訪日外国人旅行者数がコロナ禍以前の水準に回復し、インバウンド市場が活況を呈する中、欧米からの旅行者が4割を占める宿がある。株式会社47PLANNINGが運営する「BYAKU Narai」だ。
「BYAKU Narai」は、長野県塩尻市奈良井宿の歴史ある建造物を活用し、「地域に眠る百の体験をお客様に届け、百年前の建築を未来に遺す宿」をコンセプトに、地域文化と宿泊の体験を提供している。今回は、代表取締役の鈴木賢治氏に、会社の歩みと「BYAKU Narai」への思いについて、うかがった。
震災からの復興、そしてコロナ禍を越えた47PLANNINGの挑戦
ーー創業のきっかけを教えてください。
鈴木賢治:
もともと実家が事業を経営していたため、大学時代はそこを継ぐものだと思っていました。しかし、大学在学中に家業を継ぎながらも、東京と日本各地をつなぐような新たな仕事ができるかもしれないという思いが芽生え、2009年にイベント事業、プロデュース事業を手掛ける47PLANNINGを設立しました。
ーー経営者になって、大変だったことはありますか。
鈴木賢治:
設立間もない2011年に東日本大震災が発生しました。そのとき、いわき市の実家の工場は全壊し、さらに当時はイベント業が中心だった弊社もイベントが激減したため、大変苦しい時期を過ごしました。ただし、幸いにもさまざまな方に助けていただき、1年以内に実家の工場で手がけていた事業も47PLANNINGも立て直すことができました。
また、コロナ禍でイベントや福島の飲食店事業は客足が激減し、大きな打撃を受けました。イベント事業はワクチン接種会場の運営を受託し、なんとか利益を保てたものの、プロデュース事業と2021年8月に開業したばかりの「BYAKU Narai」は赤字でした。
ただ、「BYAKU Narai」の存在とその価値には自信があったため、友人や知人に宿泊してもらい、口コミで集客を図りました。現在も広告は出しておらず、メディア掲載や口コミを通じて、少しずつ認知度が高まっています。
地域密着型プロデュース事業のことと、高評価を誇る宿「BYAKU Narai」の魅力
ーー株式会社47PLANNINGは、具体的にはどのような事業を行っているのですか。
鈴木賢治:
もともとは、イベントの企画・制作及び運営事業と、プロデュース事業を行っていました。しかし、企業価値を高めるために弊社にしかできないことは何かを何度も社内で話し合った結果、2024年にイベントの企画・制作及び運営事業を譲渡して(企画制作は2024年12月予定)、現在は宿「BYAKU Narai」を軸としたプロデュース事業に専念しています。
「BYAKU Narai」は、中山道の宿場町である歴史的建物をそのまま継承した宿を中心に、地域の文化を体感してもらう趣旨で、レストラン、ラウンジ、酒造、バー、伝統工芸ギャラリー、温浴施設の6つを併設しています。
宿という漢字には、うかんむりに「人」、そして「百」の文字が入っています。それを弊社では「百の家、百の人、百の物語」と解釈し、「BYAKU Narai」に宿泊することで何百もの体験をし、思い出をつくっていただくことを運営の目的としています。そのため、地域の宝をお預かりし、この地域のファンになってもらうことを目指しています。
ーー口コミで広がっている「BYAKU Narai」の魅力とは何ですか。
鈴木賢治:
まず、宿は町のシンボルでもあった1793年創業の「杉の森酒造」をはじめとする4棟の特徴的な歴史的建造物を引き継いだもので、もともとの⽤途、間取り、雰囲気がそれぞれ異なる16室からなり、建物が歩んできた歴史を体感していただけます。ただし、懐古的な保存再生だけでなく、居住快適性や安全性にもこだわり、お客様に快適に非日常を感じていただけるような空間をつくり出しました。
つぎに、食へのこだわりです。開業当初から地元の食材を利用したコース料理を提供しています。野菜や川魚などの食材は、鮮度に拘り調理しており、特に川魚は、生け捕りしたものを提供直前にさばくなど、鮮度にもこだわっています。2024年7月に、ミシュランキー(ホテル部門)の一つ星をいただきました。
また、奈良井宿は漆器の産地なので、料理の提供には、すべて地元の漆器を使用しています。漆器は手洗いが必要で手間はかかるのですが、お客様には大変喜ばれています。この漆器をお求めの方は、漆器職人のもとへお連れし、直接説明を聞いて購入していただいています。
これはお客様にとって、一生忘れられない思い出となり、職人の方からも感謝の声をいただく理由となっています。職人の方々は今では、漆器制作の工程を紹介するなどのプラスアルファのおもてなしを提供してくれる存在です。
そして何よりも、地域との「密着」を大切にしています。お客様に期待を超える感動を味わっていただけるように、さまざまな趣向を用意した結果、弊社から特にお願いをすることもなく、Booking.comには2024年9月時点で244件の口コミが寄せられ、10点満点中9.7点という高評価をいただいています。
地域活性化と日本の国力向上を目標に、全国展開を目指す
ーー今後の展望をお聞かせください。
鈴木賢治:
現在は、長野県の奈良井宿のみですが、2030年までに5か所程度、最終的には全国の各地方に1か所ずつ、計10か所程度に増やしたいと考えています。その規模に達したときには、日本のすばらしさを体感できる宿として、国内外から選ばれる宿にしていきます。
弊社の仕事は、お客様や地域の方から、直接「ありがとう」を言っていただけるものです。弊社では、ES(従業員満足度)やCS(顧客満足度)の他に、「RS(地域満足度)」も大切にしています。自分たちの利益だけを追求するのではなく、地域の方にもご満足いただくことで、宿がある地域の活性化を促進し、さらに日本全体の国力向上につなげることをミッションと考えています。
ーーどのような方を採用したいとお考えですか。
鈴木賢治:
今後「BYAKU Narai」を全国展開させていくため、年齢層の制限は特になく、新しい宿を作る開発のプロジェクトマネージャーや、新しい宿の支配人候補や料理長候補など、宿の運営メンバーを募集していく予定です。
奈良井宿の「BYAKU Narai」は、子会社である株式会社奈良井まちやどが運営していますが、今後、広める各地の宿も同様に、子会社の運営によって展開していく予定です。現在、奈良井まちやどは、正社員13名、アルバイト約30名の規模ですが、各地でも同様の規模を想定しているため、2030年までに正社員だけでも50名以上は採用する予定です。
「地域が好き」「日本をよくしたい」という思いを持っていることが大前提で、人との関わりに興味がある方、目に見える形で地域をよくしたいと願う方に向いていると思います。
編集後記
地域活性化といえばイベント開催が思い浮かぶが、その枠にとどまらず、飲食店や宿を自分たちで運営し、地域にお客様を誘導する株式会社47PLANNING。「非合理の理」と語る鈴木代表は、一見遠回りに思えることでも、地域活性化のためであれば厭わない。
新卒採用は実施していないものの、その特徴的な取り組みに共感し、問い合わせフォームから連絡をする学生もいるという。鈴木代表のもとに地域をよくしたいと願う仲間が集まっているからこそ、広告を出さずに口コミだけで、2023年度「BYAKU Narai」は黒字化を達成している。今後も地域を活性化させ、日本全体の底上げに寄与することは間違いないだろう。
鈴木賢治/1982年生まれ、福島県いわき市出身。2009年に株式会社47PLANNINGを設立し、代表取締役に就任。2011年、東日本大震災が発生し、実家も津波により全壊する中、福島県いわき市駅前に復興飲食店街「夜明け市場」を設立。2021年、長野県塩尻市の宿場町である奈良井宿で築200年の酒蔵を改装した宿「BYAKU Narai」を開業。