※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

テクノロジーの進化は生活様式を一変させ、無機質なデザインにあふれているが、古都のように悠々としつつもデジタル技術を巧みに融合した製品を開発している企業がある。

今回取り上げるのは、京都を拠点に、自然素材と最先端技術を融合させた製品を手掛けるmui Lab株式会社だ。mui Labは、住宅やエネルギー市場にスマートホーム導入のプラットフォームを展開し、天然木を用いたコントローラー「muiボード」を提供している。同社の代表取締役社長CEOである大木和典氏に、創業に至る背景から新製品開発の舞台裏、そして未来への構想まで、イノベーションを生み出す彼の理念と挑戦の全貌を聞いた。

人をつなぐ価値への欲求と事業に対する礎

ーー起業に至る経緯と、その背景にある思いをお聞かせください。

大木和典:
大学卒業後、営業職として働いていましたが、2012年にアメリカ・シカゴへの配属を命じられ、初めての海外生活で言語の壁や文化の違いに苦労しました。特に印象的だったのは、リーマン・ショック後の混乱が続く中、担当クライアントが、市場競争で急速に勢力を失っていく様子を目の当たりにしたことです。この経験を通じて、「環境に適応する柔軟性」の重要性を痛感しましたね。

その後ボストンに転勤し、新規事業の立ち上げに携わる機会を得て、現地のCIC(ケンブリッジ・イノベーションセンター)で世界中の優秀な人材と出会う中で、自分が提供できる価値について深く考えるようになったのです。その結果、「利益追求だけでなく、人と人をつなぐ新しい形の価値を生み出したい」という強い思いが芽生えました。これが現在の事業の礎となっています。

日本に戻った後は、当時所属していた企業の新規事業として、自然素材と技術を融合させた製品「muiボード」の開発に着手しました。この取り組みが注目され、2019年にはMBO(マネジメント・バイアウト)によって独立し、現在の事業を本格的に展開する運びとなったのです。当時はスタートアップ業界全体が盛り上がっており、資金調達が比較的スムーズに行えるタイミングだったことも、私にとって非常に幸運でしたね。

自然と調和する技術とウェルビーイングの探求

ーー自然素材を取り入れたデザインは、どのようなきっかけで生まれたのですか。

大木和典:
自然素材を取り入れる発想のきっかけは、ボストンでの経験にあります。現地のスタートアップコミュニティで最先端のテクノロジーに触れ、その利便性の一方で、人工的な雰囲気に違和感を覚えることが多々ありました。特に、壁にタブレットを埋め込んだスマートホームの設備や、機械音声で操作するデバイスは、効率性を重視するあまり、生活空間との調和を欠いているように感じられ、「技術をもっと人間らしい形で生活に溶け込ませる方法はないだろうか」と考えるようになったのです。

また、私自身が建築やインテリアデザインに興味を持っていたことも、自然素材を使った製品開発の推進力となりました。特に、安藤忠雄氏のような建築家がつくり出す空間美への共感が、「生活空間と調和するプロダクトを自分の手で生み出したい」という情熱を呼び起こし、木材を活用した製品開発というアイデアへとつながったのです。

ーー現在開発中の製品と、その特徴を教えてください。

大木和典:
弊社が開発した「muiボード」は、天然木のスマートホームコントローラーです。木の表面に軽く触れるだけで、音楽の再生や照明の調節ができる革新的なインターフェースを実現しています。このアイデアは、従来のスマートホームデバイスに対する違和感から生まれました。現地の刺激的な環境がなければ、このようなアイデアは生まれなかったでしょう。その結果、美しいデザインと高い機能性を兼ね備えた、これまでにない製品が誕生しました。

未来のくらしのあたりまえのために

ーー貴社の強みや独自性はどのような点にあるとお考えですか?

大木和典:
私たちの強みは、社会的な課題を解決するために技術とデザインを融合させ、「人間中心のアプローチ」を徹底している点にあります。この姿勢は私がボストンで新規事業に携わった際に出会った起業家たちが、互いに価値を提供し合うことで社会をより良くしていこうという考えを共有しています。「単に売れる製品をつくるのではなく、社会全体に貢献することこそが事業の成功につながる」という経営哲学の出発点となっています。

また、「ビジョンの言語化」を重視しています。天才的なひらめきではなく、自分が「こうしたい」と思うことを明確に表現する。そのビジョンに共感する仲間を集めることで、新たなアイデアが生まれ、次のステップへと進んでいく。このプロセスの繰り返しが、社会に貢献できる製品やサービスを生み出す原動力になっているのです。

顧客や取引先企業との関係構築においても、私たちはギブの精神を大切にしています。一方的に利益を得るのではなく、互いに成長し合える関係を築くことを心がけており、この姿勢が、顧客からの信頼獲得につながっています。

さらに、製品を市場に届ける際に「ストーリー性」を重視しています。製品の開発背景や設計思想を共有することで、消費者の共感を得られるよう努めています。単なる製品説明に留まらない価値を伝える取り組みが、弊社独自の競争力を生み出していると考えています。

京都から世界へ、新たな価値を創造する

ーー今後のビジョンや挑戦についてお聞かせください。

大木和典:
弊社は、伝統と革新が共存する京都を拠点に、自然素材を活かした技術開発に取り組んでいます。京都の文化や美意識は、私たちの製品づくりに大きな影響を与えており、「生活空間に調和するプロダクト」という理念の基盤です。

この地から世界に向けて新たな価値を発信していくために、エネルギーマネジメント技術やAIを活用してカーボンニュートラルの実現に貢献することを目指しています。多様なバックグラウンドを持つ人材の採用と育成にも注力することで、企業としての成長と社会貢献の両立を実現することができるはずです。

編集後記

インタビューを通じて強く感じたのは、大木氏の経営哲学が単なる理念ではなく、実践を重ねて鍛え上げられた信念そのものである点だ。「人間らしさ」を基軸に据えたプロダクトには、技術がもたらす利便性だけではなく、使う人の心に響く温かみを持っている。同社が挑む次なる挑戦と、そこから生まれるイノベーションが、どのように社会を変えていくのか、大いなる期待を抱かずにはいられない。

大木和典/上智大学卒業。NISSHA北米ボストン駐在、新規事業開発を推進。2017年社内ベンチャーで、穏やかなテクノロジーを実装するmui Labを創業、2019年MBOで独立。天然木を使ったスマートホームコントローラーのmuiボードを製品化し、世界的なデザイン賞やテクノロジー賞を受賞。muiボードをシステム化し、muiプラットフォームを基軸に、スマートホーム市場での事業拡大を行っている。