世界経済に大打撃を与えたリーマン・ショックの余波を受け、多くの中小企業が倒産に追い込まれた。ネジ加工に特化した株式会社田野井製作所も大打撃を受けたが、工場の環境整備でV字回復し、2023年に創業100周年を迎えた。
会社の窮地を救った一冊の本との出会いや、5S活動によってもたらされたメリット、今後のビジョンなどについて、同社の代表取締役社長、田野井優美氏に話をうかがった。
業績が低迷した会社の改革を任されたときに出会った一冊
ーー田野井製作所の社長に就任してから、どのような社内改革を行ったのですか。
田野井優美:
会社の決算書すら見たことがなく、経営の知識がほとんどない私に何ができるのだろうと考えました。そのときに出会ったのが、ホッピービバレッジ株式会社の石渡美奈社長の著書『社長が変われば会社は変わる! ホッピー三代目、跡取り娘の体当たり経営改革』です。
会社の業績をV字回復させるまでの経緯が書かれ、まさに今の私に必要な本だと思いました。そして、書籍で業績回復の立役者として紹介されていた、株式会社武蔵野の小山社長の講演会に参加しました。
そこで学んだのが工場の環境整備、いわゆる5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)の重要性です。これならば新入社員からベテラン社員まで誰でも取り組めるため、会社を良くするためにやってみようと思い立ちました。
会社の大きな転機となった5S活動の取り組み
ーー環境整備活動の具体的な内容と成果について教えてください。
田野井優美:
毎朝、始業後の20分間を環境整備活動の時間として、1週間ごとにひとつのエリアに着手するようにしました。始めた当初は、新しい取り組みに抵抗を感じた社員から反発もありました。
「現場のことを知らない人間が何を言っているんだ」と思った人もいたでしょうし、実際に会社を去っていった人もいました。ただ、この試練を乗り越え、残ってくれた仲間と前を向くことではじめて会社が変わっていくと信じ、突き進みました。
すると、整理整頓が行き届いたことによって、業務の効率化につながり、製品の不良率も改善していったのです。また、工場がきれいになったことで営業がお客様に工場見学を促すようになり、社外からの見学件数も増加しました。活動を通じて、現場の社員とコミュニケーションをとる機会も増えていきました。
中小企業ならではのきめ細かいフォロー体制が強み
ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。
田野井優美:
創業以来一貫して、タップ・ダイスという精密工具の製造・販売を行っています。タップは部品の穴にねじ山をつくるための工具、ダイスはねじの先端部分のねじ山をつくるための工具です。
弊社の強みは、お客様の困りごとにきめ細かく対応できる点です。弊社では「ドクターセールス」という営業活動を行っています。これは医師と患者のようにお客様の症状(課題)をヒアリングして解決策を提案し、その後のフォローアップを行うことです。
不具合が発生した際は現場に赴き、原因を究明して対策法を提案しています。こうしたきめ細かいサポートが高く評価され、紹介によって別の製造ラインの案件や、新規顧客の獲得につながるケースも多いですね。
ーー取引先開拓についてはどのような取り組みをしていますか。
田野井優美:
代理店に協力してもらうほか、SNSを活用した製品PRにも取り組み、展示会へも積極的に出展しています。東京ビッグサイトで開催された展示会では、名古屋に本社があるドリルメーカーさんと共同で出展しました。
共同出展することで、ドリルを成形した後にネジ山をつくる一連の流れを実演できると考え、タッグを組むことにしました。こうして直接お客様に製品の魅力をお伝えすることで、新規案件の獲得につなげたいと思っています。
会社を動かす血液である人を増やし、組織の新陳代謝を促す
ーー人材採用や新人育成について教えてください。
田野井優美:
以前に比べて工場見学に来てくださる学生さんは増えましたが、入社には至っていないのが現状です。まずは、より多くの方に知ってもらうため、見学者数を今の2倍にし、入社希望者を増やしていければと思っています。
父からは景気の良し悪しにかかわらず常に新しい人を入れ、組織の循環を良くすることが大切だと教わりました。そのため、今後も新卒採用は継続していきたいと考えています。
新人育成に関しては、間接部門を希望する社員にも現場研修を行い、製品が完成するまでの作業工程に関わってもらっています。自分たちが関わる製品がどのようにつくられるのかを学んでもらうため、実際に現場で作業してもらう機会を設けています。
毎年、真っ新な状態で入ってきた子たちが成長していく姿を見ると、感慨深い気持ちになりますね。これからも価値観を共有し、この人に仕事を任せたいと思える仲間を増やしていきたいと思っています。
ーー経営幹部の育成についてはいかがですか。
田野井優美:
今の幹部メンバーとは経営目標や経営方針を決める際などにも、価値観の共有を図れていると実感しています。最近は私が何も言わなくても、自分の考えを理解してくれていると感じますね。
そのため今の課題は、次世代の幹部の育成です。これから会社を引っ張ってくれる人財を育成するため、本腰を入れて取り組んでいきたいと考えています。
協働ロボットの導入で業務を効率化。ものづくりを通じて人づくりをしたい
ーー今後どの分野に注力していきたいとお考えですか。
田野井優美:.
人財確保が難しい中、省人化や自動化は避けられない課題です。そこで最近注目しているのが、協働ロボットです。これまで導入していた産業用ロボットは、毎回段取りを変えるたびに手間・時間がかかっていました。一方で協働ロボットは、段取りがしやすく、字のごとく協働で稼働してくれることから、少量多品種生産であっても生産性向上ができるキーとなっています。
また、今後はロボットに任せる部分と、人が携わる部分の棲み分けがより一層必要だと考えています。ロボットを活用して効率性を高めながら、柔軟な発想力で付加価値を生み出せるように、社員教育を行っていきたいと考えています。
ーー最後に今後のビジョンについてお聞かせください。
田野井優美:
祖父が創業し、父が守り、これまで培ってきたものづくりの土台は、弊社のかけがえのない宝だと思っています。これからも無から有をつくる、製造業の素晴らしさを大切にしていきたいです。
また、ものづくりを通じて積極的にコミュニケーションを取ることで、人づくりもしていく決意です。その一環として始めたのが、地域のお祭りへの出展です。強制ではなく自由参加なのですが、みんな楽しそうに取り組んでくれています。
私個人の夢としては、みなさんの縁を広げる会員制のスナックを開きたいと思っています。オンラインでコミュニケーションがとれる時代だからこそ、直接会って交流する機会を今後も大切にし、良いご縁を広げていける場をつくりたいです!
編集後記
経営のいろはを知らないまま、社内改革の指揮をとることになった田野井社長。社員から反発を受けても、「ここで改革をしなければ会社は変わらない」と踏ん張ったからこそ、今があるのだろう。お客様に親身になって寄り添い、ものづくりの現場を支える株式会社田野井製作所のさらなる活躍に期待だ。
田野井優美/1976年、東京生まれ。米国留学後の2002年に株式会社田野井製作所に入社し、2009年に取締役副社長に就任。2013年の創業90周年を機に代表取締役社長に就任し、現在に至る。「ものづくりは人づくり」をスローガンに掲げ、人財育成に力を注いでいる。