※本ページ内の情報は2024年8月時点のものです。

新薬の臨床試験にどれほど時間がかかるか知っているだろうか。 国立成育医療研究センターの情報によれば、約3〜7年という長い期間が必要とされるという。アガサ株式会社の代表取締役社長である鎌倉千恵美氏は、この期間を少しでも短縮したいという思いからヘルステック企業を立ち上げた熱意の人だ。そして、その事業はいまや世界16カ国に広がるまでになった。なぜヘルステックに臨床試験短縮の可能性があるのか。鎌倉社長にその仕組みや企業を立ち上げた経緯、サービスの強みなどをうかがった。

自らの価値を発揮できるフィールドを求めて見つけたヘルステックの可能性

ーー鎌倉社長の経歴をお聞かせください。

鎌倉千恵美:
私は大学・大学院で情報工学を学び、大学院卒業後はまず総務省総合通信基盤局へ入庁しました。公務員の道を選んだのは、女性でも責任のある仕事に就ける社会を実現したいと思ったからです。しかし、いざ仕事を始めると公務員はビジネスの世界から遠く、自分が思い描く価値を提供するのは難しいと感じました。

そこで、より人々に近い民間へと転身しようと思い、日立製作所へ転職。人工衛星打ち上げプロジェクトや石油パイプラインの管理システムプロジェクトなど、大きな仕事に携わる機会に恵まれ、民間ビジネスの価値観を学びました。

その後、アメリカへ留学してMBAを取得し、米国ベンチャーNextDocs Corporationの日本支社の代表に就任。2015年にアガサ株式会社を設立して今に至ります。

ーー起業のキッカケとなった出来事は何ですか?

鎌倉千恵美:
アメリカ留学中に、ヘルステック企業の可能性を見たことがキッカケです。私はヒューストンに留学したのですが、そこでは数多くのヘルステック企業が活発に活動していました。この様子を見てヘルステックの分野から医療に貢献したいと思うと同時に、日本のヘルステックの遅れを実感しました。

この経験から、日本でもアメリカに負けないヘルステックを実現したいと考えるようになりました。そこで、当時在職中だった日立製作所への技術導入を経て、自分で事業を立ち上げる道を目指すことになります。

臨床試験のDXで新薬承認の効率化を目指す

ーー貴社の事業内容を教えてください。

鎌倉千恵美:
主な事業内容は、医療機関向けの臨床研究文書を管理するクラウドサービス「Agatha(アガサ)」の運営です。Agathaの目的は臨床試験、ひいては新薬承認のDXや効率化に寄与することを目指しています。

臨床試験の分野はとにかく書類が多く、書類を確認する先生と書類をまとめる事務担当者の双方に大きな負担がかかります。そこをAgathaで効率化できれば、より治験・臨床試験に集中できるというわけです。

ーー貴社および貴社サービスの強みは何でしょうか?

鎌倉千恵美:
臨床試験に必要な膨大な書類をデジタル化し、作業を効率化できることです。

新薬は日々世界中で研究されていますが、日本ではまだ臨床試験が進まずに使えない薬も多く存在します。10年近くかかることもある新薬の承認をAgathaで早められれば、日本の医療分野全体に価値を提供することにもつながります。

また、Agathaのシステムが製薬会社と病院の共同利用を前提に作られている点も強みです。臨床試験は製薬会社と病院が協力しながら進んでいくので、情報共有がしやすい仕組みを整え、コミュニケーションの効率化にもアプローチしています。

「ことを為す」ために必要なものとは

ーー鎌倉社長が大事にしている価値観をお聞かせください。

鎌倉千恵美:
「志高くことを為す」という言葉を大事にしています。この言葉には、ことを為すには「志」だけでも「行動」だけでも足りず、その両方があってこそ自らの思いを実現できるという考えが含まれています。

私は仕事とはお金のために行うのではなく、人や社会を良くしよう、価値を提供しようという「志」のもとに行うべきだと考えています。

しかし、いかに尊い志を持っていても、そこに行動が伴わねば思いは実現されません。志高くことを為したいのであれば、そこへ至るために淡々と行うべきことを為す。日々の努力こそが志を実現する道を描いていくのです。

グローバルヘルステック企業に求められる人材像とは

ーー貴社が求める人物像を教えてください。

鎌倉千恵美:
成長意欲が高く、一緒に成長していくという意識を持っている方です。日本や世界の社会をヘルステック分野から良くしていきたいという思いをともにしていただけると嬉しいですね。

採用区分は中途を基本としています。職種はセールスやコーポレートを始めとして全方位で採用しています。

また、弊社は海外の顧客ともお付き合いがあるので、英語力を持っている方、または英語学習に積極的な方が望ましいです。弊社負担の英語研修もあるので、グローバル人材を目指している方は歓迎です。

世界に誇れる日本企業を目指して事業発展を

ーー今後注力したいことは何ですか?

鎌倉千恵美:
新技術の開発は積極的に取り組みたいテーマです。たとえば、文書のデータ化を効率化したり医療機関に合わせたフォーマット作成、治験に必要な書類の自動振り分けをおこなう生成AIの開発や、Agathaに蓄積されたデータを活用した臨床試験のさらなる効率化を目指すサービスの導入が挙げられます。

また、海外展開も積極的に進めていく方針です。現在は海外16ヶ国に展開しており、売上比率は20%ほどですが、これを2030年までに50%程度まで伸ばしたいと考えています。

将来的にはAgathaが世界中の医療に役立ち、世界に誇れる日本企業になるのが夢です。少しでも日本の子どもや若者に夢や希望を与えられる会社になれたら嬉しいですね。

編集後記

その中にいれば一見、当たり前のことでも、外から見れば疑問を感じることはある。鎌倉社長が臨床試験に抱いた疑問に向き合ったことで、その環境は一つ上の「当たり前」へとアップデートされつつある。1社のヘルステックベンチャーによって世界中の医療環境が引き上げられる可能性がある。アガサはDXの可能性を提示する先導者として、今後ますます注目を浴びるだろう。

鎌倉千恵美/1974年、愛知県生まれ。 名古屋工業大学大学院を卒業後、総務省総合通信基盤局に入省。2001年に株式会社日立製作所へ転職し、製薬・医療機関向けの新ビジネス開発と新ソリューションの基本設計を担う。2011年に製薬企業向け文書管理システムを手掛ける米国ベンチャーNextDocs Corporationの日本支社代表に就任。2015年にアガサ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。