※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

創業から42年続く老舗玩具メーカー、ピープル株式会社。2019年に同社の取締役兼代表執行役に就任した桐渕真人氏は、主力事業であったロングセラーの抱き人形「ぽぽちゃん」の生産終了に踏み切った。

多くのファンに長く親しまれた商品を、社内の反対を押し切って「やめる」決断をした背景には何があるのだろうか。家業であるピープルを継いだ桐渕氏に、自ら開発に携わった自転車事業や、社内改革の経緯と今後のビジョンについてインタビューした。

幼児用自転車の奥深さに魅了され、国内ブランドのトップシェアに躍り出る

ーーピープルの代表に就任するまでの経緯を教えてください。

桐渕真人:
小さい頃から家業を継ぐ意思を持っていたわけではなく、むしろIT関係の仕事に興味を持っていました。北海道にある情報系の大学に入学したのですが、学んでいく中で自分にはプログラミングが向いていないと感じるようになりました。そんなとき、ピープルの創業者である父の仕事を改めて見て「子どもと一緒に仕事をするっていいな」と心が躍り、入社を志願しました。

入社後はおもちゃの商品企画を経て、自転車事業を手掛ける部署に配属されました。何の知識もなかった当時は「自転車の性能なんてどれも同じだろう」と思っていましたが、自分で自転車を買っては試乗を繰り返し、改善案を出していく過程で、その奥深さに魅了されていきました。研究開発を重ね、幼児用自転車のナショナルブランドのひとつへと成長させることができたんです。

父の跡を継ぐことは念頭にありませんでしたが、「親族が継がなければ社内が混乱する」と周りから説得され、2019年に現在の役職に就任しました。

ーー自転車の商品開発では何にこだわりましたか?

桐渕真人:
これまでの幼児用自転車はほとんどが大人用自転車の縮小版で、子ども用として設計されていなかったので、「子どもの身体に合わせた商品をつくろう」と研究を始めました。

前提として子どもの足が地面についていないと安定しないため、子どもの股下のサイズを知る必要があります。そこで、私の息子が通う保育園に協力をお願いし、子どもたちの身体測定をさせてもらったところ、身長に対する股下のサイズが大人は44~45%なのに対し、子どもは30%と、大人に比べて14~15ポイントも低いことがわかったんです。

「これは根本的に設計が間違っている」と確信し、サドルの高さからハンドルの角度まで、特別に設計し、資金を積んで開発に臨みました。

ーー完成した商品を世に出すにあたって、苦労したことは何ですか?

桐渕真人:
既存の商品とは全く違う設計のため、他社からは「こんなもの自転車じゃない」と言われることもありましたが、人間工学を基に研究を重ねた商品なので、自信を持って販売を開始しました。

しかし、実際に自転車を購入するのは子どもの保護者です。当時主流であった自転車とは形が違い、価格も高価なため、世のお母さん方の理解を得ることは難しく、どれだけ店頭POPなどの説明書きを充実させても誰も読んではくれません。そこからブランディングの重要さに気付き、改善を重ねていきました。

子どもの好奇心を伸ばす企業文化を守るため、「ぽぽちゃん」をやめるという選択

ーーパーパスを新たに制定されていますが、その経緯を教えてください。

桐渕真人:
弊社は「子ども観察から学ぼう」という考えを基に約40年間商品開発を続け、ユーザーの調査に一番時間と経費をかけてきました。玩具業界では新たな商品を生み出すことは少なく、類似商品のキャラクターや絵柄を変えて売り出すことが主流となっていましたが、弊社ではロングセラー商品が多く、異彩を放ってきたのではないかと思います。

同業他社や流通業者からは「ピープルさんはなぜキャラクターを使っていないのに商品力が高いの?」とよく聞かれるようになり、子ども目線での商品づくりが他社には真似できない領域にまで及んでいることを実感しました。

今後も新しい商品を生み出し、競合がない状態でビジネスをしていくことが弊社の課題でしたが、そのためにはこれまでの組織体制や事業の見直しをおこない、収益性を上げていかなければなりません。そこで2022年に、パーパスを初めて明文化して「子どもの好奇心がはじける瞬間をつくりたい!」というフレーズを掲げました。

子どもたちがもともと持っている好奇心を思う存分伸ばしてあげられるようなモノ・コトづくりに集中して取り組んでいこうと、社内変革に踏み切ったのです。

ーーロングセラー商品「ぽぽちゃん」の生産終了は、どのような経緯で決断したのですか?

桐渕真人:
愛情の芽生えを感じる2歳くらいの子どもが赤ちゃんをかわいがる行動をとることがわかり、「子どもが抱っこできるサイズの本物そっくりな赤ちゃん人形をつくろう」というアイデアを具現化したことが「ぽぽちゃん」の始まりでした。

親しみを感じられるように、アニメ顔ではなく日本人の顔に寄せ、横にすると目をつぶるという、子どもの好奇心に基づいた設計をして、爆発的にヒットしました。しかし競合品が多数生み出され、購入者にとってはどれも同じように見えてしまう「コモディティ化」という現象が起きてしまったのです。

購入する保護者も、商品の選択肢が増えることで「子どもがほしがったおもちゃを与える」というよりも、「見た目がかわいいもの」「値段が安いもの」といった大人の趣味嗜好で人形を選ぶようになってきました。

そうなると、弊社は子どもの研究を第一としているメーカーであるにもかかわらず、ロングセラー商品を維持するために競合との売り場争いや広告、選択者である母親の好みのリサーチに多くの時間とコストを割かなくてはなりません。それでは会社の方向性とかけ離れてしまうため、「ぽぽちゃんをやめよう」という決断に至ったのです。

働き方を見直し、子どもと触れ合う時間の中でアイデアを生み出していく

ーー今後の会社としての動きや将来のビジョンを教えてください。

桐渕真人:
新商品の開発には全社を挙げて取り組んでいくことに決め、「P-1グランプリ」という新事業のアイデアに対して全社員が投票するイベントを年2回開催しています。回を追うごとに内容もブラッシュアップされ、現在新事業のプロジェクトが7個ほど走っている状態になりました。

さらに、人事評価制度の改定に踏み切りました。これまでも実力主義の給与制度と銘打ってはいたものの、正当な報酬を支給できておらず、長い目で見ると結局は年功序列となっていました。新規事業にチャレンジした成果によって報酬が大きく変化するように、完全成果主義の給与制度を変更し、社員の士気を高めています。

アイデアを練るためには、日常生活において社員が子どもや赤ちゃんと触れ合う時間の中で「こんなことをするんだ」と気付くという何気ないインプットがとても大切です。それぞれが、家族と過ごしながら考えたおもちゃでしっかりと利益を得て、それを買ってくれた保護者の方や子どもたちもより一層満足し、みんなが幸せになれる世界をつくっていけたらと考えています。

編集後記

「子どもたちの不思議な行動を観察しているのが一番楽しい」と、新たなサービス開発にのめり込む姿を見せた桐渕社長。子どもの好奇心を第一に考え、自ら先陣を切ってチャレンジを続ける桐渕社長だからこそ、ロングセラー商品の打ち切りという大きな決断に踏み切ることができたのかもしれない。生まれ変わったピープルのおもちゃによって、子どもたちの未来がより一層輝いていくことだろう。

桐渕真人/ピープル株式会社の創業者の長男として1979年に生まれる。東京都出身。公立はこだて未来大学卒業。2005年、ピープル株式会社に入社後、企画部で自転車事業を担当。2019年、取締役兼代表執行役に就任。
【ピープル株式会社 公式note】