創業から100年以上の歴史を誇る老舗うなぎ専門店「川豊」。伝統の味を守りながらも、時代に応じた変革を取り入れ、近年では全国的な知名度を獲得しつつある。老舗としての重みを背負いながらも、新しい挑戦を続けるその姿勢が、多くの支持を集めている。今回は、川豊を率いる代表取締役社長の伊藤小澄氏に、100年企業としての強みや経営哲学、これからの展望についてじっくりと話をうかがった。
老舗うなぎ店が守り抜くものと進化させるもの
ーー代表取締役になるまでの経緯を教えてください。
伊藤小澄:
大学を卒業してすぐに家業の川豊に入社する選択もありましたが、接客を学びたいと思い、都内のシティホテルに就職しました。代々受け継がれてきた川豊の味は多くのお客様にご支持いただいてますが、接客のプロであるホテルで修業を積むことで、より高度なサービスが提供できるのではないかと考えたのです。
ホテルマンとして経験を積んだ後、川豊へ入社し、2011年に代表取締役社長に就任しました。調理の経験はまったくなかったので、伝統の味を守るためには、自らが調理場に立つ必要があると考え、入社してから約20年間、毎日うなぎをさばいて焼く日々を送りました。
ーー伝統の味をどのように守り、進化させてきたのですか。
伊藤小澄:
川豊の味の決め手は、祖父の代から守り続けるタレにあります。何十年もかけて育んできた伝統を守りつつ、幅広い世代に受け入れられる味を追求し続けています。それを支えているのが、うなぎ一筋に腕を磨いてきた職人たちの存在です。元々、卸問屋をしていたこともあり、うなぎのことを知り尽くした職人たちだからこそ、時代が変わっても川豊らしい味をつくり続けられるのだと実感しています。
一方で、お客様のニーズに合わせて、提供方法は進化してきました。うなぎ弁当の宅配や、ECサイトでの真空パックの販売など、うなぎのおいしさを味わっていただく選択肢を増やしました。守るべきものと変えるべきもの、その両立を常に意識しながら経営に取り組んでいます。
飲食業界の常識をくつがえす働き方改革で「質の高い仕事」を実現
ーー経営者として特に力を入れていることはどのようなことですか?
伊藤小澄:
社長に就任して真っ先に取り組んだのが、労働時間の改善です。飲食業界の悪しき慣習とも言える、サービス残業の解消に向けて動きました。
職人は早朝から夜遅くまで働くのが当たり前という意識が根強くありますが、長時間働けば良いというものではありません。限られた時間の中で、いかに集中して質の高い仕事をするか。その意識改革に力を注ぎました。
今では、定時退社が習慣化しています。最初は戸惑う声もありましたが、定時内でいかに効率よく仕事をするかを考えるようになった結果、集中力が高まり、仕事の質も向上しています。
また他にも店舗の外観を建築当時に戻すなど景観にも力を入れ、川豊本店が2019年に国の登録有形文化財に指定されました。自分が生まれ育った成田の地で、成田山新勝寺のお不動様の御加護のもと、日々多くのお客様を迎え入れられる事がとても嬉しく、心から感謝をしています。
ーー職人の育成にも独自の取り組みをされていますね。
伊藤小澄:
職人の育成において、「串打ち3年割き8年焼きは一生」と言われるほど、うなぎ調理の習得には奥深いのですが、その技術の向上には、動画を活用したトレーニングを行っています。自分の作業の様子を録画して振り返ることで、課題が明確になるからです。
また、職人の世界では「見て盗む」という言葉があるように、自ら観察して学ぶことが多いのですが、私は先輩が積極的に教えることも必要だと考えています。日々の仕事の中で、コツやポイントを丁寧に伝えていく。そのために、先輩と後輩が一緒に参加する研修の場を月に数回設けています。
ーー貴社の課題はどのような点にあるとお考えですか?
伊藤小澄:
現在、従業員が200名を超える規模になっています。営業部門は、お客様にご満足いただける水準で運営できていると自負しています。一方で、それを支える管理部門は、まだまだ十分でないのが実情です。
本来は総務部や人事部といった管理部門を整備し、バックオフィス業務を細分化していくべきなのですが、現状では少数の事務スタッフが兼任しています。さらなる成長を目指すうえで、管理部門の体制強化が不可欠です。
営業部門と管理部門、その両輪をバランス良く回していくことが重要であり、事業規模に見合った体制づくりを進めていきたいと考えています。
従業員のアットホームな雰囲気がお客様に活力を与える
ーー外国人のお客様も増えていると思いますが、どのような取り組みを行っていますか。
伊藤小澄:
海外メディアから取材されることも増え、多くの外国人のお客様が足を運んでくださいます。そのような中で、日本の伝統的な食文化の素晴らしさを伝えることが、私たちの使命だと考えています。
外国人のお客様とのコミュニケーションは言語が大きな障壁です。そこで、英会話の文例集を作成し、スタッフが円滑にコミュニケーションをとれるように努めています。また、多言語対応のメニューを用意するなどの工夫も凝らしています。
日本のお客様が大切なのは勿論、外国人のお客様も貴重な存在です。うなぎの名店として、日本の食文化の担い手として、おもてなしの心を持って外国人のお客様をお迎えしたい。スタッフ一同、そう考えて日々の仕事に取り組んでいます。
ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。
伊藤小澄:
川豊はもともと、家族経営の会社でうなぎなど川魚の漁をして、成田山参道界隈に「成田の元祖うなぎ専門店川豊」として卸しをしていました。私の両親や親戚など、数人で切り盛りしていた時代があります。それが今や、従業員200名を超える組織に成長しました。
会社の規模が大きくなる中で、社内の制度やルールをしっかりと整備していくことは重要です。一方で、かつての家族経営のような、アットホームな雰囲気も大切にしていきたい。それが私の経営者としての思いです。
家族のような絆の中で、スタッフたちは皆、イキイキと働いてくれています。そんなスタッフの姿勢を見たお客様からは、「活気があって元気をもらえる」という嬉しい声を多数いただいてます。
おいしいうなぎを食べれば元気になれる。それはもちろんですが、うなぎを提供する私たちも元気でなければいけません。スタッフ同士の温かい人間関係が店内にいい空気を生み出し、お客様にも伝わっていく。そのような好循環が生まれているのだと思います。経営者としては、スタッフの努力に心から感謝するばかりです。
編集後記
100年以上の歴史を誇る老舗を率いる立場でありながら、時代に合わせて変革を続ける伊藤社長。伝統の味を守りつつ、提供方法の工夫や働き方改革など、新しいことにも果敢に挑戦する姿勢に感銘を受けた。かつての家族経営のような絆を大切にしながら、従業員200名を超える組織をまとめあげる。その温かくも強いリーダーシップが、株式会社川豊本店の持続的成長を支えているのだろう。
伊藤小澄/1971年、千葉県成田市生まれ。成城大学卒業。都内のホテルで修業後、家業のうなぎ屋に就職。2011年、株式会社川豊本店代表取締役社長に就任。現在は川豊本店、川豊別館、川豊成田空港店、海老屋の4店舗を経営。大学時代は、スキーに没頭し全国学生大会で団体戦で5位に入る。また、成田市の地域貢献にも力を入れ、現在は成田市観光協会の副会長や仲町街づくり協議会の会長、過去には成田祇園祭の実行委員長、成田商工会議所青年部50周年の会長などを務める。