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2000年に設立されたイービストレード株式会社。中小規模の総合商社でありながら、セキュリティ機器を開発し、印刷物や日用品の販売、環境保全事業、医療クリニックの運営など、その事業は多岐にわたる。代表取締役の寺井良治氏に、就任の経緯や事業の強み、今後の展望についてうかがった。
大手商社の営業マンが「社内ベンチャーの立て直し」に挑戦
ーーこれまでの経歴をお話しいただけますか。
寺井良治:
大学は、今では死語となりましたがバンカラ(※)な校風に憧れて早稲田大学の理工学部に進学しました。卒論で導電性プラスチックの研究に没頭する中、自分には白衣が似合わないことを痛感して、就職活動では研究とは無関係の企業を探し、やはりバンカラな社風が気に入って日商岩井(現双日)に入社。化学品の営業部門に配属されて、5年目には、タイのバンコクへの駐在が決まったのです。
当時のバンコクは、日系企業の進出ラッシュで「喧騒の町」の名のとおり熱気に溢れていました。赴任先の上司は、社内で有名な猪突猛進のバンカラ商社マンで、当時の熱血指導はタイの気候以上に熱かったです。
その上司は5年間の駐在期間中に11社の会社創業を成し遂げており、エネルギッシュな仕事ぶりを見ながら(半分は反面教師でしたが)、自分の中で商社マンとしてのスタイルが固まっていったと思います。
(※)バンカラ:時代に迎合せず、ある意味で反抗的な気質でわざと粗野を装うこと。
ーー貴社が設立された経緯もうかがえればと思います。
寺井良治:
物語は1998年9月25日、日経夕刊一面に「日商岩井 特損1500億円」の記事が掲載されたところから始まります。その後、新規投融資案件の凍結など社内に閉塞感が漂う中、若手社員が「新生日商岩井を創る会」を結成し、2000年1月に社内ベンチャー制度の導入を社長に直訴。その結果、同年3月に大手総合商社初の社内ベンチャーとして、イービストレードが誕生したのです。
イーコマース事業の立ち上げを目的にしたことから、メディアからは「ネット総合商社の誕生」として脚光を浴びました。一方、当時の私は化学品の営業部門に所属していて、流行りのイーコマースにもベンチャーにも興味はありませんでした。
しかし、設立早々ITバブルの崩壊と共にビジネスモデルも崩れ、会社の存在意義すら喪失した瀕死の状態になってしまったのです。2001年冬、突然、上司からイービストレードの立て直しを命じられました。しかし、当時の私は38歳で課長になったばかりであり、世の中のベンチャー社長が社長を目指すようなストーリーは持ちあわせておらず、一度は辞退したのです。
そんな私の気持ちを察したのか、さらに上司から「あの会社はとにかく純粋で熱い若手の集まりなので、お前のような『われら青春』の匂いがする男がいい。要は熱血先生みたいなリーダーが必要なんだ」と理解し難い説明を受けました。はじめは腑に落ちなかったのですが、改めて自分の性格を考えてみたところ納得してしまい、最終的にイービストレードの社長に就任したのです。
最初は不承不承でありましたが社長として出向し、更に親会社の都合により会社が売却された際に転籍をしてプロパー社長となりました。その後、意を決しMBOを実施したことで、オーナー社長になった次第です。
「商売の仕組み」を作るプロとして多数の柱を展開
ーーどのように会社を軌道修正したのでしょうか?
寺井良治:
最初にしたことは、「やりたいこと」「やらなければいけないこと」「できること」の整理です。そして導き出した事業モデルが、他社の新事業の立上げを支援する「コンサル型総合商社」でした。
この戦略が的中して、2年目には単年度黒字、3年目には累積損失を解消することに成功したのです。次に、親会社の都合で新たなミッションとして上場を目指すことになり、また「やりたいこと」「やらなければいけないこと」「できること」の整理をした結果、ニッチゾーンで新事業を立ち上げて運営する小さな総合商社となりました。
ーー現在の事業内容をお聞かせください。
寺井良治:
新商品や新事業の立ち上げと運営を行っています。これは持論となりますが、商社は販売会社ではなく、商売の仕組みを作るメーカーです。そのため弊社では、「製品+商売の仕組み」×「アイデア+バイタリティ」というイービス流事業創造方程式で、新商品や新事業を立ち上げて、運営しています。
現在、セキュリティ・ライフエンターテイメント・生活産業・AUTO・イベントプロモーション・メディカル・環境・バイオ・水産という幅広い分野で事業を立ち上げて、色々な商品のトレーディングおよびサービスを提供しています。
総合商社を称して「ラーメンから航空機まで扱う」と言いますが、弊社も「キャラクターグッズから地雷探知機まで」扱っており、幅広い分野でさまざまな商品を扱う百貨店型商社です。
また、藻の培養(水産業)・環境装置の製造(工業)・整形外科クリニックの経営(サービス業)という、一次産業から三次産業までなんでもやってしまう総合的な機能を持つ商社でもあります。これが、規模は小さくても「総合商社」を名乗る理由です。
ーー特に注力していきたい事業はありますか?
寺井良治:
環境・メディカル・食料分野で社会問題を解決する事業に注力する方針です。これは私の実体験ですが、仕事をして初めて爽快感を感じたのは数億円の仕事ではなく、1千万円の仕事でした。「仕事の面白味は、必ずしも規模の大小に関係はない」というのが私の本音です。
やみくもに会社を大きくするのではなく、「なんでもできる商社」を追求して、爽快感の味わえる事業を創造していきたいと思います。
大手商社と個人商店の中間を担うニッチな事業を世界へ
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ーー大企業、中小企業といった会社規模の違いについてはどのような考えをお持ちでしょうか。
寺井良治:
一般的に会社の規模が大きくなればなんでもできると考えてしまいますが、実際には器が大きくなり過ぎると、一方で取り組める事業分野が狭くなってしまうことを私は実体験を通して知っています。
さらに、変化の激しい現代社会では、大が小に勝つのではなく、「早いが遅いに勝つ」時代です。事業の選択肢である「できること」は、大企業よりむしろ中小企業の方が多いものです。むやみに規模の拡大を目指すのではなく、「小さな総合商社」の強みを活かして、これからも日本初、世界初となるユニークな事業を創造していきたいと思います。
ーー現代社会で中小企業が主体的に活躍していくためには何が必要でしょうか。
寺井良治:
今の日本では下請け企業は得てして儲からない仕組みになっています。「中小企業=下請け企業」と世間で認識されていますが、これは間違いです。確かに下請け企業の大半は中小企業ですが、「中小企業が必ずしも下請け企業である必要はない」というのが私の持論です。
要は、事業主体者になるかどうかの差だと思います。実際、弊社は事業を創造して事業主体者となることで、大手企業に下請けをお願いすることもあります。私はイービストレードを、大企業にも名前負けをしない、日本で一番、粋で格好良い「小さな総合商社」にしたいと思います。
編集後記
寺井良治氏が語る「商社は商売の仕組みを作る」という考えには、新しい事業や価値を創造し、中小企業が主体となる道筋を明確に示している。時代の変化を捉え、粋で格好良い「小さな総合商社」を目指すイービストレード株式会社の今後の成長と、社会への貢献に大きな期待が寄せられる。
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寺井良治/1962年、静岡県生まれ。1985年、早稲田大学理工学部卒業。日商岩井株式会社に入社。1989年より5年間、タイ・バンコクに駐在。2002年、イービストレード株式会社の社長に就任。2014年、第62回「長崎県発明くふう展長崎県知事賞」受賞。2015年、第6回「ものづくり日本大賞九州経済産業局長賞」受賞。2016年、袋井市未来大使に就任。著書に「日本一元気な30人の総合商社(小学館)」がある。