株式会社ビースポークは、AIチャットボットやスマートグラスといった最先端技術を駆使し、革新的なビジネスモデルを展開している企業である。数千億円規模の事業成長を目標に掲げ、災害対応や建設業の人手不足といった、今の日本社会が抱える課題にAIを活用することで真正面から取り組んでいる。今回は、社会に新たな価値を創出するために挑戦を続ける綱川氏に、起業の背景や今後のビジョンについてうかがった。
世界遺産の裏側で見つけた「違和感と現実」が起業のルーツ
ーー起業のきっかけを教えてください。
綱川明美:
実は、最初にビースポークを起業した時はAIチャットボットの会社ではありませんでした。
私はもともと、安定したサラリーマン生活に憧れていたので、起業したいという思いも全くなかったのです。毎朝同じ時間に起き、決まった仕事をこなし、定時に帰宅するという生活を理想としていました。
そんな私のターニングポイントは、一人旅でとある世界遺産に行ったときのことです。行く前に写真で見たときは美しい景色が写し出されていたのに、実際に訪れてみると、ガイドブックの写真とは全く違っていて、ガッカリしました。ホテルのフロントでそのことを話すと、「あなたが参加したツアーは日帰りなので、写真の場所は見れない」と言われ、現地に知り合いがいなければ、良い情報を得るのは難しいのだと痛感しました。
帰国後、自分のことを振り返ってみると、サラリーマンとしての生活は安定しているように見えて、実際には自分の時間や人間関係、お給料、働く場所など、自分で選べることがほとんどないことに気づきました。それに比べて、起業すれば自分で全てをコントロールできると考え、サラリーマンでいる方がむしろリスクが高いのではないかと強く感じ、起業を決意しました。
AIチャットボットの活用で人々の日常をより便利にしていく
ーー起業後、どのようにして現在の事業に行き着いたのでしょうか?
綱川明美:
最初は、海外に知り合いがいなくても、現地の人が案内してくれるような旅ができるサービスを、自分で立ち上げてみようと思っていました。事業を進めるうえで、次第にAI技術に興味を持つようになり、チャットボットの開発に乗り出しました。2015年当時、日本ではまだAIチャットボットが一般的ではなく、私たちのサービスは非常に新しいものでした。
最初は、ホテル向けのコンシェルジュ機能を持つチャットボットを提供するところから始まりました。ユーザーからのフィードバックをもとに改良を重ね、サービスの質を高めていきました。この試みが成功し、次第に企業や官公庁にも導入が進んでいったのです。
ーーサービスの内容を詳しく教えてください。
綱川明美:
私たちが提供するチャットボット「Bebot(ビーボット)」は、コミュニケーションツールとして広く行政で活用されています。最近では横浜市にも導入していただきました。横浜市には保育園や保育所がたくさんあるので、このツールを通して最適な保育施設を選べるようサポートしています。これまでは問い合わせが必要だった情報も、チャットボットが迅速に対応することで、市民サービスの向上を目指しています。
また、私たちは日本全体の災害対応にも力を入れています。こちらは、日本語だけでなく多言語でも対応できる仕組みです。たとえば、地震や台風、新型コロナウイルス流行などの非常事態の際には、行政のコールセンターが対応しきれなくなります。そんなときに、チャットボットが臨時で対応を担っています。
沖縄の竹富町のように役場が島内にない地域では、船で移動する必要があり、高齢者にとって大きな負担となっているのが現状です。このような地域でも、チャットボットが行政の質問に答えてくれるサービスを提供し、活用されています。
スマートグラスの導入で社会問題の解決につなげる
ーー現在、注力されているスマートグラスついて教えていただけますか?
綱川明美:
弊社のスマートグラス事業では、「即戦力の大量生産」を目的として展開しています。スマートグラスは、見た目はメガネのウェアラブルデバイスです。右側にボタンがあるので、それを1回短めに押すと撮影、長押しすると録画ができます。この機能を、各業界の人材教育に活用しています。
熟練したベテランスタッフの作業を撮影・録画し、そのデータをもとに他のスタッフが同じ作業を効率的に学べます。この技術は、建設や介護、ホテル業界などで活用されており、人手不足が深刻な業界でのニーズが非常に高まっています。多言語でも対応可能です。
ーースマートグラス事業にかける思いはどのようなものですか?
綱川明美:
この事業を通じて、日本の産業を全体的に活性化することを目指しています。現時点では、データの収集と検証の段階にありますが、今後数年間で数千億円規模の事業に成長させたいと考えています。このスマートグラスを新たな事業の柱に据え、日本国内だけでなく、世界市場でも競争力を獲得したいと思っています。
編集後記
ただ単に利益を追求するだけでなく、社会的責任の遂行に強い信念を持つ綱川社長。スマートグラス事業に対する情熱は、単なる技術革新にとどまらず、社会全体にポジティブな影響を与えたいという想いが根底にあった。その取り組みは、持続可能な社会の構築という大きな目標に向けて進んでおり、今後どのように展開するか目が離せない。
綱川明美/2009年UCLA国際開発部を卒業後、投資銀行と資産運用会社でキャリアを積む。2015年に株式会社ビースポークを設立し、「Bebot」を公共機関向けに展開。世界15カ国からトップ開発者を集め、「AI × 国際空港」などの革新的なAIプロジェクトをプロデュース。災害時のコミュニケーション支援にも注力。デジタル臨時行政調査会の有識者としてアドバイザーを務め、2023年には「JX Awards 2023特別賞」を受賞。