を俯瞰してコンテンツを提供するすららネットの進化に今後も注目だ。

湯野川孝彦/大阪大学基礎工学部卒業後に合併前の株式会社ベンチャー・リンクに入社。フランチャイズ事業の立ち上げ支援を行う。2005年にeラーニング教材「すらら」の開発に着手。2008年に株式会社すららネットを設立。2010年にMBOを実施し、同社の代表取締役に就任。2015年、教育再生実行会議の有識者委員に就任。2017年に東証マザーズ(現グロース)市場に上場を果たし、日本のEdTech(教育テック)業界をけん引し続けている。