皆さんは飲食店に何を求めて足を運ぶだろうか。おいしい食事はもちろん、快適な接客や居心地の良い空間を求める方もいるだろう。広島市で複数の飲食店を営む広越株式会社は、自社のミッションをお客様に喜びをもたらすことと定義し、そのための経営に取り組んできた。
同社はなぜ「食事の質」ではなく「喜び」にフォーカスするのか。代表取締役副社長 COOの越智基匡氏に、広越の成り立ちやこれから目指す姿などを聞いた。
憧れの存在を追い求めたグローバルダイニングでの修業時代と、理想とのギャップに苦しんだ広越への入社当時
ーー越智副社長の経歴をお聞かせください。
越智基匡:
大学卒業後に3年間、株式会社グローバルダイニングで修業を積み、2009年に私の家族が経営する広越株式会社に入社し、2023年に代表取締役副社長に就任して今に至ります。
修業の場にグローバルダイニングを選んだのは、私が尊敬する「サービスの神様」と呼ばれた方が以前働いていた会社だったからです。同じ飲食業界に携わる身として、同じ環境で、その方の背中を追いかけたいという思いがあったのです。
同社で働いていた際、特に印象に残っているのが、グローバルダイニングの効率化されたバックオフィス業務です。DXという言葉が登場する前からシステム化されており、売上速報値やPL(損益計算書)関係の数値がすぐに確認できたときは、本当に驚きました。
また、社員が主体性を持って働ける環境が構築されていた点も印象的でした。これらの点は現在も、組織改善の参考として思い返すほどです。
ーー3年間の修業から戻ってきて、特に苦労したというエピソードを教えてください。
越智基匡:
グローバルダイニングとの環境のギャップを解消するのが大変でした。私が弊社に入社した当時、バックオフィスは本業に支障をきたすほど、非効率でした。しかも、変革や挑戦への抵抗感が強く、新しい価値を生み出すには多くの課題が残っていたのです。
この状況の改善に約10年かかりました。多くの時間と労力を費やしましたが、社内に「挑戦」という新たな社風を招き入れたのは、大きな一歩だったと感じています。
ただ、変革を優先するあまり、社員の声を十分に聴くことができなかったのは失敗でした。反発し合った双方の極端な意見が、変革の足を引っ張ってしまったのです。今、振り返れば、スタッフたちと協力しながら包括的な道筋を描くべきだったと思います。
広島市内で、「お客様の喜び」を追求する飲食店事業に取り組む
ーー貴社の事業内容をお聞かせください。
越智基匡:
食事を中心とした「レストラン業態」と、食事を通じたコミュニケーションを中心とする「社交業態」を柱とした飲食業を行っています。店舗は広島市内に15店舗あり、業態としては和食、ステーキハウス、高級クラブなどがあります。
業態が多岐にわたっているのは、弊社が「お客様の喜び」を何より大切にしているからです。創業社長の「お客様の喜びが最終的に自分たちの生活を豊かにする」という考えを行動指針とし、その方法を追及する形で事業展開をしています。
ーー貴社独自の強みは何でしょうか。
越智基匡:
弊社の強みは、人の手だからこそ提供できる、「温かいおもてなし」です。最近は飲食業界でもスタッフの省人化が進んでいますが、弊社は人の手によるおもてなしにこだわり続けています。
この強みは、創業社長が料理人ではなく経営者として事業を始めたからこそ生まれたものです。料理人であれば味へのこだわりが強くなりがちですが、経営者だった創業社長は味も含めて「お客様の喜び」を追求すべきだと考えたのです。そして、お客様に喜びを届ける手法として飲食業を解釈した結果、今日まで続く「おもてなしの心」が生まれました。
社員のキャリアアップには教育環境の改善だけでなく新規出店も求められる
ーー今後、会社の発展のために取り組みたいことを教えてください。
越智基匡:
人財教育に力を入れて取り組みたいです。教育環境の「非属人化」は欠かせないと考えており、ノウハウの共有やマニュアルの整備といったスタッフ間の能力差を縮める取り組みを推進していきます。教育環境が整えば、新人教育の期間短縮にもつながるでしょう。
スタッフのキャリアプラン設計も注力すべきテーマです。コロナ禍から保守的な体制を続けてきましたが、今後は成長志向に切り替えて、新規出店を含めて社員が挑戦できる環境の整備について検討していきます。
また、私たちの職場を飲食業界における「学びの場」として提供することを目指しています。飲食業は、自身の店舗を持つという夢を実現しやすく、独立を目指す方にとって大きな可能性が広がる魅力的な業界です。そのため、私たちは独立の夢を追いかける志の高い方々を全力でサポートし、共に成長していきたいと考えています。近い将来、社員が独立に近い環境で働けるプランも用意していきたいと考えており、このようなサポートを通じて、飲食業界全体の発展や地域の活性化にも貢献できればと願っています。
飲食を、地域の人やモノの交流に携わる、憧れられる業界にしたい
ーー越智副社長の夢を教えていただけますか。
越智基匡:
私の夢は広島における飲食業界で働く方たちの地位向上です。食事という生活の根本を支える飲食業界をもっと元気にして、皆が憧れるようにしたいと考えています。
この夢の実現には、地域の方々とのつながりが大きな力になることでしょう。つながりの力を借りて地元や近隣の魅力的な食材を開拓し、お客様へのサービス向上へとつなげていけば、広越ブランドの強化や生産者への還元など、多くの効果が得られるはずです。
また、マーケティングの面においては20〜30代へのアプローチが大切だと考えます。弊社の運営するバーやクラブを「大人になったら訪れたい憧れの場所」、世代を超えた交流の場へと成長させたいです。
子どもの頃に「大人になったらおいで」と言われた子たちがちょっと背伸びをしてバーの扉を叩き、そこでいろいろな人たちとの縁をつないでいく。そのようなストーリーが実現できたら、うれしいです。
編集後記
食事の役割とは、空腹を満たすことだけではない。心を満たし、人々をつなぎ、そして地域を元気にする可能性をも秘めている。地域の食材が彩る食卓を囲んで人々が語らう。越智社長の挑戦は、そのような食にまつわる原風景を思い起こす喜びを、私たちにもたらしてくれることだろう。
越智基匡/1984年、広島県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、グローバルダイニングに入社して3年間修業を重ねる。2009年、広越株式会社入社。2023年、代表取締役副社長に就任。