「人生100年時代」と言われるようになって久しい。一方で、健康寿命が重視されるようになり、ただ寿命が延びるだけでは本当の幸せではないことを、多くの人が感じているのではないだろうか。無形資産である健康を守ることこそが、豊かな人生を送るための第一歩だ。
今回は、日本の医療モデルに疑問を投げかけ、新しいカルチャー創出に挑む株式会社ウェルネスの代表取締役社長、中田航太郎氏から、これまでの歩みや医師としての思い、そして未来への展望をうかがった。
救えなかった命が教えた予防医療という答え
ーー予防医療に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
中田航太郎:
医師として多くの患者様を診る中で、どれだけ最善を尽くしても助けられない命があることを痛感しました。治療法が確立されていない難病など、助けられない命があることも事実です。しかし、もう少し早く受診していれば救うことができた命も少なくありませんでした。
また、医学生時代に心筋梗塞の患者様の緊急手術に携わった経験に、大きな影響を受けました。一命を取り留めた患者様に話を聞くと、リスクや不調を感じつつも、忙しさを理由に受診を後回しにしていたということでした。この経験から、予防医療に関心を持つようになりました。
ーー起業に至った経緯を教えてください。
中田航太郎:
現在の日本では、患者が自身の体調不調を感じてから受診するのが一般的で、この仕組みは江戸時代から変わっていません。感染症が主な死因だった時代にはそれでも良かったのだと思います。しかし現代では、がんや心疾患、脳血管疾患など、初期症状が現れにくい病気が多く、自覚症状が現れたときには手遅れのケースも少なくありません。
多くの人は「体調が良い」ことと「健康である」ことを同一視しがちですが、実際は違います。そこで、深刻化した病気に対処するのではなく、その前段階でのケアを重視する医療モデルが必要だと考え、起業に至りました。
テクノロジーで実現する一人ひとりのための医療
ーー具体的にどのように予防医療を提供していますか?
中田航太郎:
サブスクリプション形式の予防医療サービスで、専任のパーソナルドクターとデータに基づく予防ケアにより、3つの価値を提供しています。1つ目は、病気を未然に防ぐこと。2つ目は、適切な検査による早期発見。そして3つ目は、最適な医療が受けられるサポートです。
アプリ内でパーソナルドクターと密に連絡をとることができ、お客様の身体データもアプリ内に集約できます。デジタルデータを活用して、お客様個人にフォーカスしたサービスを提供できることが、弊社の特徴であり、強みです。
ーー事業展開にあたり意識していることは何ですか。
中田航太郎:
創業当初から、常識にとらわれず、ゼロベースで今の社会に最適なソリューションをつくることを目指してきました。社名「ウェルネス」は「人生の豊かさ」や「人生の充実」を意味しています。単に病気にならないだけでなく、人生を楽しむために生きているわけですから、お客様の人生に伴走しながら、そのミッションをともに実現していきたいと考えています。
倫理性を大切に、真摯に誠実に、本当に必要なものだけを提供したい。そして、弊社のサービスが、お客様の人生やビジネスの豊かさに寄与することを願っています。
日本の医療の未来像 パーソナルドクターという選択
ーー創業から6年を経て、今後のビジョンをお聞かせください。
中田航太郎:
現在、弊社のサービスは主に経営者の皆様にご利用いただいていますが、まずは「経営者であればパーソナルドクターを持つことが常識」というカルチャーを広めたいと考えています。アメリカではホームドクターが個人の長期的な健康管理に携わり、人生のさまざまな段階でサポートを行っています。
同様に、日本でもパーソナルドクターを持つことが一般的になる社会を目指しています。また、海外からのニーズにも対応できるように、グローバル展開も進めています。こうしたステップを経て、最終的には広く一般のお客様にもサービスを展開できればと考えています。
ーービジョンを形にするために取り組んでいることや期待していることを教えてください。
中田航太郎:
サービス拡大に向け、積極的な人材採用を行っています。お客様と緊密な連携を通じて、信頼関係を築くことで紹介率と継続率が高まることを期待しています。弊社のサービスは本当に人の命を守ることができるものです。弊社の理念に共感し、事業の意義を心から理解している方が活躍している印象があります。
「がんを早期発見でき、治療につながった」というお客様から感謝の言葉をいただくたびに、予防医療の重要性を改めて実感し、大きな喜びを感じています。私たちが目指すのは、患者様が受診されたときだけに関わる「点の医療」ではなく、パーソナルドクターとして密なコミュニケーションを通じて継続的にサポートする「線の医療」です。
デジタルデータを活用することで、お一人おひとりに適した検査を行うことで、通常の検診では見つけにくい病気を発見できる可能性があります。
予防医療は、すぐに結果が見えるものではなく、20年、30年後にその効果を実感するものです。健康は何にも代えがたい資産です。弊社のサービスが広まり、少しでも多くの「防ぎ得た死」を防ぐことに貢献できればと願っています。
編集後記
医療者であり、経営者でもあるからこそ、見える世界があるのだろう。中田社長は予防医療と企業経営を論理的に結びつけてその共通点を示すことで、経営層からの支持を獲得し、累計サービス利用者は経営者を中心に500人を超える。限られたリソースの中で、拡散性の高いセグメントを狙った戦略の成果だ。
救急総合診療医として働きながら、独立開業ではなく起業を選択した中田社長。予防医療の普及に挑むその姿勢からは、飽くなき向上心と探求心で自分に向き合い、未来を創造していこうとする気概と知性が感じられた。スタートアップの成長フェーズを終え、さらなる飛躍を目指す株式会社ウェルネスの今後に注目したい。
中田航太郎/1991年、千葉県生まれ。幼少期をアメリカのピッツバーグで過ごす。4歳の頃に喘息で入院した際に主治医に憧れ、医師を目指す。2017年、東京医科歯科大学医学部卒業。初期研修を経て救急総合診療科医へ。予防医学の普及と医療アクセシビリティ向上を目指し、2018年に株式会社ウェルネスを創業。著書に『人生100年時代を元気に生き抜く 医師が教える経営者のための「戦略的健康法」』『医師が教える内臓疲労回復』がある。