デジタルツールを使ったライフスタイルが確立している今、時計もデジタル式のものが数多く出回っている。そんな時代の変化のなか、歴史と芸術という観点で古き良き時計の価値を伝え続けているのが、株式会社福岡今岡だ。時計のブランドに対する明晰な認識を掲げて、右肩上がりの経営を続ける今岡孝之代表取締役社長に昔ながらの時計ビジネスの魅力を聞いた。
デジタル化しても時計本来の「価値」を届けたい
ーー貴社に入社するまでの経緯を教えてください。
今岡孝之:
もともと家業の時計販売業を継ぐつもりではいましたが、その前に販売の上流工程に当たるメーカーでの仕事を経験しておきたいと考え、新卒で大手時計メーカーに就職しました。そこではルートセールスを担当し、商品の適切な配置や販促イベントの企画提案などを担当していました。
経験を重ね、国産の腕時計が高級ブランドになったのを見届けて、いよいよエンドユーザーと直接相対する商売に取り組む時期だと判断し、弊社への入社に至ったのです。
ーー貴社に入社後、特に重点的に取り組んだことをお聞かせください。
今岡孝之:
私が入社したころは、スマートフォンやスマートウオッチといった、ハイテクノロジーアイテムが出始めた時期でした。このような過渡期で昔ながらの腕時計の商品価値をどのように消費者にアピールしていけば良いのか、非常に難しい問題に直面していました。
ーー厳しい状況だったかと思いますが、2010年代半ばから業績が右肩上がりとなっています。その要因を教えてください。
今岡孝之:
お客さまが腕時計に資産価値があることを認識したのが要因だと思います。時計は工業製品ですが、美術館や博物館の収蔵品と同様の価値をもつ歴史性を認識してくださるようになったのです。
大きな流れでいうと、1970年代以降の日本のクオーツ時計に押されて危機に瀕したスイスが、1990年代に入って「スイス時計職人の伝統の技がつくる芸術性」を前面に出したブランド戦略を採ったことがありました。
そこで、弊社でも時計産業の本場であるスイスが築き上げた時計産業の歴史の重厚さをお客さまに理解していただこうと考えました。その中で弊社の社員が、その魅力と価値をお客さまに丁寧に説明してきたことが業績に結びついたと思います。
世界の時計ブランドのトレンドを直に感じることができる環境
ーー貴社の店舗の強みはどんな点ですか?
今岡孝之:
弊社は国内4カ所の百貨店で時計売場を運営しています。扱っているブランドは、メジャーなメーカーから小さな工房まで全部で40前後です。
どのメーカーも常に新製品の開発にしのぎを削っていますが、その競争はメカニカルな機能だけでなくデザイン性、装飾性にも及んでいます。そうした新しいトレンド、それも世界水準でのトレンドを、売場に立つだけで日々肌で感じることができるのは大きな魅力です。
弊社のスタッフは、扱っているすべてのブランドについて、その魅力やヒストリーを熟知しています。時計の機能だけでなく、付加価値も一緒に理解し、お客さまにお伝えしていますので、高額な商品でもお客さまは納得して購入できるのです。
スマートフォンやスマートウオッチなどハイテクノロジーアイテムが出現するなかで、腕時計という商品の存在価値を消費者にアピールするために、弊社のスタッフは、芸術作品としての時計の魅力をお客さまに伝えることに努めています。それが、販売実績の向上、新しい製品の入荷という好循環につながっているのです。
時計とジュエリーの文化的価値を福岡に根差して発信する
ーースタッフ向けの特別な教育制度は設けているのでしょうか?
今岡孝之:
毎年、弊社のスタッフに対し、スイスで開催される時計の新作発表会に足を運び、時計のことだけでなく、スイスについても知ってもらう機会を設けています。現地の情報を肌で感じることによって、お客さまとの会話がさらに深まり、ブランドの魅力が伝わりやすくなると思います。
お客さまが価格の高い時計を購入してくださるのは、単に時間を見る道具としてではなく、別の付加価値を認識されているからだと思います。
ーー今後のビジョンを教えてください。
今岡孝之:
時計と一緒にジュエリーも楽しんでいただけるビジネスの展開を計画しています。コロナ禍が始まる少し前からヨーロッパでジュエリーブランドを探し、ようやく納得できるものに巡り会えたので、2023年11月から時計店に隣接して扱い始めました。
時計もジュエリーも高額商品なので、オンライン販売よりも実店舗でお客さまに直接、価値を伝えて販売したいと思いますし、ブランドにふさわしいパーティーや展示会を企画するなど、お客さまが価値を再認識できる場を提供したいですね。
ーーお客さまに対し、どのような存在でありたいですか?
今岡孝之:
弊社には「1秒1秒の価値を創造する」というテーマがあります。この1秒1秒という時を刻む時計によって、お客さまの幸福度を高めていけるようにお手伝いしたいと思っています。
そのためには、事業規模の拡大を追求するのではなく、お客さまの身近にいて、福岡そして九州という土地に根差して、地道に時計の文化的価値を伝える存在でありたいと思います。
編集後記
時計は、単なる道具ではなく文化的な価値を兼ね備えた存在だ。そんな今岡社長の強い信念が、コメントの一語一語に感じられる。また、売場でお客さまに接するスタッフも、時計に対する深い造詣を持っていることがうかがえる。時計が宿している歴史性と芸術性がさらにジュエリーと結びつき、福岡今岡の売場からお客さまの至福な時間の流れが生まれてくるだろう。
今岡孝之/1978年、福岡県生まれ、明治大学卒業。大手時計メーカーに入社。6年間セールスとして勤務し、2011年に株式会社福岡今岡に入社。2014年に代表取締役社長に就任。