気候変動による自然災害の甚大化が懸念されている。2020年、内閣府は「防災×テクノロジー」タスクフォースを設置し、防災に新しいテクノロジーを活用する必要があるとの認識を示した。この年、大分県が導入したのは、株式会社Specteeの防災サービス「Spectee Pro(スペクティ プロ)」だった。
「“危機”を可視化する」をミッションに掲げ、リアルタイムに危機情報を提供する「Spectee Pro」。2024年、フィリピンでのローンチも控え、さらにサービスの国際的な強みを発揮している。躍進を続ける株式会社Spectee代表取締役 CEO、村上建治郎氏に話をうかがった。
災害支援の格差はメディア報道の差だと気づいて「見える化」に取り組んだ
ーー創業の経緯を教えてください。
村上建治郎:
東日本大震災のとき、被災地でボランティア活動をして、地域ごとの情報発信のレベルに大きな差を感じました。目立つ地域は報道されて支援が集中するのに、一方で全く報道されずに人手が不足している地域が存在したのです。この状況がもっと「見える化」されていれば広いエリアが早期に救われたはずだという思いから、被害や支援の状況がリアルタイムでわかる情報配信サービスをつくり、創業しました。
最初はスマートフォンのアプリによる、個人向けの情報配信サービスとして展開しましたが、なかなか認知されませんでした。告知の方法について思案しているとき、実は、このサービスが新聞記者に活用されていることを知りました。そこで、企業が使いやすいようにパソコンで活用できるサービスへと変えたところ、テレビ局をはじめとする報道機関などに、一気に広がりました。
位置を特定する技術と情報の組み合わせ
ーー事業についてご説明ください。
村上建治郎:
私たちの提供する「Spectee Pro」は、危機や災害をリアルタイムで可視化・予測する防災・危機管理サービスです。重要な情報源としてリアルタイムのSNSの情報を用い、厳密な分析とファクトチェックを加えて真偽や重要度を見極めます。これにより、どこで・何が・どのくらいの規模で起きているという情報を提供できるのです。
この「位置を特定する技術」に関して、私たちは特許を持っています。この特許は非常に大きな強みです。何丁目何番地まで細かな単位で特定したエリアや、火災・浸水被害など100を超えるリスクカテゴリで絞り込み、ユーザーは必要な情報だけを画面上に表示したり、メールやスマートフォンアプリ、音声通知などで瞬時に受け取ったりできます。また、拠点登録機能を使うと、その拠点の周辺の状況のみをリアルタイムで確認できるのです。
情報の多面性も強みのひとつです。SNSの情報と気象情報や交通情報、ハザードマップに道路や河川のカメラ、自動車のプローブデータなどですね。複数のデータを重ね合わせて、現場が今どういう状況になっているかを「見える化」し、被害発生リスクも予測できます。
ーー新製品「Spectee SCR」はどういったサービスですか?
村上建治郎:
「Spectee SCR(Spectee Supply Chain Resilience:スペクティ・サプライチェーン・レジリエンス)」はサプライチェーンのリスク管理をする、製造業向けのサービスです。たとえば、サプライヤーが被災すると、メーカーには部品が調達できなくなるというリスクがあります。
ただし、私たちが取得しているリスク情報とサプライヤーの情報を組み合わせれば、製品への影響や納期の遅れを瞬時に予測することができます。現在は主に大手企業向けのサービスとしていますが、今後は中堅や中小企業向けにも簡易版を提供していこうと考えています。
防災スタートアップの最初の成功例をつくりたい
ーー今後の展望を教えてください。
村上建治郎:
新規顧客を獲得するため、展示会やWebセミナーなどに積極的に参加しています。私たちはベンチャーとしては珍しく、多くの代理店さんに恵まれています。地場の代理店さんが地方自治体の関係者に紹介してくださるケースもあります。そういう方々とのパートナーシップをしっかり築いていきたいと考えています。
現在、海外展開を進めています。JICA(ジャイカ:独立行政法人国際協力機構)さんに提出したフィリピンへの展開に関する企画が、2022年、2023年の「中小企業・SDGsビジネス支援事業」に2年連続で採択されました。
「Spectee Pro」が防災対応を飛躍的に向上させるとしてフィリピンへのサービス導入が決まっており、今秋にフィリピン向けバージョンをローンチする予定です。そして、フィリピンを皮切りに、タイとベトナム、インドネシアなど、東南アジアへ進出していきます。
防災の領域には、長年の経験を持つ会社さんが多くいらっしゃいます。そういった中にスタートアップが入っていくのは容易ではありません。また、新しいサービスやアイデアに取り組んでも、マネタイズは簡単ではありません。
しかし日本は災害大国として、防災に関する技術やノウハウは、確実に世界に貢献できるものをもっています。この日本で、防災のスタートアップとして成長し、海外進出する最初の成功事例を、私たちがつくるという使命を感じています。
編集後記
2011年、東日本大震災で情報発信ツールとして圧倒的な存在感を示したのがTwitter(現・X)だった。支援要請に、安否確認に、SNSはかつてない規模で人々をつなぎ、それぞれの状況をリアルタイムで伝えた。
このときのボランティア体験から防災分野に踏み込んだ村上氏は、SNSの特性を知り抜いた迅速な危機情報サービスを手がけることによって、稀有なポジションを築きつつある。世界的規模で防災への関心が高まる中、3.11以後の日本が生んだサービスが世界へ羽ばたき、世界中の人々の安全な暮らしを支えていくだろう。
村上建治郎/1974年、東京都生まれ。米国ネバダ大学理学部物理学科卒業。ソニー子会社にてデジタルコンテンツの事業開発、米バイオテック企業にて日本向けマーケティングに従事した後、2007年から米IT企業にてパートナー営業などを経験。2011年、東日本大震災でボランティアを続ける中、被災地からの情報共有の脆弱性を実感し、被災地の情報をリアルタイムに伝える情報解析サービスの普及開発を目指し、株式会社Specteeを創業。