近年、農業・畜産業界において、経費コストや人材不足、環境問題が話題となっている。そんな中、環境保全と動物福祉を経営理念に掲げ、業務の効率化に取り組んでいるのが株式会社イシイである。
株式会社イシイは、ブロイラー(肉用鶏)ひなの生産および販売を主軸に、養鶏機器の輸入・販売や、システム鶏舎の建設・販売、さらにインフルエンザワクチン製造用鶏卵の生産・販売などを行っている。1959年に石井町養鶏農業協同組合としてスタートし、1969年に現在の株式会社イシイの前身となる株式会社石井孵卵場を設立した。
今回は、代表取締役社長の竹内正博氏に、DXも駆使した養鶏業のトップランナーとして業界を牽引することになった経緯と、幅広い事業展開の考え方についてうかがった。
農業協同組合から企業へーー愛される会社を目指す
ーー貴社へ入社した経緯を教えてください。
竹内正博:
父が創業者で、私は二代目ですが、もともと経営者になるつもりはありませんでした。高校生の時に学校の先生になるか、父の後を継ぐかで非常に悩み、最終的に継ごうと決めました。大学卒業後は「他の企業に勤めて、消費者心理や金融関係の勉強をしたい」と思い、外資系の会社で英語習得と社会勉強を経験してから当社に入社しました。
ーー入社する前の経験は、今どのように活きていますか。
竹内正博:
私の父が始めたのは第一次産業の農業分野で、養鶏場の農業組合でした。しかし、私はアメリカの大学院で学ぶ中で、「海外には農協組織は少ない。日本でも今後生き残るためには企業化しないといけない」と感じました。
父は小さな農家を助ける精神で農協組織を作りました。企業化した後も、父の思いを継ぎ、お金儲けのためだけでなく、多くの方に愛される、人を大切にした会社作りを意識しています。
ーー社長に就任した際の思いをお聞かせください。
竹内正博:
就任直前の創業20周年の際に、「農業が工業に勝つ日」という記事を執筆しました。農業は、人間にとって欠かせない重要な食料供給産業であり、自然環境保全産業です。
しかし、日本の農業は弱い立場に置かれています。そこで私は、農業を強い立場にするために「当社が先陣を切って弱点を克服していこう」と考えたのです。当時の「負けない強い農業を作りたい」という気持ちは今でも変わっていません。
DXで後継者不足や働き方改革へのアプローチ
ーーデジタル関係の戦略では、どのような取り組みを行っていますか。
竹内正博:
当社が一番力を入れているところですね。鶏を快適に飼養するためには、以前は20年ほど経験を積む必要がありました。暑い時期はカーテンを開閉したり、寒い時期は暖房の調整をしたりと、細部にわたって熟練の経験が必要です。
しかし、当社は5〜6年前から、温度や給餌量、飲水量などのデータを測定し、自宅にいてもスマートフォンで鶏群の発育と鶏舎内の相関性を可視化して、鶏舎の状況に応じて自動でカーテンを開閉させるなどの環境整備を行いました。
鶏の快適な飼養環境および飼養成績のデータを蓄積しているので、光熱費や飼料摂取量や飲水量の最適解も見えてきました。そのようなノウハウを活用し、提案営業を行うこともできます。それによって、経験がなくても鶏を飼える未来を描けるようになりました。
ーー現在の国内の農業・畜産業のDXの傾向はどのようになっていますか。
竹内正博:
今の日本国内では、まだ鶏舎にカメラを設置している事例が少ないのですが、今後は徐々に増えてくると思います。飼料摂取量や飲水量を自動測定して、阻害するストレス要因を可視化できつつあります。最終的に鶏にとって良い環境を作れると社員は確信を持っています。
環境整備のためのシステムは、鶏がいるところにはすべて必要です。鶏舎はもちろん、移動中のトラック、保管庫や冷蔵庫などのちょっとした置き場にも必要です。意外と用途が広いため、システム機器の販売と通信利用料は当社の安定収入にも寄与しています。
ーー貴社には営業の部署もあるのですか。
竹内正博:
ひなや鶏を育成する部門、育成のための設備の部門、ノウハウや設備などを展開し広めていく部門があります。同業他社への複合的なコンサルティング提案や付加価値の提案、商品提供も行っています。デジタル化によって、目の前の作業の省力化だけではなく、「データを最大限活用することによって省力化が実現する」という考え方を広めていきたいと思っています。
取り扱っている商品は、代理店を通さずほぼ当社で直接販売しています。どの業界も営業は大変だと思いますが、当社の営業は業界からのニーズがあり、「来て説明してほしい」という問い合わせも多いので、営業担当者も楽しく仕事ができているようです。
環境保全と動物福祉、人にとっても鶏にとっても快適な環境の提案
ーー貴社の経営理念は、どのように生まれたのですか。
竹内正博:
1996年に牛の病気BSE(牛海綿状脳症)がありました。私が視察でイギリスへ行った時は、牛が焼却処分されていました。2000年には香港を中心に鳥インフルエンザが発生し、それがオランダに広がり、多くの鳥が殺処分されました。
私は、これらの出来事に強烈なショックを受け、農家をまわり、現状や防疫関係などについていろいろと勉強しました。その中で、「人と家畜の両方の感染予防のためには、動物福祉こそが、商品の価格や美味しさ以上に新しい価値観として重要になってくる」と感じ、この考え方が当社の経営理念のベースになりました。
その後、鳥インフルエンザが哺乳類にも感染するようになったことから、感染予防につながる取り組みを考え、インフルエンザワクチン製造用鶏卵の製造や販売を開始しました。
ーー動物福祉という考えのもとに、具体的にどのような取り組みを行っていますか。
竹内正博:
この業界で動物福祉という考え方は、当社が先駆けて取り入れてきました。たとえば、予防注射の痛みや苦しみを和らげるため、ひなに注射するのではなく、孵化する直前の受精卵に接種しています。
また、当社では鶏が快適に過ごせる環境を整えるための機械設備の販売も行っています。この機械設備は、海外を飛び回って探し、輸入して自社で使用してみて、良かったものを同業他社に販売しています。当社では、専門商社のような販売活動も活発に行っています。
編集後記
取材中、何度も「鶏が主役」と表現していた竹内社長。広く展開している事業はすべて「環境保全と動物福祉をベースにしたい」という企業理念に繋がっている。
鶏を軸とした、畜産の企業としてだけでなく、総合商社のように事業展開をしている株式会社イシイは、人と動物が幸せに生きていける環境を追求している。今後も、多くの企業のリーディングカンパニーとして進み続けるだろう。
竹内正博/1951年徳島県生まれ。ミズーリ大学大学院卒。その後、金融機関や貿易会社に勤め、5年間の修業期間を経て、株式会社イシイの前身である石井養鶏農業協同組合の子会社である株式会社アイピー通商に入社。その後、1991年に株式会社イシイの代表取締役に就任。