※本ページ内の情報は2025年6月時点のものです。

老舗バッグメーカーとして長年愛されてきた株式会社ヤマト屋。国内生産で品質の高さにこだわっているほか、撥水加工を施し、軽量化を実現するなど使い勝手の良さも追求した商品を提供している。今回、代表取締役社長の正田誠氏に、コロナ禍を乗り越えた秘策や、3世代に愛されるバッグブランドを目指す戦略などについて、話をうかがった。

修行時代と家業の基盤づくりに奔走した日々

ーー正田社長のご経歴をおうかがいできますか。

正田誠:
銀座にある老舗の文具小売店に就職し、画材売り場で版画を担当していました。そのときの上司が裁量権を与えてくれる人で、入社したばかりの私に仕入れを任せてくれました。自分で厳選した商品が店頭に並び、お客様が手に取っている姿を見たときは嬉しかったです。

また、お客様に商品を提案して「君がおすすめしてくれたものをもらうよ」と言っていただけたときは、とてもやりがいを感じました。年末に印刷機の販売を担当したときは売上日本一になり、テレビやラジオ、新聞の取材を受けたこともありました。

こうして仕事に打ち込む中、入社から3年経つ頃に当時社長だった父から「もう遊びは終わりだ。戻ってこい」と言われました。残業も多く大変な面もあったのですが、私があまりにも楽しそうに仕事をしていたので、父からするとふらふら遊んでいるように見えたのかもしれません。こうして前職を退職し、ヤマト屋へ入社しました。

ーーヤマト屋入社後は、どのようなことに取り組まれていましたか。

正田誠:
人員が少ないこともあり、生産管理の仕事に加え、営業回りもするようになりました。百貨店のイベントの飾り付けが終わったら事務所に戻って仕事をするといったように、フル稼働の状態が続いたのです。

さらに、業務効率化を図るべく、社内のパソコン環境にも着手しました。当時はワープロパソコンが2台あるだけの状況でしたが、Windowsパソコンを十数台導入し、社内ネットワークを構築した結果、データの一括管理が可能になりました。

コロナ禍の充電期間に準備した新たな販売戦略

ーー経営者になられてから、苦労したエピソードをお聞かせください。

正田誠:
最も大変だったのが、コロナ禍の売上の急落です。外に出る機会が減ったことで、バッグを買い求める方が一気に少なくなってしまったのです。毎月の経営会議では会計士の先生から「資産があるうちに動いた方がいいので、会社をたたむなら今ですよ」とも言われましたね。

ただ私は「この2〜3年を耐えれば、景気が回復したころに元気のない同業者を横目に、私たちが勝てるはずだ」と思っていました。そのため、それまで何とか耐え忍ぼうと、事業の継続を決意しました。

ーーそこからどのように経営を立て直していったのですか。

正田誠:
嵐が過ぎ去るのをじっと待っていても仕方ないので、「今しかできないことをしよう」とさまざまな仕掛けをしました。まず行ったのが、女性モデルを起用したInstagramの発信です。お客様がイメージしやすいよう、モデルの方に日替わりで弊社のバッグを使ったコーディネート画像をアップしました。

また、希望するお客様に商品カタログの発送も開始。これは小売店の店長から「お客様に配れるカタログが欲しい」と言われたのがきっかけでした。それまでは実店舗にしかカタログを置いていなかったため、お客様がゆっくり商品を選べないだろうと考えたのです。

そのアドバイスをもらった直後にコロナ禍になったため、私たちは百貨店に足を運べないお客様が通信販売で購入できるよう、カタログをご自宅に郵送しました。こうした販促活動が実を結び、徐々に売上が回復していきました。

ーー窮地に陥っても諦めず事業を継続してこれた理由をお聞かせください。

正田誠:
私のモットーは「毎日ワクワクし、後悔のない人生を送ること」。日々厄介事は降りかかってきますが、歯を食いしばって耐えるのではなく、「この先にはきっとワクワクすることが待っている」とポジティブにとらえるようにしています。

社員から改善提案を募り、業務の効率化を推進

ーー改めて貴社の強みを教えてください。

正田誠:
自分たちの考えを柔軟に変えていける点が強みです。会長がよく言うのが、「進化の世界では強いものではなく、変化に対応できるものが生き残る」という言葉。その一例として、弊社では日々の業務改善を行う「ゆとり創出プログラム」を実施しています。これは「面倒だと感じる仕事を5分の1の作業時間で終わらせるにはどうしたらいいか」を話し合うものです。5分の1まで時間を短縮するとなると努力や修正だけでは無理なので、根本的な解決方法を考えるのがポイントになります。

そして、社員が改善した方がいいと思ったことは、「気づき日報」として提出してもらうようにしています。業務改善できそうだと感じたことを朝礼で発表し、年間で一番貢献したと評価された社員にはトップ賞を渡すことで、自発的に改善案が出る環境を整えています。

ーー商品開発ではどのような工夫をされていますか。

正田誠:
弊社では時代やお客様のニーズに合わせた商品開発を行っています。以前は私や同年代の男性社員が商品開発を担当していました。しかし、お客様が本当に欲しいと思う商品をつくるために、ターゲット層に近い社員やモデルの方々の意見を参考にしています。

その中で新たに立ち上げたのが、Instagramアンバサダー商品開発プロジェクト「YAM-T(ヤムティ)」です。モデルの方々には月に1回ミーティングに参加してもらい、新商品のアイデアも出していただいています。私たちでは思いつかないアイデアが次々と出るため、消費者のニーズを取り入れた商品づくりに活かせています。

商品開発をする社員たちも自分たちが本当に使いたいカラーを提案してくれるので、市場とのズレがかなり少なくなりましたね。

さらなる売上拡大を達成し、社員に還元したい

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

正田誠:
今後は、3世代で使っていただけるブランドを目指しています。そのために、これまでは70歳以上のお客様がメインでしたが、60歳の娘さん世代、30〜40歳のお孫さん世代の方もターゲットにしていこうと考えています。

多くの企業はターゲット層を若年世代へシフトさせがちです。しかし、弊社はシニア層向けの商品も残しつつ、ターゲット層を広げるのが狙いになります。そのためにつくった新シリーズが「NV151」です。シンプルかつ上品なデザインにして、カラーにもこだわることで、若年層の方に好まれる商品を展開しています。最近では、「お母さんにプレゼントするバッグを選んでいるうちに、自分も欲しくなって買ってしまった」というお声もいただいています。

ーー最後に今後の目標をお聞かせください。

正田誠:
海外展開に力を入れ、将来的には国内と同じ売上規模にすることを目指しています。実際に台湾向け輸出は39ヶ月連続で右肩上がりと、順調なスタートを切っていますね。海外ではスピードが求められるので、決裁権を持つ私が自ら現地に出向いて交渉し、その場で決断しています。

国内では、直営、卸、EC、百貨店など多くのチャネルを持っていますので、その各チャネルからの認知度アップ、ファンづくりの取り組みに注力します。

こうして会社全体の利益を底上げし、社員全員に満額の賞与を支払い、さらに昇給を実現するのが直近の目標です。日々会社のために熱心に働いてくれる社員に還元できるよう、さらなる売上拡大を目指していきます。

編集後記

コロナ禍で経営危機に陥る中、景気が回復した後のことを考え、スタートダッシュを切れるよう戦略を練ってきた正田社長。先が見えない世の中でも希望を捨てない前向きな思考ができるのは、現代の経営者にとって重要な素質だ。株式会社ヤマト屋はこれからも品質と機能性、デザイン性に優れた商品を展開し、多くの世代の方に愛されるバッグメーカーで在り続けることだろう。

正田誠/1966年東京生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。文具小売店の老舗である銀座伊東屋に3年間勤務。その後、家業である株式会社ヤマト屋に入社。生産管理主任、同課長、営業課長、企画営業室長、常務取締役、専務取締役を経て、2008年に代表取締役社長に就任。NPO法人日本テディベア協会理事として、ボランティア活動にも携わっている。