兵庫県豊岡市に本社を置く中田工芸株式会社は、日本で唯一70年以上木製ハンガーの製造・販売を手がける老舗企業だ。プラスチック製のハンガーが主流となり、国内メーカーが相次いで倒産していく中、木製ハンガーの製造にこだわり続けている。
自社ブランド立ち上げの経緯や、ギフト用にハンガーを売り出したきっかけなどを、3代目の代表取締役社長、中田修平氏にうかがった。
東京進出のタイミングで家業の道へ!販路拡大を目指し自社ブランドを立ち上げ
ーーまず中田社長の経歴についてお聞かせください。
中田修平:
アメリカの大学を卒業した後は、ニューヨークの企業で働いていました。ただ、代々商いをしていた家に生まれたので、家業のことも頭の片隅にありました。その後、帰国を機に父が経営する会社に入ろうか迷っていたところ、東京に営業所をつくる話を聞いたのです。
そこで、東京で暮らしながら新しい拠点を一からつくるのは面白そうだと思い、家業に入って事業の立ち上げに携わりました。
ーー入社した翌月に自社ブランド「NAKATA HANGER(ナカタハンガー)」を立ち上げたきっかけは何でしたか。
中田修平:
BtoBがメインのところから、BtoCに力を入れるためです。2000年頃から自社の通販サイトを持っており、一般の方々にも弊社のハンガーをお買い求めいただいていました。そのため、営業チームもBtoCに対応できる基礎があり、それがブランド立ち上げにつながったのです。
なお、1996年頃には、すでに企業サイトも立ち上げていました。当時はまだホームページが普及していない時代でしたが、父がイチから勉強して立ち上げたのです。このように、父は新しいものにいち早く挑戦するタイプでしたね。「中田工芸さんのHPは特徴的だね」と言われるほど、1ページに全てをまとめるところから始まりました。今では笑い話ですが、これが常に新しいことへチャレンジし続けるという、弊社の企業文化の始まりでした。
ちなみにホームページやサイトだけでなく、カタログなどもすべて自社で制作しています。自分たちでできることは分担しながらしようという考え方は今も続いています。
ギフト需要に目をつけ、ファッション以外の販路を開拓
ーー社長就任後の取り組みについて教えてください。
中田修平:
父がよく「たかがハンガー」と言っていたように、ハンガーの機能は服をかけるだけです。そこで漆塗りのハンガーの製作や、アンティークのハンガーの展示会など、お客様に興味をもっていただく施策を行いました。
そしてあるとき、お客様が弊社のハンガーをプレゼント用に購入されると聞き、ギフトとしての需要があることに気付いたのです。そこで思い出したのが、創業者の祖父がよく口にしていた「ハンガーは洋服の『服』と幸福の『福』をかけるふく掛けだ」という言葉でした。
そこから着想を得て2009年に始めたのが、結婚式の引き出物としての販売展開です。「服を掛ける」にかけ、「福をかける」というコンセプトで売り出したところ、大きな反響がありました。
現在では学校の卒業記念品のほか、企業の記念品としての需要も増えてきています。こうしたギフトとしての付加価値が加わったことで、ファッション業界以外の企業から問い合わせをいただくようになりました。
また、「走るホテル」と言われる高級寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風(みずかぜ)」にも特注ハンガーを提供しました。なお、弊社からは特に営業は行っておらず、評判を聞きつけたお客様から次々とお声がけいただいています。
社員が心地よく働け、成長を実感できる職場づくり
ーー経営者として大切にしている考えをお聞かせください。
中田修平:
ビジネスにおいて業績や数字以上に大切なのは、一緒に働いている社員と、弊社の商品をお買い求めくださるお客様です。特に社員とは10年、20年という長い時間を過ごすので、人として成長でき、自信や誇りを持てるような組織を目指しています。
そのため社員研修には特に力を入れています。以前は先輩の背中を見て覚えるという時代でした。しかし、やはりきちんと言葉で教えないと、新しく入ってきた方は不安ですし、成果も出ません。また、先輩社員にとっても新人に対して教育を行うことで、自分自身の成長につながります。
教えてもらう方もずっと受け身ではなく、数年後に今度は自分が教える立場になれるよう、成長していってほしいですね。社員には仕事を通じて得る経験や体験を大切にしてほしいと思っています。
ーー組織改革についてはどのような考えをお持ちでしょうか。
中田修平:
社員が安心して働ける環境づくりを心がけています。ハラスメントに関しては、一切の許容をしないゼロトレランス(zero tolerance)を明言しています。また、ジェンダーギャップの解消にも力を入れていますね。性別で仕事を振り分けるのではなく、個人の能力や適性によって評価しています。
女性社員の中には優れた語学力を持つ人も多いので、20代のうちから積極的に海外で経験を積んでもらっています。そのため、海外部門では女性が多く活躍していますね。現在、海外部門が大きく伸びているのは、性別に関係なく人員配置をしているのもポイントだと思います。
価格ではなく質で勝負!産業観光で地元・豊岡市に貢献したい
ーー事業展開についてはどのように考えていますか。
中田修平:
プラスチック製のハンガーとは違い、弊社の木製ハンガーは社員が1本1本丹精込めてつくったものです。つまり、大量生産したからといって、原価が安くなるものではありません。
そのため、弊社は価格の安さではなく、質の高さで勝負したいと思います。品質に価値を見出していただけるお客様に、弊社の商品をお届けしたいのです。そのため従来のBtoBを継続しつつ、商品の付加価値を高められるBtoCと両輪での成長を目指していきます。
また、国内事業をベースとしながら、今後は海外進出にも注力していきたいですね。海外部門の成長率は順調に伸びているものの、売上は全体の7%程度なので、さらなる売上拡大を目指して尽力していきます。
ーー最後に今後の展望についてお聞かせください。
中田修平:
今後は一般の方を対象とした、オープンファクトリーを実施したいと考えています。ただ製造工程を見るだけでなく、私たちの商品づくりにかける思いを感じてもらえる体験型観光を提供できればと思っています。将来的には、ハンガーミュージアムもつくれたらいいですね。
そして、弊社の施設を拠点として、地元の産業観光につながればと思っています。他の地方と同様に豊岡市も人口減少が進んでいるので、豊岡市から世界へ発信し、多くの方に町の魅力を知っていただきたいですね。こうした地域貢献に力を入れるためにも、日本を代表するハンガーメーカーとしてさらなる成長を目指します。
編集後記
伝統的な製造技術を守りながら、時代の変化に合わせて新しい価値を創造してきた中田社長。組織づくりについて熱心に語る姿からは、社員を思いやる強い気持ちがひしひしと伝わってきた。ハンガーを通じて人々の暮らしに寄り添い、社会に貢献する中田工芸株式会社の今後に注目だ。
中田修平/1978年生まれ。アリゾナ大学ビジネス学部を卒業後、ニューヨークにて就職。2007年、中田工芸株式会社に入社。同年に自社ブランドNAKATA HANGERを立ち上げ、東京青山にショールームを開設。アパレル向けに留まらず、ギフト向けの商品を販売するなど、ハンガーの新たな市場を切り拓く。2017年に事業承継して代表取締役社長に就任。ロンドンや香港でイベントを開催し、海外進出も積極的に行っている。女性活躍を推進し、働きがいのある組織づくりに注力。