2024年4月以降、働き方改革関連法に基づき、トラックドライバーの時間外労働時間が年間960時間に制限されることで輸送能力が下がり、日本全体の物流の停滞が懸念される「2024年問題」。物流業界は今、トラックドライバー不足や、給与体系の見直し、コスト増への対応など、さまざまな問題を抱えている。
こうした中、この難題に正面から向き合い、物流の枠を越えたロジスティクスに取り組んでいるのが、神奈川県を拠点に倉庫・運送事業を展開する湘南倉庫運送株式会社だ。「Beyond logistics to a bright future~明るく豊かな持続可能社会のプラットフォーマーを目指して~」をビジョンに掲げる代表取締役の河野浩平氏に、その戦略と未来への展望をうかがった。
商社マンから物流のイノベーターへ
ーー代表取締役に就任した経緯をお聞かせください。
河野浩平:
私は創業家の出身ですが、大学卒業後は総合商社に入社し、定年退職を迎えるまで、海外のインフラ整備に携わってきました。通信ICTや産業などのインフラ分野を担当し、大半が海外勤務でした。
湘南倉庫運送に入社したのは、定年退職を間近に控えた頃、当時の経営陣などステークホルダーから「2024年問題も含め深刻な課題を抱える中小物流業者の将来へと変革また基盤整備していく為、地元に戻り協力してほしい」とお声がけをいただいたことがきっかけです。
長年、倉庫業一筋で業務を行ってきた経営陣には、社会のニーズに対応する改革が難しいとの危機感があったようです。私としても、地元に恩返しがしたいという思いも強く、その役割を引き受けることに決めました。2022年11月に代表取締役副社長として入社し、翌年4月に同社長に就任しました。
ーー社長就任後、どのようなことに取り組まれましたか。
河野浩平:
新しい挑戦ができる社内環境をつくるためには、社員が自由に意見を出し合えるフラットな場が必要だと考えました。そこで、入社後3か月ほど経った時点で、全社員とのマンツーマンミーティングである「1on1」を導入しました。
私自身の考えを伝えると同時に、社員の意見を直接聞き、「これは変えなければならない」と感じた点については、速やかに他の役員と協議して改善に取り組みました。こうした取り組みが、社員との信頼基盤を築くことにつながったと思います。
週休2日制導入でドライバーの働きやすさと企業成長を両立
ーー貴社の事業について教えてください。
河野浩平:
弊社は昭和24年(1949年)、私の祖父で元参議院議長を務めた河野謙三が、地元「神奈川」の名士たちとともに倉庫業として創業しました。当時の物流手段は鉄道が主流で、弊社は東海道本線の平塚駅近くに倉庫を構えたのです。その後、日本は高度経済成長期を迎え、将来のトラック輸送時代を見越して、厚木と秦野中井インターチェンジ付近にも拠点を増設しました。
現在は神奈川県央・県西・湘南エリアに根差した企業として、普通倉庫に加えて定温倉庫も保有し、食料品、飲料、生活用品、雑貨、自動車関連製品など、多種多様な商品の保管・物流サービスを提供しています。また、子会社の湘南流通運輸株式会社(2024年4月に統合)と連携することで、保管から運送までの一貫したサービス体制を整えています。
昭和63年(1988年)には、全国の倉庫会社と協力した「トランクルーム事業」立ち上げの一翼を担い、現在も「押入れ産業」の名前で事業を展開しています。その後、賃貸事業やテナント事業へも拡大し、今年(2024年)4月には運送事業を合併し、さらなる事業拡大を目指しています。
ーー「2024年問題」について、どのような対策をお考えですか。
河野浩平:
燃料費や人件費が高騰する中、従来の手法を続けていれば、経営が厳しくなるのは明白です。特に、ドライバーの時間外労働時間が制限されることで、手取額の減少を余儀なくされる人が増えることが予測されており、将来的にドライバー不足が業界全体の深刻な課題となるでしょう。
そこで弊社は、運送事業の合併にともない、ドライバーの週休2日制を導入しました。これまでは週6日働く給与体系でしたが、給与水準を維持したまま、日曜日ともう1日、交代制で休みが取れるように変更したのです。
この決断で、会社の利益は一時的に減少する可能性がありますが、ここを乗り越えなければ、根本的な問題解決には至りません。元々良好な職場環境に加え、こうした会社の姿勢も評価され、昨今も入社するドライバーが増えました。社員にとって働きやすい環境を整えることで、やがて業績向上の機会が巡ってくると信じています。
「置き配システム」で物流効率化に挑む
ーー新たなビジネスチャンスにつなげるために、どのような取り組みをされていますか。
河野浩平:
弊社の強みは、倉庫業と運送業の両方を持っている点です。これにより、たとえば製造業のお客様に対しては、商品を倉庫で一時保管し、必要なタイミングで運送するという一貫したサービスが提供できることが大きな利点です。
一方、弊社では倉庫で預かったものを企業に運ぶBtoB配送も行っているのですが、その先の流通経路では小分けされた荷物を、施設や個人宅に運ぶ必要があり、簡単に自動化ができません。ドライバーが配送する際、受け取り側から配送時間や場所の細かい要求も存在し、それが大幅な時間のロスにつながっています。この問題を解決するために、現在は他社と協力し、QRコードを使った置き配システム「スマ配」の導入を推進中です。
このシステムによって、ドライバーの負担を軽減し、配送件数の増加も目指せるよう実証実験を行っています。弊社のような中小企業が率先して取り組むことで、業界全体が変わるきっかけをつくっていきたいと考えています。
ーー今後のビジネス拡大策と未来への展望をお聞かせください。
河野浩平:
人々の暮らしに欠かせないサプライチェーンの要は、私たち物流サービス業が担っています。だからこそ、物流業界の価値を高め、新たなビジネスモデルで収益を追求することが必要だと感じています。まだまだ道半ばではありますが、他社とも協力し、システムを構築していきたいと考えています。
弊社の今後の展望として、私の思いを受け継いでくれる若手人材の育成が重要だと思っています。私のビジネス経験を少しずつ示しながらともに進むことで、新たなビジネスチャンスを創造できる後継者を育てることが、会社の存続には欠かせません。何事にも失敗を恐れず、チャレンジし続ける姿を社内外に示すことで、微力ながら物流業界全体の一助になりたい。そんな理想と熱意を胸に、これからも邁進してまいります。
編集後記
総合商社での長年のキャリアを経て、物流会社のトップに転身した河野氏。海外ビジネスの豊富な経験で得たグローバルな視点から生み出される柔軟な発想力と、社員を大切に思う魅力的な人柄に強く惹かれた。その強いリーダーシップと抜群の行動力で、物流業界に新たな旋風を巻き起こしてくれることを期待したい。
河野浩平/1962年神奈川県生まれ。1986年から37年間の総合商社グループ勤務を経て、2023年に湘南倉庫運送株式会社の代表取締役に就任。「明るく豊かな持続可能社会のプラットフォーマー」を目指し、社内外のイノベーション推進に取り組んでいる。