保育施設は子育てをする保護者にとって必要不可欠な存在であるにも関わらず、保育士不足や待機児童問題などの解決すべき課題が山積する業界。その中で、新たな風を吹かせているのが、日本初のおむつのサブスクサービス『手ぶら登園』などを仕掛けるBABY JOB株式会社である。異業種出身の創業者である代表取締役・上野公嗣氏に、起業に至るまでの経緯や、同社の問題意識とそれを解決するサービス・ビジョンの実現に向けた今後の展望などをうかがった。
お母さんの子育て経験を社会に生かしたい!その熱い気持ちで会社を設立
ーー起業に至るまでの経緯を教えてください。
上野公嗣:
私は、2003年に新卒でユニ・チャーム株式会社に入社し、おむつや生理用品などのマーケティングや営業を担当していました。その際、ベビー用品店で販売員に自社の商品の接客販売をお願いしていたのですが、出産・子育て経験のあるお母さんに担当してもらうと通常の2倍程度の高い成果を上げることに気づきました。
その経験から「お母さん」だからこその力を感じ、その力を社会に活かす機会をつくろうと考え、2012年に株式会社S・S・M(現 BABY JOB株式会社)を立ち上げました。
当初は、お母さんたちを集めた人材派遣業を始める予定でしたが、登録者募集の段階で「子どもの預け先がなく働けない」という待機児童問題の壁にぶつかりました。お母さんたちに活躍してもらうためには子どもを預ける場所を増やすことが先決と考え、計画を変更して保育所事業に着手しました。私自身も保育士や幼稚園教諭の資格を取得し、さらに保育を学ぶため大学院にも進学しました。
現場での実体験から生まれた、保育施設と保護者に寄り添うサービス
ーー当初のプラン変更から、どのように事業を展開してきたのでしょうか。
上野公嗣:
保育所を運営する中で、「子育てに関するタスクが多すぎる」という課題が見えてきました。保育施設を利用するためには、毎日5枚程度のおむつ1枚1枚に子どもの名前を書いて持参したり、着替えやエプロン、タオルなどの準備をしたりと多くのタスクが発生します。これらのタスクは、仕事と育児の両立で疲弊している保護者さんの時間を圧迫しています。同様に、保育士さんも煩雑なタスクに追われ、子どもたちと楽しく接する時間が削られている現状があります。こうした保育現場のリアルな課題を知ったことが、新サービスの発案につながりました。
2019年に始めたのは、保育施設向けのおむつサブスク「手ぶら登園」です。紙おむつやおしりふきを保育施設に直接お届けするので、保護者はおむつに名前を書いて持参する手間がなくなり、保育士は個別におむつを管理する手間がなくなるサービスです。日本サブスクリプションビジネス大賞2020のグランプリをはじめ複数の賞をいただき、全国から反響がありました。保育施設と保護者さんの両方をサポートすることが、弊社のサービスの特色ですね。
ーー現在は、どのような課題に注目されていますか。
上野公嗣:
現在のテーマは、子育て世代の時間貧困の解決です。時間貧困とは、時間に余裕がない状態を示す言葉です。総務省の調査から、6歳未満の子どもを持つ共働き夫婦のうち、8割以上の妻が時間貧困に該当することがわかっています。子育て中のお母さんは、1日に平均して約8時間の有償労働と、同じく約8時間の無償労働を行っている状態です。この約16時間の労働時間を少しでも削減するために、今後もさまざまなサービスを仕掛けていこうと考えています。
たとえば、先ほどの『手ぶら登園』は、全ての保護者さんが保育施設におむつを持って行かない選択ができることを目指して生まれたサービスです。全国には約40,000か所の保育施設があり、2024年6月時点でそのうちの5,000を超える施設に導入していただいています。全ての保護者さんが利用できる状態にはまだ遠いので、さらにスピード感を持って普及したいです。
また、今年の夏ごろには保育施設向けのキャッシュレス決済サービスもローンチする予定です。保育施設での決済サービス普及率は4%程度で、ほとんどが現金対応だと言われています。決済サービスを普及させることで、保護者さんと保育施設の双方の負担軽減に貢献できたらと考えています。
今後は、急なお迎えの対応や、晩御飯・離乳食の提供、さらに保育施設を卒業した後に生まれる課題にも対応していきたいです。
「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」の実現を目指して
ーー貴社の強みやセールスポイントは何ですか?
上野公嗣:
保育施設と保護者さんの両方について、現状や課題を理解していることが弊社の強みだと思います。自社で保育施設を展開してきた経験があるからこそ、パートナーである保育施設の課題を踏まえて、本質的な保護者さんの課題解決に取り組むことが可能なのです。また、社内には子育て当事者が多いため、保護者さんのニーズからかけ離れた提案をすることはほとんどありません。
また、弊社のビジョンである「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」の実現に向けて、社員自らが子育ての楽しみ方を模索していることも強みかもしれません。たとえば、弊社には社員主体で運営する「ママパパ会」があります。これは子育ての工夫やノウハウの共有、お悩み相談ができるコミュニティで、子育て経験のない社員も参加することができます。子育て当事者の社員も、そうでない社員も、一丸となってより良い子育て環境を追求するカルチャーが育っていると感じています。
ーー最後に、貴社の今後の展望を聞かせてください。
上野公嗣:
今の子どもたちが大人になったとき、「子どもを生みたい」と思える社会にすることが目標です。そのためには今後15年間で、さまざまな施策を同時多発的に、かつ猛スピードで取り組まなければいけません。
時間貧困を解決するためにできることは、まだまだたくさんあります。リミッターを外して、想像力を働かせて挑戦することで、これからも価値あるサービスを生み出し続けていきます。
編集後記
業界の「当たり前」にあえて疑問を持つことで、長年続く保育現場の課題を解決してきたBABY JOB株式会社。同社が次々とイノベーティブな事業を生み出す背景には、深い顧客理解や、インフラとしてのサービスの普及を見据えた事業構想など、さまざまな要因があると感じた。保育業界を志す求職者におすすめの1社である。
上野公嗣/ユニ・チャーム株式会社に10年勤め「ママの笑顔をつくる環境を提供し続ける」の理念で株式会社S・S・Mを起業。2013年に定員5名の家庭的保育から始まり、地域型保育事業を中心に全国で45施設を運営。2019年保護者、保育士の支援サービスおむつのサブスク「手ぶら登園」を開始。2022年、保活をサポートするサービス「えんさがそっ♪」を開始。自身でも保育士の資格を持ち、全国小規模保育協議会の副理事長も務める。