※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

さまざまな色やデザイン、装飾品で手足の爪を彩るネイルアート。株式会社TATは、ネイル用品の卸し・商品開発事業で成長を続け、現在はネイリストの地位向上にも努めている。創業の背景や今後の展開について、代表取締役社長の髙野芳樹氏に話をうかがった。

時代は就職氷河期、芸術好きの若者が経営の道へ

ーー入社するまでの経緯をお聞かせください。

髙野芳樹:
弊社は父が創業した会社です。私の父は『破天荒!サウスウエスト航空―驚愕の経営』という本を読み、米LCCの先駆者となった会社の経営手法に感銘を受けました。脱サラして1998年に起業するきっかけとなった本なので、まさに弊社の原点といえます。父が始めたのは、日本未上陸だったネイルのプロ用商材を卸す事業でした。

大学を中退した私も、父の事業を手伝い始めました。フリーター時代は人生が終わった心持ちでしたが、バンド活動をしたり、絵を描いたり、今振り返ると大好きな芸術を満喫できた時間でした。当時は就職氷河期でもあり、多くの人が暗い気持ちで働いていました。私は「サラリーマンになりたくない」という思いから、父の会社に携わるようになったのです。

ーー入社当初はどのような業務だったのでしょうか?

髙野芳樹:
数字には強い方ですが、当時は貸借対照表も見たことがなく、ビジネスについては何も知りませんでした。電話やFAXで注文された商品を集めて発送するほかは、Excelで在庫状況や価格表を管理するくらいでした。経営面を任されるようになったのは26歳頃からです。

数字よりも大切なグッドサイクル――働く仲間との関係性

ーー事業を進めていく中で、どのような困難に直面し、乗り越えましたか?

髙野芳樹:
2014年から2016年にかけて減収、減益に陥ったことがあります。私は一般的な経営術ばかりを学びすぎて自分らしさを失い、会社も企業理念とは真逆のルールや制度に囚われていました。「世のため人のためにビジネスがあり、目的を達成するために経済(エコノミー)が必要なのだ」と経営理念を改め、自分たちらしさを取り戻そうと社員に呼びかけました。

1年かけて社員に会社の好きなところを聞き回り、幹部を集めて60時間ほどディスカッションしました。現在は2017年1月に定めた「LOVE!ENJOY!WOW!」というコアバリューを根底に「この価値観で突き抜けよう」と謳っています。

ーー課題の改善につながった取り組みを教えてください。

髙野芳樹:
それまでは、私が尊敬する稲盛和夫さんの言葉「全従業員の物心両面の幸福を追求する」を経営理念に取り入れていましたが、実現できていないつらさがありました。現状をなんとか打破したいという一心で参考にしたのは、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「関係性の質」の法則です。

結果の質を追い求めれば思考の質が落ち、人間関係がぎくしゃくして行動の質も落ち、さらに結果の質が悪くなるという考え方です。社内では「営業政策を見直す」「ヒット商品を作る」といった、戦略的改善に取り組むべきだという声もありましたが、このバッドサイクルを断つためにもまずは「関係性の質」を高めることから始めました。

一緒に働く仲間としてコミュニケーションをきちんと取り、相互理解に力を入れればみんなの思考の質が上がります。そこから良いアイデアや前向きな気持ちが生まれ、行動や結果の質が上がり、成功体験によって関係性の質もより高まります。もともと会社が持っていた良さを取り戻すことができ、グッドサイクルの威力を実感しました。

卸しに特化したことによる「商品知識の多さ」を武器に

ーー貴社のターニングポイントは何だったのでしょうか。

髙野芳樹:
2000年頃に普及しはじめたインターネットを早くから活用し、事業を成長させたことがターニングポイントとなりました。3PL(Third Party Logistics)を採用して、物流作業をアウトソーシングしたことも大きいですね。社風がワンマンではなく、チーム主体であることも他社と異なる点です。業界が落ち込んだ時期でも、弊社の離職率は2%程度でした。

また、サプライヤーとネイルサロンは年々増える一方で、業務用商材の卸会社はほとんど増えていません。商材が少ない時代から少しずつ手を広げたことで、膨大かつ特性が複雑な商品に対応できていることが弊社の強みだと思います。

業界の隆盛につながる社員の成長と持続的な「幸せ」

ーー今後の展望をお聞かせください。

髙野芳樹:
経済的・社会的・肉体的・精神的なすべての意味で、幸せに働ける「human-beingでWell-being」な会社を目指しています。そういう会社であればこそ、ネイル業界をより一層大きくするために頑張れるはずです。

ネイル業界で働く人や、これから働きたいと夢を持つ人をサポートする取り組みも始めました。昔は材料を扱うだけの会社でしたが、いずれはネイル業界のあらゆるインフラストラクチャーを揃えたいと思います。

ビジョン実現のためにも人事制度を見直し、研修制度も充実させる必要があります。会社はきっかけを与えられますが、その先は本人のやる気の発露にかかっています。意欲的な人が気持ちよく働ける制度をみんなで作っていきたいと思います。

編集後記

コアバリューを練り直して生まれ変わったという株式会社TAT。「らしさ」を取り戻したことで競合を振り切り、快進撃を続ける姿は「自分らしく働ける会社」を探す人の目にも魅力的に映るだろう。ネイル業界全体を盛り上げるプラットフォームになるという、今後の壮大なビジョンにもワクワクさせられるインタビューとなった。

髙野芳樹/1978年、兵庫県生まれ。1998年に大学を中退し、父の創業した会社へ入社。六畳一間のアパートの一室で2名からスタートする。2000年に株式会社TAT設立。26歳から経営に携わり、38歳となった2016年に代表取締役社長へ就任。