株式会社舟藤は水産物の卸売業者である。興味深いのはその立地で、本社は日本屈指の歓楽街として有名な歌舞伎町に位置している。50年以上の歴史を持つ同社は、その特異な立地をどのように活かして事業を展開しているのだろうか。多くの飲食店がひしめくこの地域で、どのようにして顧客のニーズに応え、いかにして信頼を築いてきたのか。また、卸売業者としてのこだわりや強みについて、代表取締役の貴志至氏に話をうかがった。
学生アルバイトから始まり、叩き上げで代表取締役に
ーー社長になった経緯を教えていただけますか?
貴志至:
19歳のとき、学生アルバイトとして弊社に入社しました。創業からまだ1年も経っていない1967年のことで、当時は社員が数人しかいませんでした。魚の持ち方で創業者から激しく怒られ、その悔しさからいずれ追い越してやるという思いを持ち、大学卒業後そのまま入社しました。初めのころはビルの間でよく泣いたことを覚えています。27歳で営業部長、30代後半で取締役になり、代表取締役になった時は40代でした。
ーー貴社の事業内容について詳しくお聞かせください。
貴志至:
弊社は水産物の卸売業を行っており、本社は東京の歌舞伎町にあります。50年前は歌舞伎町近辺は飲食店が多い地域で、夜遅くまで営業しているため、朝早くに築地に買い付けに行くことが難しいのです。そこで、私たちが顧客に代わって買い付けを行っています。「手間をかけて市場に行くよりも、舟藤に頼んだほうが良い」と思っていただけるように、市場価格とほぼ同等の価格に設定しています。
現在、立川市にも営業所があり、千葉県に畜養場も持っています。魚の1本売りも行っていますが、お客様の希望に応じて加工販売も行っています。
近年は調理場が狭い飲食店が多く、人手不足もあって加工を希望されるお客様が増えています。今では東京都内はもちろんのこと、関東一円、また、全国への配達(宅急便にて)も行っています。
ーー設備面に強みがあるとうかがいましたが、具体的にはどのような点でしょうか?
貴志至:
本社ビルは事務所に加え、フロア単位で冷凍倉庫や、千葉から毎日運んでくる魚を泳がせる生けす、加工場、社員食堂まで完備しており、市場の機能を縦に積み上げたような構造になっています。生けすは魚介にストレスを与えないよう、温度やpHなどを厳密に管理しています。創業者はタンクローリーや11トン車で豪快に運ぶことを好みましたが、私はコンパクトで小回りが利くことを重視し、多くの輸送用トラックを所有しています。
柔軟なデリバリー対応と顧客に応じた徹底した品揃えと考え方
ーー設備面以外の強みについても教えてください。
貴志至:
まず、お客様の利便性を最優先に考える柔軟な対応力があります。特に、1日に何度でも配達するデリバリー力が自慢で、日曜祝日や正月の配達も、業界に先駆けて行ってきました。大企業ではないからこそ、他社がやらないことに挑戦しています。
また、それを前線で支える社員がしっかりしていることも大きな強みです。弊社では特別な研修制度は設けておらず、「先輩の姿を見て学ぶ」方式で、社員が競って技術を身につけています。長年働いている社員も多いため、技術は確実に伝承されており、それが大きな自慢でもあります。
さらに、創業から50年以上かけて築いてきた、仕入れと顧客全国規模のネットワークが大きな財産となっているため、弊社はほとんど広告宣伝をせず、お客様からの紹介で事業が成り立っているのです。
ーー品揃えのポイントについてはどのようにお考えですか?
貴志至:
私たちの最大の喜びは、お客様から「舟藤のおかげで助かった、美味しい魚だったよ」と言っていただくことです。常にお客様の立場に立ち、お客様の好みに合わせた品物を入荷することが、弊社の品揃えのポイントです。お客様の要望があれば、アジ1本でも販売します。
ーー社員に日頃から伝えていることは何ですか?
貴志至:
私はいつも、石垣にたとえて話をしています。大きな城の石垣を見ると、人はどうしても大きな石、つまり大口の取引や太い取引先に目が行きがちです。しかし、石垣は大きな石と小さな石を、うまく組み合わせることで初めて堅牢になるのです。小さな石がこぼれ落ちるのを見逃すと、石垣全体が崩れてしまいます。だからこそ、アジ1本だけのお客様でも、大口のお客様と同じように大切にしなければなりません。
ーーどのような人材を求めていますか?
貴志至:
どんな人に来てほしいというより、縁あって弊社に入社した人の良いところを引き出したいという気持ちです。弊社はもうすぐ創立60年、次の10年、20年に向けてバトンタッチしていくためにも、思いやりのある人材が必要だと考えています。
注文方法を一元化することで省力化を狙う
ーー効率化に向けた取り組みについてもお聞かせください。
貴志至:
注文方法をインターネットに移行する取り組みを進めています。これまでファックスや留守番電話での受注に加えて、私に直接ショートメッセージを送って来られるお客様もいて、受注管理が煩雑でした。
そこで、注文方法を一元化し、省力化を図るためにインターネット注文を開始しました。ただ、お客様がさまざまなシステムを利用されているため、それぞれの形にどのように対処するかが今後の課題として残っており、対策を打っていきたいと考えています。
編集後記
創業者を追い越してやろうと就職した負けず嫌いのエピソードに、思わず笑みが浮かぶ。語られなかった苦労話もあるだろうが、設備面の強みや柔軟な顧客対応の体制は、社長の努力の結晶なのだろう。歌舞伎町という特殊な立地を逆に活かして、飲食店の要望をきめ細かに拾い上げてきた株式会社舟藤。今後もお客様第一の姿勢を堅持し、多くの店舗にとっての「頼れる石垣」であり続けるに違いない。
貴志至/1948年和歌山県生まれ。法政大学在学中に学生アルバイトとして株式会社舟藤に入社し、卒業後そのまま就職。営業部長、取締役を経て、1993年代表取締役社長に就任。