1952年に毎日新聞社の印刷工場として創業した東日印刷株式会社は、大口新聞の受注増に伴って工場・設備を拡大し、現在グループで23セットの輪転機を保有する。国内最大級の新聞印刷企業として地位を築いてきた。
近年は印刷会社の特性を活用した編集事業、環境に配慮した次世代向け製品の開発のほか、デジタル事業など、新聞印刷以外の新しい分野に活路を見出している同社。
次々に新事業に着手する背景にはなにがあるのか。2024年に就任したばかりの代表取締役社長・西川光昭氏に、新聞記者出身という異色のプロフィールや経営ビジョンを含め、詳しく話を聞いた。
「経営に向いてない」と思った新聞記者から経営者に転身
ーー新聞記者を目指した動機と経歴を教えてください。
西川光昭:
かつて中国地方の新聞社が、暴力団の抗争で市民が巻き込まれた事件を取り上げ、その勇気ある行動をまとめた作品が菊池寛賞を受賞したことがあります。そのことに感動し、学生時代から新聞記者を志望していました。
念願かなって大学卒業後に毎日新聞社へ入社し、オウム真理教事件を担当するなど23年以上記者を務めてきましたが、思いがけないことがきっかけで別の道が開けました。
九州の西部本社に赴任していた時、「事件取材の回り方」を過去の体験からテキストにまとめ、指導したことがあります。それが本社人事部の目に留まり、「人材育成や新人採用に携わってみないか」と誘われ異動することになったのです。
ーー異動から社長就任までの経緯をお聞かせください。
西川光昭:
2012年にグループ会社である弊社の総合企画室という、より経営に近い部署に出向となりました。本来、社会正義のためなら自分の会社にとって不利益になることでも記事を書く新聞記者に、経営は向いていないと思っていました。
苦労するだろうと予想していましたが、今まで自由に社会正義を追いかけさせてくれた会社への恩返しの気持ちもあります。いい勉強になるだろうから頑張ってみようと決意を固めました。
その後は中小企業診断士の資格を取得し、経営スキルを積んでいきました。総務、経理、人事など、現場と営業以外のすべての部署を経験して会社経営に携わり、2024年に社長に就任しました。
ーー社長に就任してどんなことを意識して経営に臨んでいますか?
西川光昭:
2000年前後をピークに新聞の発行部数は長く減少の道をたどっています。祖業の新聞印刷を継続しながら、収益の減少を補うため、8年ほど前から前社長とともに経営の多角化を進めてきました。
デジタルやロケ地提供、不動産をはじめ新しい事業はそれぞれ芽を出しつつあり、これを本格稼働していくのが社長の重要な役割だと決意を新たにしているところです。
新規事業は社員の能動的な学びから生まれる
ーー貴社の強みを教えてください。
西川光昭:
弊社の強みは、ものづくりへのこだわりはもちろん、宅建士や社労士、中小企業診断士といった資格を自ら取るなど、専門分野を学習する意欲のある人材が多くいることです。
伸び盛りのデジタル事業も最初は外から人材を入れたわけではなく、印刷現場の社員がウェブ技術を2年かけて習得し、内製化した上で事業をスタートしています。
ドラマやCMなどの撮影場所を提供するロケ事業には、「最高のサービス」を掲げてきた社風が活きました。誰にも分け隔てなく丁寧に対応する社員や、執務中のオフィスも空けて貸し出すといったサービスが制作会社の評判を得て、今では新規事業の主力を担うほど大きく成長しました。
また、これまでと異なる業種にもチャレンジしています。たとえばひんやり冷感のマスクが大ヒットしたネット通販事業「T-BOX」も、社員の自主的な学びとアイデアから生まれました。
7人もの社員が自主的に宅建士の資格を取っている不動産事業の「T-space」も含め、弊社の新しいビジネスは、いずれも多様な社員力が高じて生まれたものなのです。
ーー新事業を具体的にご紹介ください。
西川光昭:
新事業の1つが、ものづくりの技術で次世代向けに開始したファブリックサイン(電照布看板)事業の「T-signage(ティーサイネージ)」です。
通常の電照看板はアクリル板でできているため、最後は産業廃棄物になりますが、提携しているベンチャー企業が国際特許を取ったルーファスというこの商品は、布なので普通に捨てられ、産廃を出しません。
さらに原料のファブリックはペットボトル100%のリサイクル布を採用し、製造時のCO2排出量を95%削減できるので、限りなく環境に配慮したエコ製品といえます。布は弊社で印刷します。
ーーDXに特に力を入れているとお聞きしました。
西川光昭:
デジタル事業「T-NEXT」の代表作の1つ、「ネクスタ・メイシ」は法人向けの名刺管理アプリです。これがあればユーザー間の人脈を可視化、共有することで販売や機会のロスを軽減することができます。
また、名刺は保護すべき個人情報でもあります。弊社はメディアグループの一員として厳しい情報管理を課されており、アプリも強固なセキュリティ機能を備えています。
「T-NEXT」はほかにもECサイトの構築やコンテンツ管理など、インターンシップをきっかけに入社したインド工科大学出身エンジニアの優れた技術をベースに、今まさに果実を実らせているところです。
社名ロゴを刷新してブランドの育成と未来の発展を誓う
ーー人材面の特色についておうかがいします。
西川光昭:
現在はインド出身のエンジニアが増えたほか、バングラデシュやロシアからの人材も定着しています。こうした背景には、多種多様なカルチャーを受け入れるダイバーシティの精神やフレンドリーな社風、社員同士のサポート体制が大きく影響しているのでしょう。
希望して入社する多国籍の高度人材が増えることで、ますます新しいビジネスを生み出す環境が整っている状況です。
ーー今後の展望をお聞かせください。
西川光昭:
報道媒体としての新聞印刷事業を守りながら、「印刷もやっている企業」として多角展開を目標に掲げています。その期待を込めて2022年5月の70周年を機に社名のロゴをアルファベットに変更し、O(オー)の中に未来を見つめる目をデザインしました。これは堅苦しいイメージから脱皮を図る狙いとともに、変わっていく決意を社内外に伝える思いも込められています。
新しい事業の売り上げはまだ全体の2割ぐらいですから、さらに伸ばして新聞印刷と並ぶ収益の柱にしていくのが当面の課題です。テクノロジーやデジタルスキルを習得して競争力を高め、ステップアップした100年企業を目指していきます。
編集後記
現在、稼ぎ頭の1つとなっているロケ地の提供事業で同社は、2020年に福島県猪苗代町と撮影誘致について提携を結んでいる。実はこの企画、「コロナ禍で沈んでいる出身地を助けたい」という一社員の熱意から実現したのだという。
社員が率先して手を挙げ、また会社がやる気をバックアップする。垣根がなく開かれた社内環境がうかがい知れる興味深いトピックだった。
西川光昭/1958年広島県生まれ、上智大学卒業。毎日新聞社に記者職で入社し、東京社会部警視庁キャップなど主に事件取材を担当した後、人事部長などを歴任。2012年から東日印刷に出向・入社し、2024年に同社代表取締役社長に就任。