※本ページ内の情報は2024年8月時点のものです。

日本ではおよそ5秒に1回の割合で救急隊が出動し、うち国民の23人に1人が救急搬送されるなど、社会に欠かせない存在である救急医療。一方、近年は救急医療のひっ迫が社会課題となっている。そんな日本の救急医療システムをDXによって変革するべく奮闘するのが、TXP Medical株式会社だ。同社の創業者であり、現役の救急科専門医でもある園生智弘氏に、創業時のエピソードや現在の事業内容・今後のビジョンについて聞いた。

「既存の医療システムを変えたい」――一人の医者が起業家になるまで

ーー起業に至るまでの経緯を教えてください。

園生智弘:
医者として救急・集中治療に携わる中で、慣習的に残っているアナログなやり方が、医療現場に負荷をかけていることに課題を感じてきました。たとえば、救急隊が搬送先の病院を一つひとつ電話で探すことや、電子カルテや紙・ホワイトボードなど、手入力や手書きでの作業が多いことなどです。現代のテクノロジーを活用してより業務を体系化・効率化し、医療をアップデートするべきだと考えました。

医者の世界では、最初の2年間が研修医、その後3〜5年は専門医になるための修練を積むことが一般的です。私が「医療システムを変えたい」と思ったのは研修医時代からですが、当時は「臨床医として実力をつければ何かを変えることができるかもしれない」と考えていました。

しかし、実際には医療システムの壁はあまりにも大きく、一人の医者が働きかけるには限界があることを痛感しました。医者であるだけでは永遠に既存のシステムを変えられないと感じ、ビジネスの力を活かそうと、会社を立ち上げることにしました。現在は会社を経営しながら、引き続き救急医としても活動しています。

大学病院の導入率4割超!現場に歓迎される救急医療のプラットフォームサービス

ーー現在はどのような事業に取り組んでいますか?

園生智弘:
主なサービスは、大病院や救急隊・自治体に対する、救急医療および急性期医療(病気になって間もない患者や早急に処置が求められる患者に必要とされる医療)のデータインフラストラクチャ(ハードウェアやソフトウェアなど、データの利用を可能にするさまざまな要素のまとまり)の提供です。

従来、電子カルテと紙で行われていた現場の作業を、救急医療に最適化したDXによって、効率化することを支援しています。現在は全国75以上の病院に導入実績があり、そのほとんどが大病院です。救命救急センター指定のある大学病院のシェアは約4割になりました。自治体では、札幌市・藤沢市と有償契約を結んでいるほか、約30の自治体と実証事業を進めている最中です。

マスマーケティングを行わず、広告宣伝費もかけていませんが、学会で病院側からの問い合わせをもらったり、説明会参加者の半数以上が導入を決めてくださる様子から、利用者が直感的に「役に立つサービスである」とわかるものを提供できているという手応えを感じています。実際に「看護師の残業が減った」などの声をいただき、近年社会課題になっている医師や看護師の働き方改革にもつながっているようです。

また、価値の高いサービスを提供する対価として、医療データの利活用事業への協力を促し、そのデータを用いて製薬会社を顧客とした2次活用ビジネスを行っています。

「すべては医療の最適化のために」――揺るがない経営判断の軸

ーー事業を行う上で大切にしている考えを聞かせてください。

園生智弘:
「Clinically Good, Socially Good(医療現場に良し、社会に良し)」をモットーにしています。最適な医療を、最適な人に、なおかつ適正な範囲で届けるという意味合いですね。特定のプロダクトサービスをつくるときは、「このサービスが医療の最適化につながるか」を重要視しています。

目指すのは、特定の立場に限られた最適化ではなく、患者・医療現場に携わる人たち・製薬会社やメーカーなど、そして医療保険制度も踏まえ、ステークホルダー全体にとって最適な意思決定を行うための支援です。

たとえば、特定の疾患に関する薬が開発されたとき、その疾患を啓発することで、実際に治療が必要な人にとどまらず、今まで病気認定されていなかった人にまで影響が広がる可能性もあります。ただ、それが最適化された医療と言えるのかは、考える必要があると思います。

弊社では、「本当の意味での医療の全体最適とは何か」を追求していきたいのです。そのため、医療の最適化につながらないのであれば、たとえ利益の出そうな事業アイデアでも「やらない」という判断を徹底しています。

頑固な会社に見られることもありますが、志を同じくするクライアントや医療ベンチャーから共感してもらえると、自分たちが目指していることは決して間違っていないと思えます。

ーー今後のビジョンを教えてください。

園生智弘:
救急・集中医療を要する病気やけがは、全国でほぼ均一に起こりうるもので、特定の病院や地域に集中するものではありません。現在は一部の大病院にご利用いただいていますが、これからは、日本全国の救急医療現場で弊社のシステムが当たり前に使われる状態を実現していきたいですね。

また、日本の急性期医療は、人材・インフラ・システムをパッケージングして世界に輸出できるレベルにあると個人的には考えています。ゆくゆくは日本にとどまらず、国外にも弊社のサービスを広げていきたいですね。特にマレーシアやインドネシアあたりのASEAN諸国は、医療のインフラが整いつつある段階です。日本の急性期医療のインフラを輸出することで、より質の高い急性期医療を提供できると考えています。

急性期医療に関わる病気やけがは、滅多に起こらないライフイベントと思われがちですが、実は誰もが関わりうる、最も身近な医療領域であると考えています。「社会的意義の高い良質なサービスを展開することが、顧客も社員も魅了する」と信じて、今後も救急医療・急性期医療の向上に尽力していく構えです。

編集後記

「1人の医者としてのキャリアでは永遠に医療システムを変えられないと感じ、事業をつくることにした」と語る園生氏。現役の救急医と経営者を両立することが、結果的に他社では真似できない独自性と信頼感につながっていると感じた。日本、そして世界の医療システム向上を見据えて挑戦を続ける同社から、今後も目が離せない。

園生智弘/2010年、東京大学医学部卒業。救急・集中治療の臨床業務に従事する救急科専門医。臨床業務の傍ら、急性期向け医療データベースの開発や研究を実施し、2017年、TXP Medical株式会社を設立。TXP Medicalでは累計25億円の資金調達を実現し、救急病院・救急隊・製薬企業などに幅広いサービスを提供。個人としても医療現場における適切なIT活用に関して、学会などで多数の発信を行う。