日本の半導体産業は、集積回路やメモリチップといった高度な技術開発により、1980年代には世界の半導体市場で約半分のシェアを占めるまでに成長したが、その後の価格競争に押され、現在ではそのシェアが縮小している。しかし、半導体製造装置の分野においては、今なお世界をリードする技術力の高さと高い市場シェアを維持している。
そんな半導体製造装置の分野で、日本のものづくりが誇る高い技術力、卓越した品質、そしてその安定性に惹かれ、日本に帰化して日本の半導体製造装置を世界に輸出している人物がいる。PHT株式会社の代表取締役、黄清敏氏だ。黄社長が見つめる日本の技術力、企業経営、そして目指す未来についてお話をうかがった。
半導体製造における日本技術のグローバル展開
ーーまずは、起業するまでの経緯についてお聞かせください。
黄清敏:
中国の福建省に生まれ育ち、大学卒業後に、台湾系の大手液晶メーカーに就職しました。その企業が日系大手企業と取引していたことが、日本語や日本のビジネスの方法を学ぶきっかけとなりました。これが日本とのつながりの始まりです。リーマン・ショックによってその会社のプロジェクトが中止となったことを機に来日しました。日本の大学院で学び、日本企業に一度勤めた後、液晶関係の企業を立ち上げ、その後半導体分野に参入しました。
起業当時は、年齢も若かったため、立ち上げたばかりの会社で人脈や信頼関係を結ぶことに苦労しました。もともと長期滞在して生活を日本に移したいと考えていたので、2018年に帰化申請を行い、2019年に日本に帰化して、顧客との信頼関係の構築に努めました。
ーー半導体に注目したきっかけはなんですか。
黄清敏:
来日後、名古屋大学環境学研究科で、産業移転の研究で知られる教授の指導のもと、理論だけではなく実践的な視点を重視し、将来の起業を見据えて学問に取り組みました。
その後、液晶関連の企業を立ち上げましたが、今後は半導体事業が伸びるという判断と、新たなものづくりに挑戦したいという思いから、既存の半導体製造装置メーカーの事業を引き継ぐ形で、半導体分野に参入しました。
当初は、「株式会社豊港」の名前で営業していましたが、日本製品を海外市場にもっと広めたいという強い思いから、2021年にPHT株式会社に社名変更しました。PHTは、“フェニックステクノロジー”の略で、不死鳥のように、会社や社員、さらには取引先や外注先企業までも、全員が長年仕事を続けられるような強い組織を目指すという願いを込めています。
ニッチな市場をターゲットにした3つの事業
ーーPHT株式会社の事業について教えてください。
黄清敏:
弊社の主要な事業は3つあります。
1つ目は、半導体搬送装置です。半導体の製造工程は、かつて手動作業が主流でしたが、弊社は自動化やDXに対応し、顧客のニーズに合わせた製品を開発・販売しています。半導体の製造工程は、前工程と後工程に分かれますが、弊社の搬送装置はどちらでも活用できるため、普及率が高く、重点的に取り組んでいる分野です。
2つ目は、洗浄装置です。半導体の製造過程で使用されるウェハーは、複雑な工程で製造されますが、その中の洗浄は、製品の品質を大きく左右する重要な工程です。弊社では、複数のウェハーを同時に洗浄できるバッチ式と、1枚ずつ洗浄する枚葉式の両方を提供しています。今後は、次世代の化合物半導体に適した枚葉式が主流になると予測し、開発に注力しています。この製品を入り口に他の製品も購入されるお客様が多く、重要な事業の柱となっています。
3つ目は、微細加工です。現在は、アメリカで金型の設計開発とセラミックの加工を行っています。アメリカの世界一流の装置メーカーに認められた後に、日本を始めとするアジアの国々にも広めて行きたいと考えています。
弊社の製品はすべてニッチな市場をターゲットにしているため、国内市場よりも、中国、韓国、台湾、アメリカなど海外市場に焦点を当てています。展示会への参加や、世界中の大学との共同開発を通じて、製品の普及を促進しています。日本やアメリカの金融機関から顧客を紹介をしていただくこともあります。
ーー他社にない貴社の強みは何ですか?
黄清敏:
弊社は、製品のラインナップは少ないながらも、老舗企業から引き継ぎ、さらに積み重ねてきた設計力を強みとしています。また、他の企業が搬送装置や洗浄装置のどちらかに注力していることが多い中、弊社では両方の製品に強みを持っているため、顧客がどちらかを購入した際に、もう一方の製品も提案できる柔軟性があります。
社内で情報を共有し、社員も納得する意思決定を心がける
ーー経営者として大切にしている考えについて教えてください。
黄清敏:
最も大切にしているのは社員との信頼関係です。役員だけでなく、新しく入社した社員も含めて、情報を可能なかぎり共有し、全員で意思決定を行うように努めています。日本の企業の特徴かもしれませんが、非上場企業では社員に情報を共有する文化がまだ少ないと思います。しかし、ガバナンス強化の観点からも、弊社では積極的に情報を社内で公開しています。
また、社員には積極的に外部のセミナーに参加してもらうことも欠かせません。座学での新しい知識の習得に加え、OJTも重要視しており、学びの場を多く設けることを心がけています。さらに、営業や工場勤務を問わず、全社員に展示会への参加を必須とし、現場で感じとる経験を大切にしています。
ーーこれから力を入れていきたいことは何ですか?
黄清敏:
営業体制の強化と新製品の開発です。現在も国内外を問わず、大学との産学連携を進め、信用力の強化やイメージ向上に取り組んでいますが、今後も継続していきます。また、営業部門は自社内の体制に加え、商社やサプライヤーとの協力体制を構築し、営業パートナーを拡充していく予定です。
新製品の開発においては、現状の製品と親和性があり、発展性や未来性があるものに注力していく考えです。大学との共同開発を推進し、海外の文化も積極的に吸収しながら、新たな製品をつくり出していきます。
現在は、日本で設計開発から量産まで行ったものを海外に輸出していますが、今後は設計開発を日本で行い、量産は海外で行う方針を検討中です。今後も日本のものづくり精神を引き継ぎ、世界に誇れる製品を通じて日本を盛り上げていきたいと考えています。
編集後記
日本を拠点に置きながらも、視線は常に世界を見据えている黄清敏社長。グローバルな視点から日本の技術力を再評価し、大学との共同開発の推進や、国内外の顧客ニーズなどと照らし合わせることで、その価値を最大限に引き出そうとしている。黄社長なら、かつてものづくり大国と呼ばれた日本で、再び技術力を武器にした製品を生み出し、日本経済のさらなる繁栄に貢献するに違いない。
黄清敏/1984年、福建省生まれ。2019年に日本に帰化。2014年に名古屋大学大学院環境学研究科を修了後、株式会社マキテックに入社。その後、株式会社豊港を設立し、代表取締役を経て、2021年にPHT株式会社の代表取締役社長に就任。国際的なハイテク分野および医療・学術活動にも注力している。