※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

株式会社吉村は、日本茶のパッケージ製作を主な事業としながらも、店舗では菓子類や便利なお茶グッズも取り扱う企業だ。これまでに数多くの働きやすさに関する賞を受賞しており、その背景には代表取締役社長の橋本久美子氏の独自の経営理念と経験がある。橋本氏に、同社の事業展開の背景と未来について詳しく話をうかがった。

男性社会が主流だった時代、「実績」を積み重ねて社長に

ーー橋本社長のご経歴について教えていただけますか?

橋本久美子:
1982年に先代社長である父の会社である弊社に入社し、総務や営業事務で4年働いた後、出産を機に専業主婦になりました。

主婦として生活している中で、日本茶があまり飲まれていないという事実と、主婦仲間が自分で淹れるよりもペットボトルのお茶を温める方が美味しいというギャップに気付きました。この現実を父に伝えましたが信じてもらえず、主婦仲間にインタビューするビデオを撮影したのです。これがきっかけで父から依頼され、座談会を開催し記事を書くようになりました。

ーー主婦としての経験が大きな影響を与えたのですね。本格的に復職されたきっかけは何だったのでしょうか?

橋本久美子:
当時現場に女性が少なく、座談会で女性消費者にデザイン案を選んでもらうと、父や営業部長の意見とは異なるものが上位になることが多くありました。そこで桜の柄を使った「春待ち茶」のパッケージを提案し、売れたことがきっかけで父から戻ってくるよう言われたのです。復職後も、座談会などでの結果を見せながら、「やってみようか」と納得させ、実際に売れる商品をつくるということを積み重ねました。

ーー代表取締役社長になった経緯についてもお聞かせください。

橋本久美子:
弊社は祖父が内職で紙のお茶袋をつくっていたのが始まりです。父の代でフィルム製の袋がつくれるようになり、これからは産地で茶葉を詰めるようになるから川上に行こうと、静岡に工場をつくり、売上を伸ばしました。

しかし近年ではコーヒーやペットボトルが普及し、売上が減少していました。その頃、決算取締役会の前日に呼び出され、「自分は一生懸命取り組んでも今日の飯のことしかできない。お前は明日の飯を担当しろ」と言われて、翌日から社長になったのです。

日本茶の普及には、専門性よりも再現性

ーー現在の事業内容と強みについて教えてください。どのような点に力を入れていますか?

橋本久美子:
弊社は日本茶を主とした食品パッケージ製作を中心に事業展開しています。お茶に関連するさまざまな業種8000社と取引があり、茶器や日本茶に合う菓子も取り扱っています。特に、社員の提案で始めたチョコレートの製造販売が注目されています。

弊社の強みは、日本茶業界に特化し、日本茶の需要を伸ばす視点からイノベーションを行えることと、珍しいデジタル印刷を取り入れていることです。小ロットでもフルオリジナルで、お客様の需要に合ったものを提供できるのが特徴です。

ーー2023年にオープンした店舗についてもうかがいたいです。その意図と狙いは何ですか?

橋本久美子:
戸越銀座の店舗「茶雑菓」の顧客は、20代から40代が中心です。「抹茶ビール」、茶筅不要で抹茶をつくれる「抹茶ミニシェイカー」の販売や、「お茶割りBAR」などのイベントも開催しています。取引先との連携にも力を入れ、店舗内覧会の開催のほか、毎月入れ替わる月替わりのお茶屋さんと一緒に茶畑や茶工場の様子がわかる動画配信などもしています。

店舗事業部の理念は、社員が考えた「社会性×科学性×人間性」です。自社の利益だけでなく社会に還元すること、事業として持続できる持続的に利益を生み出せる仕組み、関わる人の働きがいや幸せ。これらのどれがゼロでも成り立ちません。日本茶の家庭内消費を増やすには、専門性よりも再現性が重要です。

お茶専門店とは異なる形で、「自分でも・家庭でもできる」と体験し実感してもらう場となり、ペットボトルしか飲んだことがないような「日本茶エントリーユーザー」の家庭に入っていく動線をつくることを重視しています。

充実の制度や会議ルールで社風の浸透を実現

ーー社風や社員との関係についてもお話しいただけますか。大切にしていることは何でしょうか?

橋本久美子:
大切なのは、マニュアルや正解がわからない中、深刻になりすぎず客観視しながら、ご機嫌で走り切るマインドです。そのためにも、何のために働いているのか、何を目指しているのかを社員と共有する、理念経営を大切にしています。やってみれば景色が変わる、できる・できないよりもやりたいかやりたくないかです。

ーー人材活用の施策として具体的にどのような取り組みをされていますか?

橋本久美子:
「つわり休暇」(有給)を設けたことで、出産退職はゼロになりました。退職した人が元の職種・元の給与で復職できる「MO(戻っておいで)制度」もあります。また、弊社では部署を問わず誰でも新商品の提案ができます。意見を言いやすい環境にするため、女性、または入社3年以内の人に限る「21世紀枠」が経営会議の半分を占めるようにしたところ、皆が起案してくるようになったのです。

会議では1人が20秒以上話さない、4人グループでの話し合いを入れ、2回パスすると退場などのルールを定めています。その結果、「東京都女性活躍推進大賞」などの多くの賞をいただくことができました。

ーー今後の目標について教えてください。どのようなビジョンを持っていますか?

橋本久美子:
私は2027年に社長を退き、代表権を手放すつもりです。自分が「明日から社長に」と言われて大変な思いをしたので、引退予定を公にしています。社員は今でも、私ではなく企業理念を見て判断してくれていますが、引退までに実現したいのは、私がいなくても運営できる会社にすることです。

ーー最後に、会社の未来についての考えを教えてください。

橋本久美子:
世の中を自分たちのビジネスで良い方向に変えられると思えることが大切だと思います。私たちにとっては、日本茶の家庭消費が続くようにすることがその一つです。でも、日本茶だけに限るつもりはありません。価格だけを重視するのではなく、得意なロット数などの特徴を活かしつつ、どういう未来をつくりたいかの思いがある人から選ばれるようにしていきたいです。

編集後記

橋本社長は、男性社会の中で生活の事実を基にしたアプローチを続けてきた人物である。2024年の現在においても、つわり休暇や「21世紀枠」など先進的な制度を通じて、生活する人が働きやすい環境をつくり続けている。社員が生活の中から提案する意見を大切にし、チャレンジをいとわないのも、確固たる信念と変化を楽しむマインドがあるからこそだろう。その理念が浸透した同社の今後の展開に期待が高まる。

橋本久美子/1982年吉村紙業株式会社(現・株式会社吉村)に入社し、経理、営業事務。出産後は契約社員として情報誌「茶事記」の業務を実施。1998年復職し取締役経営企画室長就任。商品企画・マーケティングなどを経験したのち、2005年代表取締役社長就任。