ジグソーパズルの製造・販売を軸とし、ボードゲームやカードゲーム関連商品、球体パズルなどのホビー商品を扱う株式会社やのまん。創業から70年間、「楽しさ創造カンパニー」をキャッチフレーズに、日本の余暇時間を充実させてきた。祖父母が創業した企業を父から受け継ぎ、3代目社長として2018年に就任した矢野宙司氏。就任後に直面したコロナ禍はどのような影響を与えたのか。創業70周年を迎えた同社の今後の展望について話を聞いた。
「この会社を手伝いたい」父との対話から生まれた思いを胸に入社
ーーやのまんへ入社されるまでの経緯をお聞かせください。
矢野宙司:
もともと祖父母が創業した会社を父が継いでいたのですが、父は二代目社長として苦労したことから「外部の会社で出世した方が良いだろう」と私に家業を継がせようとはしませんでした。そのため、大学卒業後、食品包装資材の専門商社に入社しました。
2012年の秋に母が亡くなり、その後父も体調を崩したこともあり、話す機会が増し、自然と「この会社を手伝いたい」という気持ちが芽生え、2013年に入社を決意しました。
ーー入社後はどのような業務に就かれたのですか?
矢野宙司:
既存のお客様を知るという意味で最初の3年間は営業に従事しました。その後2016年に専務、2018年に代表取締役社長に就任しました。ジグソーパズルという商品自体の市場は昔と比べて縮小している時代でしたので、社内は混沌としている状況でした。
そこで私は、あえて新商品開発などの奇手奇策はせず、メイン商材であるジグソーパズルにしっかりと焦点を当て、コツコツと足元を固めていくことを意識して経営に励みました。
ーー社長就任後、特に大変だったことを教えてください。
矢野宙司:
創業70年の歴史ある企業ですので、ベテランの社員が多く、同じ企業で長く務めているからこそ固執した考えになりがちな環境でした。
まずは社員と1対1でのコミュニケーションを心がけ、積極的に対話を重ねていきました。会社の方向性をしっかりと社員に落としていき、全体で目標に向かって努力できる体制をつくるため、年に一度の方針発表会のやり方を変えていったのもこの頃です。
巣ごもり需要で見えた、ジグソーパズルの本来の価値
ーーコロナ禍ではどのような影響を受けましたか?
矢野宙司:
私が社長に就任し、まずはメイン商材であるジグソーパズルの販売に注力しようとしたところ、コロナ禍の影響を受けました。「巣ごもり需要」が来たことから、室内で遊べるジグソーパズルにスポットが当たり、一気にユーザーが増えたのです。
当時はテレビゲームやプラモデルなどの売上も伸びたようですが、ジグソーパズルでは「集中力が高まる」「指先を動かすことが脳に良い」「マインドフルネス効果がある」といった評価をいただきました。コロナ禍で先行きが見えない不安から、時間を忘れて没頭できる商品として当てはまったのでしょう。
「ジグソーパズルに集中すると嫌なことも忘れられた」というお客様からの声を聞いたとき、ジグソーパズル自体はすでに成熟した商品ではあるけれど、本来の価値は「実際に体験することによってもたらされるもの」であると改めて実感しました。
ーーEC販売や、SNSによる商品情報の発信も盛んにおこなっていますね。
矢野宙司:
これまで、消費者の方に商品の情報を届ける役割は販売量のある実店舗が担っていました。それがインターネットの時代になり、情報収集や購買の方法が変わってきたことから、いかに素晴らしい商品があるかということを、生産者自らユーザーに情報発信していくことが重要になってきます。
消費者の購買プロセスを一から研究し、認知を上げるメディアを駆使して情報発信していけるよう、事業モデルを根本から見直していく必要がありました。
今後は良い商品をつくるだけではなく、コロナ禍で実感した「体験することの価値」を含めた商品の素晴らしさを届けるため、マーケティングに力を入れてWebメディアによる情報発信にも注力していきます。
常に新しいことにチャレンジする企業であり続ける
ーージグソーパズルは今後どう変化していくのでしょう?
矢野宙司:
ジグソーパズルには、体験することによって「心地よい」状態になれる要素が多く含まれています。時間を忘れて没頭でき、完成したときには達成感を味わえ、他者と一緒に楽しむことでコミュニケーションを育むことにもつながります。こうした心身ともに満たされた「ウェルビーイング」の状態に導くアイテムとして、ビジネスの領域を広げていくことができるのではないかと考えています。
それにはまず、つくり手である従業員の幸福度を上げることから始めなければなりません。これまでの制度を見直し、従業員にとって働きやすい環境の追求に取り組んでいます。
ーー今後、新たな取り組みとしてどのようなことを考えていますか?
矢野宙司:
今年で創業70周年。さらにジグソーパズルを製造販売して50周年という節目でもあるので、ユーザーとの接点をより多く持てるイベントなどに取り組んでいきたいと考えています。
弊社ではジグソーパズルの他、カードサプライやボードゲームなど展開しており、かつてはテレビゲームも手がけていたことから、それぞれの商材で永きに渡って愛用してくださっているユーザーの方がいます。
イベントを開催することで、「やのまんは今でもロマンを持ってジグソーパズルをつくっている」ということを改めて皆さんに広く知っていただき、ユーザーに感謝の気持ちを伝える機会になればと思っています。
ーー最後に、70周年という節目を迎え、今後どのような企業を目指していくのかお聞かせください。
矢野宙司:
創業70年というと、その歴史の長さゆえに周りから「老舗企業だね」と言われることも多くなりました。しかし、私たちとしては歴史に甘んじるだけではなく、常に新しいことに挑戦し「やのまんっていつも面白いことをしているよね」と言われる存在であり続けたいと思っています。
弊社は1973年に日本で初めてジグソーパズルの国内製造を始めたパイオニアであるため、常に新商品のアイデアを考え、新しいことにチャレンジする価値観が社員にも浸透しています。創業当時から受け継がれるDNAを遺憾なく発揮できるよう、社員全員が日常的にアイデアを出せる環境を整え、文化をつないでいきます。
編集後記
「学生時代は映画監督になりたかった」という矢野社長。現在は自社の商品紹介を動画で撮影し、ジグソーパズルの魅力を世に伝えている。絵柄やキャラクターを変えただけの類似商品を繰り返し売るのではなく、「ジグソーパズルを組むという体験を通して幸福感を届ける」という同氏の熱意は、より一層人々に豊かで楽しい時間をもたらすことだろう。
矢野宙司/1979年生まれ。大学卒業後、食品包装資材商社を経て2013年にやのまんへ入社。2016年に専務取締役に就任。2018年に代表取締役社長に就任。現在に至る。