※本ページ内の情報は2024年8月時点のものです。

ディチャーム株式会社は、シニア層向けの訪問美容サービスを行っている会社だ。高齢が理由で外出が困難な人に対して、訪問し美容サービスを提供している。美容サービスを通じて綺麗になるだけでなく、日常生活に行動変容をもたらせるようなサービスを目指している。

また美容師とのコミュニケーションが社会との関係性の維持になるよう力を入れている。起業のきっかけとなった阪神・淡路大震災のときの経験や、日本社会の課題解決に向けた取り組みなどについて、創業者である大久保智明社長にうかがった。

社会問題を解決するために起業を決意

ーー事業内容について教えてください。

大久保智明:
シニア層向けの訪問美容サービスを主な事業としており、弊社専属の美容師が介護施設やご自宅にうかがい、カットやヘアカラー、メイクなどを行っています。また、ご自宅や近所の街並みを映し、我が家に帰ったような体験ができる「VR帰宅」など、美容以外にもITを用いたさまざまなサービスを展開しています。

ーー起業すると決意したのはいつごろからでしょうか。

大久保智明:
中学生のときに、インドに井戸を送るボランティアに参加したのが大きなきっかけでした。水もなくて困っていて、学校にも行けない人と交流があったのですが、「この差は何だろう」というのが凄くありました。たまたま生まれた場所が違うだけ。僕はとても良い時代の日本に生まれただけです。そして、この豊かな社会は未来永劫ずっと続く保証はない。良い社会だけど完璧ではなく、多くの問題を抱えた社会だと感じました。

この時に、「仕事をするなら、幸い日本では食べ物に困ることはないから、自分が豊かになるより、社会の問題を解決する仕事をしたい。我々が与えられたこの素晴らしい環境を次の世代にもつないでいかなければ」と思いました。

それをきっかけに「社会問題をビジネスで解決して日本をより良い国にしたい」と思うようになりました。

美容ボランティアの体験で気付いた身だしなみの重要さ

ーー今の事業につながるきっかけは何でしたか。

大久保智明:
阪神・淡路大震災で美容ボランティアに携わったことです。私自身も大学の卒業間近に被災し、ちょうど始めていた公認会計士の勉強に取り組めるような状況ではなかったため、ボランティア活動に参加していました。

そして震災から1年半ほど経った頃に、知り合いの美容師さんから「美容のボランティアをしたい」と相談を受けたんです。ボランティアセンターでも聞いてみたそうですが、その頃は美容ボランティアが一般的ではなく、申し出を断られたと話していました。

それなら自分たちで動くしかないと思い、その方とおしゃれに興味のある若い方々に施術しようと仮設住宅に向かいました。しかし実際は若い方々はすでに転居していて、身軽に動けない年配の方々だけが取り残されている状況でした。みなさん頭がぼさぼさで、どんよりとした空気が漂い、私はその光景におもわず腰が引けてしまいました。

一方で、同行した美容師さんはそんな光景を気にするそぶりもなく、てきぱきとヘアカットをしていきます。すると、それまでの憂鬱そうな顔とはうってかわり、表情がみるみる明るくなっていったのです。みなさんが涙を流して喜ぶ姿を見て、思わず「ボランティアに来てよかったね」と抱き合いました。

このときに、髪型が変わるだけでこんなにも人の心持ちは大きく変わるんだ、人が尊厳を持って生きるには身だしなみを整えることは必須だと気付かされましたね。

ーーその後事業化に至った経緯を教えてください。

大久保智明:
施術後に「実は今だけではなく、震災の前から美容室に行きづらくて困っていた」という話を聞いたのです。「あなたたちみたいにスタスタ歩けないから、近所に出かけるだけでも大変なのよ」と。

その話を聞き、高齢者の方々には生きるために必要な医療や介護だけでなく、日々の生活の質を高めるサービスが必要だと強く感じたんです。これこそ社会問題の解消につながるビジネスだと思い、高齢者向けの楽しみを提供する会社を立ち上げました。

コロナ禍で再認識した美容サービスの価値

ーー貴社ならではの特徴は何ですか。

大久保智明:
美容師を直接雇用して組織化し、技術力のある美容師を確保することで、高いクオリティを維持している点です。さらに、美容師の方々にとって働きやすい環境づくりも徹底しています。

その結果、美容師業界の離職率がおよそ50%のところ、弊社の離職率は約10%以下にとどまっています。こうして技術力の高い人材を確保し、長く働いてもらうことで、質の高いサービスを提供できているのが強みですね。

ーー新型コロナウイルスの蔓延により事業に影響はありましたか。

大久保智明:
感染対策のため施設に外部の人間が入れなくなり、一時はサービスを休止せざるを得ませんでした。しかし、数ヶ月経つと「お客様が髪を切りたがっている」と、多くの施設から依頼が来るようになり、サービスが再開されました。

実際コロナ禍において外部の人の出入りを再開させたのは医療と美容だけだというお話を多くの施設からお聞きしました。コロナ禍を経て、美容は高齢者の方にとって生活に欠かせないものなのだと、改めて気付かされました。

社会や業界の課題を解決し、日本発の新しい産業を生み出す

ーー今後の展望をお聞かせください。

大久保智明:
私たちは「生きることを最後まで楽しめる社会」の実現を目指しています。楽しみや目的があれば、つらいリハビリを乗り越えようという原動力になる。そして高齢者の方々が健康を維持でき、医療費や介護費の負担が減れば、その分が現役世代に還元され、社会に良い循環が生まれます。

また、美容師の方々には美容サービスだけでなく、楽しみをサポートするコンシェルジュとして活躍してほしいと思っています。これは、利用者の方々にプラスアルファのサービスを提供できるようになることで、ご自身のスキルアップにつながるからです。

美容業界は労働時間が長いものの低賃金で、体力も必要なため、年を重ねてから続けるには厳しい環境です。そこで、私たちが長期的にキャリアを積める環境を提供することで、業界の活性化に貢献できればと考えています。

今後は私たちのサービスを海外にも展開する予定です。日本は先進国の中で最も早く高齢化社会を迎えましたが、いずれ他の国々も同じ道をたどるでしょう。

老化による生活の困りごとは世界共通のため、私たちがこれまで培ってきたノウハウが役に立つはずです。私たちのサービスを世界へ広めていき、日本発の新しい産業を確立していきます。

編集後記

阪神・淡路大震災のボランティア活動で、身だしなみを整えることは社会生活を大きく左右することを知ったという大久保社長。「たかが髪、されど髪」という言葉もあったように、見た目は人の自尊心にも関わるのだと実感した。美容サービスを軸にシニア層に楽しみを提供するディチャーム株式会社は、高齢化社会を迎える世界の道しるべとなることだろう。

大久保智明/高校時代に体験したインドへ井戸を送るボランティアを機に社会問題解決型ビジネスを志す。大学在学中に会計士を目指し、卒業後は監査法人で法定監査やM&A業務に従事。公認会計士資格を取得後、個人会計士事務所を設立。介護事業者向け会計コンサルティングに携わり、2002年に有限会社ディチャーム(現ディチャーム株式会社)を設立。