スズキ・ジムニーの専門パーツメーカーとして知られるアピオ株式会社。1969年の創業以来、数々のラリー参戦の実績を持つ同社は、過酷なレースで培った技術力を強みに、独自のパーツ開発を展開してきた。
2005年、河野仁氏の代表取締役社長就任以降、カーパーツにとどまらず、「旅する」をテーマにカバンや文具など、ライフスタイル全般に製品の幅を広げている。今回は、今年で就任19年目を迎えた河野氏に、これまでの歩みと今後の展望について話をうかがった。
偶然の出会いから社長就任へ、ラリーがもたらした転機
ーー貴社に入社する前はどのような業務に就いていたのですか?
河野仁:
私は岡山の工業高校デザイン科を卒業後、大手電機メーカーシャープのデザインセンターに入社しました。最初は部品事業部で提案型の先行デザイン開発を担当していました。当時、テレビのリモコンは機種ごとに金型を起こしていたため、1つの金型に2000万円ほどのコストがかかっていたのです。
それを共通化できないかと考え、プラットフォームとなるリモコンを提案したところ、見事採用されました。今振り返ると、これが私の最初の成功でしたね。その後、本社から栃木の電子機器事業本部に異動し、6インチ液晶テレビのデザインも手がけました。
ーー貴社にはどのような経緯で入社したのでしょうか?
河野仁:
将来のキャリアに悩む中、次の就職先も決めずに大手電機メーカーを27歳で退職しました。もともと車やオートバイが好きで、当時所有していたオフロード型四輪駆動車で世界を旅してみたいと思っていた矢先、「ロシアンラリー」というロシアを走るイベントを知り、参加することにしたのです。そして、そこで出会ったのが、弊社の前社長です。ラリー終了後、前社長から声をかけていただき、1993年に弊社へ入社することになりました。
入社後は、私の予想以上にデザインの仕事が多く、オリジナルパーツの開発にも携わることができました。また、1997年には会社のホームページを立ち上げ、eコマースにも早くから取り組むことになり、加えて、楽天市場への出店も手がけ、売上が徐々に伸びていきました。
その後の2005年に、前社長から突然「会社を誰かに譲りたい」という話があり、社内で後継者を募ることになったのです。義理の父に相談したところ、「10年以上一緒にいて気心の知れた仲なら、挑戦してみたら」とアドバイスをもらいました。そして翌日には、立候補を表明し、1ヶ月の猶予期間を経て、社長就任が決まりました。社内からも温かい拍手で迎え入れてていただき、社長として新たなスタートを切ったのです。
大手メーカーとの共同開発で広がる、アピオブランドの可能性
ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
河野仁:
弊社はジムニー専門のパーツメーカーとして、オリジナルパーツを開発・販売しています。前社長の時代から、ダカール・ラリーなどの過酷なレースに参戦し、その経験を商品開発に活かしてきました。私が社長に就任してからは、デザイン性も重視しながら、ジムニーが本来持っている魅力を引き出すようなパーツ開発を心がけています。
オーバーフェンダーやアルミホイールなどを自社開発する一方で、サスペンションやマフラーは大手メーカーと共同開発するなど、品質の向上にも力を入れています。
また、「ジムニーサンライト」というイベントにも協賛しています。女性オーナーの主催で始まったこのイベントは、2024年で3回目を迎えました。これは、年に一度開催しているジムニーオーナーさんたちのマーケットイベントで、開催時には全国から1,500台以上の車が集まります。その人気はとても高く、2023年の開催時には、来場した車の8割以上がジムニーだったほどです。
ーーカーパーツ以外の商品も展開していますね。
河野仁:
弊社では、「旅する」というテーマを軸に、カーパーツだけでなく、ライフスタイル全般に関わる商品を展開しており、カバンや文具、コーヒードリッパーなども手がけています。朝起きて、食事をとって、移動して、写真を撮ったり音楽を聴いたりする。そういった日常のすべてが旅だと捉えています。
こうした考え方になったのは、あるメーカーの方との出会いがきっかけでした。その方が「今日のミーティングも旅先での出会い(を意味する)。日常生活すべてが旅なんです」とおっしゃり、その考え方に感銘を受けたのです。それ以来、「旅する」というテーマで商品を提案しています。
日常を旅に変える、これからのものづくり
ーー今後の展望についてお聞かせください。
河野仁:
現在、マツダのロードスター用パーツの開発も進めています。一見、ジムニー専門店からは意外な展開に見えるかもしれませんが、「旅する」という観点からすると、風や自然を感じられるオープンカーは最適な車なのです。初めて車を買う方から、次の車としてロードスターを選ぶ方まで、幅広い層に向けて、旅の感覚を取り入れたアルミホイールなどを開発しています。
今後もさまざまな商品の展開を計画中です。「旅する」という軸は持ちつつ、ジムニーというカテゴリーにとどまらない製品を提案していきたいですね。日常が旅だとすれば、人生も旅です。そういった時間や場所、体験を提供できる企業でありたいと思います。カーパーツメーカーという枠を超えて、ライフスタイル全般に関わる企業として成長していければ嬉しいです。
編集後記
河野氏の語る「旅」は、遠くへ出かけることだけを指すのではない。日々の生活の中にある小さな発見や出会いもまた、かけがえのない旅なのだという。取材中に見せていただいたスケジュール帳には、毎日の出来事が丁寧なイラストで描かれていた。まるで一冊の旅日記のように。同社の独自性は、そうした感性から生まれているのだと実感した。
河野仁/1966年、岡山県倉敷市生まれ。1985年、シャープ株式会社総合デザイン本部入社。1993年、ロシアンラリー参加時にアピオ株式会社の創業者の尾上氏と出会い入社。2005年、同社代表取締役社長就任。