絆創膏(ばんそこう)やセロテープ®️、マスキングテープなど、暮らしに欠かせないテープを製造するニチバン株式会社。2026年までの中長期計画で、事業ポートフォリオを再構築し、グローバル企業化に向けて大きく舵を切る方針を掲げている。新しい人事制度の導入など、人的資源を中心に据えた経営にも力を入れる同社を率いるのは、代表取締役社長の高津敏明氏。彼に、経営哲学や経営者としての思いを聞いた。
技術者として歩み始めたニチバンでのキャリア
ーー高津社長がニチバンにご入社された理由をお教えください。
高津敏明:
ニチバンとの出会いは、私の母校・関西大学工学部の研究室の先輩が弊社で働いていたことでした。入社して半年ほどの先輩も非常に楽しく働いていると聞き興味を持ち、セロテープ®️といった誰もが知る商品の設計や開発に自分が技術者として関われることに魅力も感じたのです。
学生までは実家暮らしで、入社して一人暮らしになったということで、いろいろなことが新鮮で、研修自体も楽しかった思い出があります。あと、給料もそれなりにいただけるということも入社の動機のひとつでした。
ーー社長に就任されるまでのキャリアについて、お聞かせください。
高津敏明:
私は2024年で入社35年目です。研究所で4年半ほど生産プロセスに携わった後に、埼玉の技術センターに転勤しました。技術職として20年ほど経験を積んだ頃、本社の経営企画室への異動となり、入社して初めてスーツで出勤したのです。その後、購買部を経験し、50歳にして営業部長として名古屋に配属されました。
ーー技術開発や経営企画などのご経験が、営業でも活かされたのではないでしょうか。
高津敏明:
私自身、品質管理や開発経験もあったので、営業担当の誰よりも詳しく、お客さまと商品に関するお話ができました。今まで製品をつくる側だったのが、つくったものを売るという視点を新たに得られたので、営業は良い経験だったと思います。
その2年後に代表取締役社長就任を打診されたのですが、経営者になりたいとはまったく思っていなかったので、非常に驚きました。ただ、与えられたチャンスにはチャレンジしたいと思っていたので、快諾しました。
ーー経営者として、そして職業人として、高津社長が大切にしてきた姿勢や考えについて、お聞かせください。
高津敏明:
常にポジティブに考えて、何か起きた際には早く対応する、手を打つことを心がけています。失敗がなければ、さまざまな深い経験はできません。失敗を経ずに成功してしまうと、何が良くて何がダメだったのかが、わからなくなるでしょう。
グローバル企業を目指して人材育成にも積極的に取り組みたい
ーー貴社の強みは何でしょうか。
高津敏明:
弊社の強みは、昭和の時代から他社に先駆けて製造していた製品が多く、他社にはできない技術の積み重ねがあることです。たとえば、包装工数が削減できたり、濡れた面にもきちんとテープがくっついたり、お客さまのちょっとした困りごとを解決できるような価値の提供は、弊社の自慢だと思います。
ーー今後の展望について、教えてください。
高津敏明:
生活シーンに密着した開発や価値提供が弊社のメーカーとしての根幹です。中期経営計画として打ち出した「CREATION 2026」は、事業ポートフォリオの再構築・グローバル企業化・人的資本経営という3つの目標を掲げて今、実現に向けて取り組んでいます。
ーー人的資本経営について、もう少し詳しくお聞かせください。
高津敏明:
2024年から、経営者マインドを醸成するための教育に取り組んでいます。今、取り組んでいる仕事だけでなく、ワンランク上の視座を持ってマインドを醸成することが重要です。この醸成は、会社として世代交代していくうえで、欠かせないと思います。
ーー働き方も大きく変わってきています。時代に合わせた変化もあるのでしょうか。
高津敏明:
近年、働き方が大きく変わり、多様性やワークライフバランスに配慮した制度の重要性が高まっています。弊社としても、こうした視点を加えた人事制度をつくりたいと思っています。
今後、育児休暇だけでなく、介護休暇などをとる社員も増えていくでしょう。介護休暇の取得事例は多くありませんが、部長クラスなどの経験を積んだ人材が、介護をきっかけに離職しないよう、きちんと制度について考えていきたいですね。
ーーグローバル化に向けても積極的に取り組んでいますね。
高津敏明:
本社や国内の拠点に加えて、東南アジア進出の足がかりとしてタイに、ヨーロッパへの足がかりとしてドイツに海外拠点を展開しています。東南アジアのマーケットは非常に魅力的です。現地で生産を行い、物流チェーンを構築しながら、よりスピーディーに、ニーズに合った展開を広げていきたいですね。また、2024年7月末にはマーケットの可能性を探るために、上海に駐在員事務所を開設しました。
ーーそのほかに注力していることはありますか。
高津敏明:
イノベーションセンターを新たにつくり、既存の事業の枠にとらわれず、また従来の開発とは違った切り口でイノベーションを創出できる環境を整えました。大学や他の企業とコラボレーションすることで、今までにない価値の創造を目指しています。
また、イノベーションセンターにおいては別軸として現場の営業からの情報を共有したうえで、デザイン思考での製品の見直しや改良、アジャイル開発を行う営業との開発設計の連携にも取り組んでいるところです。技術開発だけでなく、仕事のプロセス改革や改善も、ある種のイノベーションだと思います。
消費者の期待を超える価値、そして「宇宙につながる製品」を生み出したい
ーー最後に、高津社長の夢をお聞かせください。
高津敏明:
メーカーとして、また技術者として描いている夢が、宇宙につながるような製品を生み出すことです。「10年後、20年後に弊社の技術や製品が宇宙につながることほど心躍ることはない」と思っています。
また、メーカーとして消費者やお客さまの期待を超える製品や価値を生み出し続けようとすることは、忘れてはいけない姿勢です。若い世代にもこの考えを浸透させ、お客さまに必要とされるメーカーであり続けたいと思っています。
編集後記
誰もが知る製品を生み出し続けてきたニチバン株式会社。高津社長の描く未来にあったのは、これまでの製品の枠にとらわれない自由な発想で、イノベーションを生み出す企業像だった。同社の誇る確かな技術があるからこそ描けるイノベーティブな未来は、私たちの暮らしをさらに便利にしてくれることだろう。
高津敏明/1966年、兵庫県生まれ。関西大学工学部卒。1990年、ニチバン株式会社に入社。生産技術開発課で約20年間勤務した後、経営企画室に配属された。2015年に事業統括本部購買部長、2017年に工業品営業統括部中部営業部長、2018年に執行役員メディカル特販営業部長、2019年に上席執行役員社長付を歴任。2019年より代表取締役社長となり、経営を担う。