楽器業界において、長い歴史と伝統を持ちながら、常に新しい挑戦を続ける企業がある。1927年の創業以来、ピアノづくりを中心に事業を展開してきた株式会社河合楽器製作所だ。高品質な楽器製造に加え、音楽教室のグローバル展開により、世界の音楽文化の創造に貢献している。創立100周年を3年後に控え、「カワイイズム」と呼ばれる精神を軸に未来を見据える同社の新たな挑戦について、2024年2月に代表取締役社長に就任した河合健太郎氏に話をうかがった。
金融業界からピアノづくりの世界へ
ーー貴社に入社するまでの経緯を教えてください。
河合健太郎:
大学は経済学部を選び、特に業界は決めずに就職活動をしました。ちょうど2000年頃で、いわゆる就職氷河期で大変だったことを覚えています。商社やマスコミなども受けましたが、最終的にはご縁があった保険業界へ進むことにしました。その後、4年勤めた会社で現在の妻と先輩後輩という関係で出会いました。妻は前会長の次女でしたが、当時は妻の実家が河合楽器製作所を経営していることを全く知りませんでした。
あるとき、妻の祖父であり、2代目社長の河合滋さんと会うために浜松に行く機会がありました。そこで3時間ほど、会社の歴史や発展の話を聞き、河合楽器製作所のことを知ったのです。その後、入社を検討してほしいと言われ悩んだ末、結婚を機に入社を決めました。
ーー入社後、どのような経験をされましたか?
河合健太郎:
入社後1年間は工場での実習で、ピアノの生産工場に約8ヶ月、関連子会社の工場に数ヶ月配属されました。全く分からない状態だったからこそ、むしろものづくりの環境へ積極的に飛び込んでいきましたね。これまでは保険という形がない商品を扱っていたので、ものづくりという180度違う仕事に戸惑いもありました。しかし、この実習期間を通して、ピアノづくりの難しさはもちろん、働いている方々の姿勢や考え方を理解できたことがとても良かったと思います。
ものづくりの現場で学んだピアノづくりの魅力
――その後のキャリアについて教えてください。
河合健太郎:
経理部門や国内営業部門を経験し、長くピアノ事業部で働きました。ピアノ事業部では副事業部長として、生産部門で深くピアノづくりに関わりました。その後に事業部長、副社長を経て、2024年に社長に就任します。
社長就任の時期は明確に決まっていなかったのですが、入社時から「いつかやるのだろう」と思っていました。副社長になると、決算の発表やIR(※)など、社外で弊社のことを発表する機会が増えたので、そこから社長就任へ向けて自分なりに準備をしていましたね。
(※)IR(Investor Relations):企業が株主や投資家に対し、財務状況など投資の判断に必要な情報を提供していく活動全般のこと。
ーー生産部門で印象に残っているエピソードを聞かせてください。
河合健太郎:
2018年に開催された『第10回 浜松国際ピアノコンクール』です。このコンクールでは、事前にピアノ調整等に時間をかけて全社一丸となって挑んだコンクールでした。ピアニスト86名中28名がカワイのSK-EXを選択し、カワイを選んだジャン・チャクムル氏が1位、また5位6位の入賞者もカワイを選択するといった快挙を成し遂げました。生産部門のみならず、営業部門、本社部門すべてのメンバーが力を出しきり達成できたので、発表の瞬間は鳥肌がたち、感激しました。
グローバル展開と新たな挑戦で音楽文化を創造する
ーー海外での音楽教室展開について教えてください。
河合健太郎:
10年前にインドネシアで音楽教室を始めました。インドネシアは人口が増加傾向にあり、1人当たりのGDPも5000ドルに近づいています。現地ではピアノを習いたい人が増加してきており、私たちの役割は大きいと考えています。
たとえば、自動車メーカーは車をつくるが、道路はつくらない、という話があります。一方、私たちはピアノをつくるだけでなく、ピアノの弾き方を教えることができます。楽器と教育の両面から、その国の音楽文化の創造に貢献していきたいですね。現在はインドネシアだけでなく、タイやベトナムでも音楽教室を展開しているので、今後も東南アジアを中心に事業を拡大していこうと思っています。
ーー貴社の認知度向上については、どのように取り組んでいますか?
河合健太郎:
2年ほど前からデジタルプロモーションを強化しています。弊社を知らない潜在顧客に、私たちを知っていただくことを重視しています。SNSや動画コンテンツを活用し、これからさらに拡大していく予定です。特に電子ピアノの分野では、競合他社も多いので、選択肢の中に「KAWAI」が入ってくるようにすることが重要だと考えています。
97年の歴史が育んだ「カワイイズム」で未来を切り拓く
――今後は、どのような分野に注力しますか?
河合健太郎:
私たちは世界一のピアノをつくる集団でありたいので、鍵盤楽器を中心とした展開を考えています。新たなジャンルに挑戦するというよりは、今の路線を大事にしながら、拡大していくイメージですね。特に、電子ピアノやハイブリッドピアノの分野での成長を目指しています。
ーー創立100周年に向けて、どのような思いをお持ちですか?
河合健太郎:
弊社は97年の歴史の中で、工場の火災、バブル崩壊、リーマン・ショックなど、幾度も倒産の危機を迎えました。しかし、そのたびに這い上がってきたからこそ、今があります。
社長就任のとき、弊社の歴史を振り返ると「カワイイズム」というものがあると気づいたのです。これは、常に高いリスクを持って挑戦する心、どんな苦境でも諦めない心、誠実で温かい人間性という3つの要素からなります。この「カワイイズム」こそが、弊社の原点であり、最も大切にしなければいけないものです。これを私たちが引き継ぎ、発展させて後世に伝えていきたいですね。
編集後記
河合社長の温和な人柄と熱意ある語り口が印象的だった。金融業界からの転身、工場での地道な経験、そしてグローバル展開への挑戦。これらすべてが「カワイイズム」に集約されている。この精神が、河合楽器製作所の成長を支える力となっているのだろう。100周年、そしてその先へ。伝統と革新のハーモニーを奏でる同社の未来に期待が膨らむ。
河合健太郎/1977年、大阪府生まれ。2001年、神戸大学経済学部卒業後、国内生命保険会社、外資系保険会社を経て、2007年に株式会社河合楽器製作所に入社。専務取締役執行役員生産統括本部長、取締役副社長執行役員コーポレート戦略本部長などを経て、2024年に代表取締役社長に就任。2027年に創立100周年を迎えるカワイブランドの更なる認知度向上のため、従業員の先頭に立ち自ら牽引する。