ICU(集中治療室)とは24時間体制で患者を管理し、病状の改善を目指す施設だ。ICUのおかげで救われた命は数多くあるが、残念ながら亡くなる命もある。
そんな患者を救いたいと、医療の世界からビジネスの世界へ飛び込んだ人物がいる。株式会社CROSS SYNCの代表取締役にして医師の髙木俊介氏だ。
医師としての知識と技術を広く社会で活用するために、髙木社長はどんな取り組みをしているのか。創業のキッカケや目指すビジョンをうかがった。
容態の急変で亡くなる患者を目の当たりにし、一人でも多くの命を救うために尽力
ーー髙木社長の経歴をお聞かせください。
髙木俊介:
2002年に横浜市立大学医学部を卒業し、研修医時代は外科系を学びました。しかし、一つの出来事が私の仕事観を変えました。ある日、担当していた患者さんが、手術後に容態が急変して亡くなってしまったのです。今思えば容態が変わる予兆があったのかもしれません。それを察知できなかったことに無力さを感じた私は、同様の事例を減らし、一人でも多くの命を救いたいと思うようになり、救急集中治療の世界で生きることを決めました。
国内における約7年間の修業を経て、マレーシアやオーストラリアでも多くのことを学びました。2012年に日本に戻ってからは患者さんと向き合いながら研究を続け、2019年にこれらの知見をもとに弊社を創業しました。
ーー創業のキッカケとなった出来事は何でしたか。
髙木俊介:
救急集中治療室の世界を目指した当時は、まだ創業という選択肢はなく、医師としての力を高めるために努力を続けていました。しかし、十数年間医師として経験を積んだのち、自分や周囲の力だけでは限界があると感じたのです。
そこで、容態の急変を予期するサインを探したり、遠隔医療を使った対応をしたり、企業との共同研究に取り組んだりと、新たな道を探し始めます。多くのジレンマを経験した結果、私が最終的に導き出した答えが「自分で創業する」道です。
ーー創業するにあたって特に苦労したことは何ですか?
髙木俊介:
医療現場とビジネスの世界の価値観の差に苦労しました。医療の世界は「患者を救うこと」が命題であり最優先事項ですが、ビジネスの世界では利益が求められ、着目点も医療業界の課題解決や変革といった広い視野へと変化します。
また、最終的な目的は「患者さんの命を救う」という点で共通していますが、そこに至る方法や目標の組み立て方は大きく異なります。さらに、ビジネスの世界では多様な業界の人材がジョインしてくるので、組織の一体感を考えると難易度は一層高くなります。
遠隔ICU技術と生体看視アプリケーションで多くの医療現場に安心を届ける
ーー貴社の事業内容を教えてください。
髙木俊介:
医師が少ないICU(集中治療室)に対して、医師が多いICUがリモートでサポートを行う「遠隔ICU」を提供しています。インフラ立ち上げから医療機器の開発および導入、導入支援、運用定着まで、一貫した支援が可能です。
遠隔ICUは、重症度スコアの把握や患者画像の取得、Web会議の実施、電子カルテの参照などをパッケージとして、一つのシステムに患者の安全と業務の効率化の両方に必要な機能が備わっています。
また、遠隔ICUで利用する生体看視アプリケーション「iBSEN DX(イプセンDX)」の開発・提供も行っています。これは、患者の画像や血圧・心拍などの生体情報データからAIが重症化を予知し、医療従事者に伝えるためのプログラムです。
ーー遠隔ICUの強みは何ですか?
髙木俊介:
リアルタイムで生体データを得られることと、1秒間に4枚の頻度で撮影される写真から、患者の状態を具体的にチェックできることです。医療ビッグデータをベースにした先端AIを用いて、動作解析や意識状態の解析から、患者の容態が急変するリスクを自動で検出できます。また、写真は周囲の様子や器具の配置なども含めて撮影するので、モニター上から詳細な状況把握が可能です。
ーー仕事でやりがいを感じる瞬間はどのようなときですか?
髙木俊介:
やはり、成果を実感できるとやりがいにつながります。実際に導入した病院で、弊社がサポートしながら患者さんの対応をしたところ、容態がよくなった事例がありました。それだけでも嬉しいことなのですが、この結果は医療従事者の精神にもよい影響を与えたようで、多くの感謝の声をいただきました。これからも多くのやりがいを感じる瞬間に立ち会っていきたいですね。
行政と協力しながらより多くの医療現場にサービスを届けたい
ーー今後、特に注力したいテーマをお聞かせください。
髙木俊介:
新規開拓に力を入れる方針です。まずは遠隔ICUに興味がある方と会う機会を増やし、近隣のエリアから現場を回りながら、遠隔ICUによるソリューションの有用性を広めていきたいと考えています。
また、新商品として持ち運び可能なモニタリング機材や、AIによる画像解析を可能にした新モデルも開発中です。開拓先は国内が基本ですが、海外展開も見込んでいます。
ーー求める人材像を教えてください。
髙木俊介:
経営層には、資本戦略や事業戦略の策定などに携わってくださる方、現場ではAIデータを解析するアナリストやエンジニアなどを求めています。どちらも医療の知見があることが前提です。
また、これから全国へ営業をかけていくためのポストも募集したいと考えています。現在、平均年齢が40歳以上と高いので、次世代となる30代の方にも参加していただきたいですね。
ーーこの記事の読者にメッセージをお願いします。
髙木俊介:
「レジリエンス」という言葉をご存知でしょうか。レジリエンスとは、大変なことを柳の木のように受け流す能力です。これを鍛えれば、大変な出来事が起こっても、ある程度余裕をもって対処できます。とにかく挑戦してみて、失敗をしたら自分で課題を見つけ、再度立ち上がっていく。この繰り返しが未来の自分をつくります。
私もまだ挑戦の道半ばです。皆さんもぜひ、自分が思い描いた可能性へと続く道の開拓に取り組んでみてください。
編集後記
知識と技術にデータ活用が加われば、人の命を救うことさえできる。CROSS SYNCの取り組みは、AIが人間の善意を世に広げてくれる可能性を示してくれた。会社という土台を得た髙木社長の夢がこれからどう育っていくのか、大きな花を咲かせる未来をともに見届けよう。
髙木俊介/1978年、東京都生まれ。2002年、横浜市立大学医学部卒業。集中治療・救急・麻酔に従事した後、海外赴任などを経て、2018年、横浜市立大学附属病院にて集中治療部部長に就任。2019年に、患者の急変や死亡を根絶するべく知識や技術で社会に貢献するために、株式会社CROSS SYNCを創業。